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桜吹雪レコード ~失った日々をもう一度~
閑話 桜の信がある理由①
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◇
普段は美しさの中に隠れている棘を今だけ取り繕うことなく見せていた彼女は、二者面談を終え、先に教室に戻ると言って会議室から出て行った。
生徒の間では『学園のアイドル』として、教師の間では『文武両道で非の打ち所がない生徒』として。何かと話題になる彼女は俺が三年間受け持っている女子生徒、瑠衣咲良だ。かつては俺も他の者と同じく、彼女の美点しか見ていない人間の一人だった。
どんな人間にも悩んでいること、抱えているものがあることは分かっていたつもりだった。だがそれを本当の意味で理解したのは瑠衣の本来の姿を見てからだろう。
俺は教室に戻る前に書類を整理するため、もう少しここにいなければならない。だからこれが片付くまでの間、今思えば人生の分岐だったとも言える、とある日の話をしよう。
────あれは今の三年生がこの学園の生徒になって初めての秋を迎えた頃の出来事だった。
三限の授業があと数分で始まるという頃、用事があって自分の教室に行くと自分の席の前で突っ立っている瑠衣の姿を見つけた。恐らく移動教室で忘れ物でも取りに戻っていたのだろう。周囲には誰もいなかった。だから急がなければ授業に遅刻するぞ、と声を掛けようとした。その直後、俺が口を開く前に彼女は急に倒れかけたんだ。咄嗟に彼女の元へ走って受け止めたから無事だったものの、あのまま倒れていれば怪我をしていただろう。
俺に抱き留められたまま脱力している彼女の体調が心配になり、確認するために顔に掛かった髪を払うと……彼女はまるで死人のような青白い顔で小さく呼吸をしていた。声を掛けても起きる素振りがなかったから、恐らくは意識を失っていたのだろう。ひとまず自分の用事は後回しにして保健室に運ぶことに決め、誰もいない廊下を静かに歩いた。不思議な感覚だった。意識を失っているのだから当然だが、いつも薄く微笑んでいる瑠衣の顔に表情がないのを見たのは初めてだったからだろうな。
保健室に着いてからその日保健の先生が休みだったことを思いだし、ベッドに寝かせてから瑠衣が三限に出られない旨を電話で伝える。その時間は俺も授業がなかったため、瑠衣が起きるまでは傍にいることに決めた。彼女が目を覚ましたのはそれから二十分ほどの時間が経過した頃だった。
「私は……もしかして、倒れでもしましたか?」
寝起き一言目がこれだ。状況把握力がとても高く、その上あまりにも冷静すぎる。ただの高校生とは思えない。呆気に取られていると沈黙を肯定と受け取ったらしく、倒れた時と変わらぬ血の気の引いた青白い顔のまま頭を下げられた。『ご迷惑をおかけしました』、と。これには思わず『謝罪はいいからまずは自分を心配しろ』と言ってしまった。
瑠衣が眠っている間、なぜ前触れなく突然倒れたのかと考えていた。睡眠不足には見えず、体調も問題なさそうだった。そもそもそれが理由なら彼女と親しくしている三人が気付くはずだ。それなら精神的なものなのではないかと、そう思い普段の瑠衣がどんな風に過ごしているか思い返してみた。『精神的にダメージを負い、倒れるほどのこと』を意識して思い返してみた時、ふと疑問に思ったことがあった。
それは『瑠衣の言動すべて』。ただの十六歳の少女が入学からたった半年で学園一の人気者になるほど、あらゆる面を磨いてきたのかと。教育水準が高いゆえの学費でお金持ち校と言われるような学園だ、当然生徒のレベルも高い。そんな中で同級生だけでなく上級生や教師まで魅了できる能力なんて、少し前まで中学生だった少女にあるとは思えない。そこから導き出した答えは一つ。
「瑠衣、お前頑張りすぎてないか?」
暗にストレスが祟ったのではないか、という俺の言葉に一瞬目を見開いた彼女は、その後あからさまに驚くでも動揺するでも、いつもの笑顔を見せるのでもなく、スッと冷え切った表情を見せた。そして興味の欠片もない相手に向けるような冷たい表情のまま、『助けてくださったのは感謝しています。でも私がその質問に答える必要などないと思いますよ』と返した。
まるで感情が読めない。普段は基本誰に対しても薄い壁を作っているようだったが、これが瑠衣の本当の姿であり、興味のない相手には誰にでも分かるくらいハッキリと壁を作るのだと知った。
あの瑠衣咲良が他人に素を見せた。普段の姿がさも本性ですよと言わんばかりに振る舞っている彼女が、俺に。だから分かりやすく壁を作られてしまったが、それでも十分チャンスだと考えた。
普段は美しさの中に隠れている棘を今だけ取り繕うことなく見せていた彼女は、二者面談を終え、先に教室に戻ると言って会議室から出て行った。
生徒の間では『学園のアイドル』として、教師の間では『文武両道で非の打ち所がない生徒』として。何かと話題になる彼女は俺が三年間受け持っている女子生徒、瑠衣咲良だ。かつては俺も他の者と同じく、彼女の美点しか見ていない人間の一人だった。
どんな人間にも悩んでいること、抱えているものがあることは分かっていたつもりだった。だがそれを本当の意味で理解したのは瑠衣の本来の姿を見てからだろう。
俺は教室に戻る前に書類を整理するため、もう少しここにいなければならない。だからこれが片付くまでの間、今思えば人生の分岐だったとも言える、とある日の話をしよう。
────あれは今の三年生がこの学園の生徒になって初めての秋を迎えた頃の出来事だった。
三限の授業があと数分で始まるという頃、用事があって自分の教室に行くと自分の席の前で突っ立っている瑠衣の姿を見つけた。恐らく移動教室で忘れ物でも取りに戻っていたのだろう。周囲には誰もいなかった。だから急がなければ授業に遅刻するぞ、と声を掛けようとした。その直後、俺が口を開く前に彼女は急に倒れかけたんだ。咄嗟に彼女の元へ走って受け止めたから無事だったものの、あのまま倒れていれば怪我をしていただろう。
俺に抱き留められたまま脱力している彼女の体調が心配になり、確認するために顔に掛かった髪を払うと……彼女はまるで死人のような青白い顔で小さく呼吸をしていた。声を掛けても起きる素振りがなかったから、恐らくは意識を失っていたのだろう。ひとまず自分の用事は後回しにして保健室に運ぶことに決め、誰もいない廊下を静かに歩いた。不思議な感覚だった。意識を失っているのだから当然だが、いつも薄く微笑んでいる瑠衣の顔に表情がないのを見たのは初めてだったからだろうな。
保健室に着いてからその日保健の先生が休みだったことを思いだし、ベッドに寝かせてから瑠衣が三限に出られない旨を電話で伝える。その時間は俺も授業がなかったため、瑠衣が起きるまでは傍にいることに決めた。彼女が目を覚ましたのはそれから二十分ほどの時間が経過した頃だった。
「私は……もしかして、倒れでもしましたか?」
寝起き一言目がこれだ。状況把握力がとても高く、その上あまりにも冷静すぎる。ただの高校生とは思えない。呆気に取られていると沈黙を肯定と受け取ったらしく、倒れた時と変わらぬ血の気の引いた青白い顔のまま頭を下げられた。『ご迷惑をおかけしました』、と。これには思わず『謝罪はいいからまずは自分を心配しろ』と言ってしまった。
瑠衣が眠っている間、なぜ前触れなく突然倒れたのかと考えていた。睡眠不足には見えず、体調も問題なさそうだった。そもそもそれが理由なら彼女と親しくしている三人が気付くはずだ。それなら精神的なものなのではないかと、そう思い普段の瑠衣がどんな風に過ごしているか思い返してみた。『精神的にダメージを負い、倒れるほどのこと』を意識して思い返してみた時、ふと疑問に思ったことがあった。
それは『瑠衣の言動すべて』。ただの十六歳の少女が入学からたった半年で学園一の人気者になるほど、あらゆる面を磨いてきたのかと。教育水準が高いゆえの学費でお金持ち校と言われるような学園だ、当然生徒のレベルも高い。そんな中で同級生だけでなく上級生や教師まで魅了できる能力なんて、少し前まで中学生だった少女にあるとは思えない。そこから導き出した答えは一つ。
「瑠衣、お前頑張りすぎてないか?」
暗にストレスが祟ったのではないか、という俺の言葉に一瞬目を見開いた彼女は、その後あからさまに驚くでも動揺するでも、いつもの笑顔を見せるのでもなく、スッと冷え切った表情を見せた。そして興味の欠片もない相手に向けるような冷たい表情のまま、『助けてくださったのは感謝しています。でも私がその質問に答える必要などないと思いますよ』と返した。
まるで感情が読めない。普段は基本誰に対しても薄い壁を作っているようだったが、これが瑠衣の本当の姿であり、興味のない相手には誰にでも分かるくらいハッキリと壁を作るのだと知った。
あの瑠衣咲良が他人に素を見せた。普段の姿がさも本性ですよと言わんばかりに振る舞っている彼女が、俺に。だから分かりやすく壁を作られてしまったが、それでも十分チャンスだと考えた。
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