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桜吹雪レコード ~失った日々をもう一度~
110 桜が心を開くまで
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「私、実は中学生の頃学校に行けなかった時期があるの。いわゆる不登校ってやつだね。二年生の終わり頃から少しずつ学校に行くのが辛くなって、三年生になってからは全くと言っていいほどに家の外に出られなくなった。三年生後半になってからは週に一度、特別学級に通っていたかな」
ここまでは両親も、中学校が同じだった人達も知ってる。問題はこの後で、ここからの話は現時点で橋本先生しか知らない。
「中学二年生の冬、ある日の出来事がきっかけだった。その日の放課後、私は教室に忘れ物を取りに戻ったの。教室に入ろうとドアに手を掛けた時、誰かの話し声が聞こえてね」
「……誰の声か分かったの?」
「もちろん。だってその子達、私の友人だったから。その時に聞いた言葉はたったの一度も忘れたことがない。一言一句覚えているよ」
彼女達、『咲良って態度が冷たいよね。明らかに私達のことを見下しているっていうか……本当は私達のこと嫌いなんじゃない?』『嫌いなのはあなたの方でしょ!』って言ってたんだよね。あの時の笑い声はトラウマだな。
黙り込む三人に苦笑しながらそう言ったけど、みんな顔を顰めるばかりで笑ったりしなかった。
「自分の態度が冷たいことは自覚していたよ。でも人によって態度を変えてるわけではないし、私にとってはこれが普通だった。普通をどう直せと? あの時は『自分はそんな風に思われていたのか……』って絶望した。誰かと関わるのが怖くなった。人間不信にもなった。特別学級に通うようになったことで『本来の自分を隠す』ということを覚えた。不登校になった理由を誰にも話せなかったから自然とね」
だから私は他人と関わる時、何重にも仮面を被る。誰かの言葉よりも行動を信じる。いくらでも偽れる『言葉』をそう簡単には真に受けない。
「初めて藍那と喧嘩した時、藍那は『咲良はあまり自分のことを話してくれない。大きな秘密があることを知っている』というようなことを言っていたでしょう? それがこの話だよ。もちろん、三人のことは信じているけど、完全に前の私に戻ることはないだろうね」
なぜなら本来の私も仮面を被った私も、どちらも私自身だから。これが私なりの処世術となっているだけであって、もちろん辛く感じることもあるんだけど、仮面を被った私も素が一切出てないわけではないから別人格ってわけじゃないんだよ。
「本当の咲良はそんなに冷たいの? 蓮への態度よりも?」
「うん、本来の性格だとそれを軽く上回るみたい。冷たいというか、オブラートに包めず率直に言ってしまうからそう聞こえるんじゃない? だから普段はすべてが偽りの自分じゃなくて、『一番目立つ部分を隠した私』としてみんなと関わるようにしてるよ」
すべてを偽ればどうせいつかボロが出る。嘘を吐く時に真実と嘘を混ぜた方がリアルであるのと同じように、仮面を被る時も隠す部分とそうじゃない部分を上手く調整するのが大事。
「実は私、それなりに名の知れた家系の生まれなの。知らない人はいないんじゃないか、ってレベル。その子達の『見下してる』って言葉はそういうこと」
「なるほど……」
「……ずっと支えてくれていた両親に報いたくて、卒業式の日だけは教室に上がったの。そこでみんなが楽しそうに、懐かしそうに、そして寂しそうに思い出話をしていて。当然私だけその中に入ることはできず、最後の一年頑張れば良かったと後悔したから高校でのやり直しを決意したってわけ。これがこれまで隠していた過去と、それに関すること。これ以上話せることは何もないかな」
ようやく話せた。ついさっき思い出を上書きできたから、今は思い出してもあまり辛くない。あとは三人がどんな反応するか……恐る恐る顔を上げると、複雑そうな顔をした三人がそこにいた。思わずどういう表情? と聞けば、『悲しみと怒りと悔しさとその他諸々が混ざった表情』らしい。本当に複雑だったよ。
「あのね、私は三人に救われたよ。もう昔ほど辛くない。だから心配しないで? それと、たくさん私と関わってくれてありがとう」
言葉を重ねたおかげで誰かを信用することができるようになった、と言って微笑む。すると相変わらず複雑そうではあるものの、とりあえず笑顔を見せてくれた。
不登校だった頃、私は毎日闇の中で生きているような気分だったよ。ずっと未来に不安を抱えていて、どんなに好きなことをしていても急に今の自分を思い出して絶望する。毎日死にたくて仕方なかった。死ねばこんな苦しみから解放されるかなって、何度も考えたよ。実は本当に自殺しようとしたこともある。苦しくて、悔しくて、虚しくて、そんな自分が情けなくて……変わりたいのに一歩踏み出す勇気はなかった。怖かったから。
今は卒業式の日の出来事をきっかけに変われたと思うよ。それでもまだ完全に誰かを信じることはできない。だからみんな、これからも私と一緒にいて? たくさん話をして? そうすればいつか、三人のことだけでも心の底から信じられるようになると思うから。
ここまでは両親も、中学校が同じだった人達も知ってる。問題はこの後で、ここからの話は現時点で橋本先生しか知らない。
「中学二年生の冬、ある日の出来事がきっかけだった。その日の放課後、私は教室に忘れ物を取りに戻ったの。教室に入ろうとドアに手を掛けた時、誰かの話し声が聞こえてね」
「……誰の声か分かったの?」
「もちろん。だってその子達、私の友人だったから。その時に聞いた言葉はたったの一度も忘れたことがない。一言一句覚えているよ」
彼女達、『咲良って態度が冷たいよね。明らかに私達のことを見下しているっていうか……本当は私達のこと嫌いなんじゃない?』『嫌いなのはあなたの方でしょ!』って言ってたんだよね。あの時の笑い声はトラウマだな。
黙り込む三人に苦笑しながらそう言ったけど、みんな顔を顰めるばかりで笑ったりしなかった。
「自分の態度が冷たいことは自覚していたよ。でも人によって態度を変えてるわけではないし、私にとってはこれが普通だった。普通をどう直せと? あの時は『自分はそんな風に思われていたのか……』って絶望した。誰かと関わるのが怖くなった。人間不信にもなった。特別学級に通うようになったことで『本来の自分を隠す』ということを覚えた。不登校になった理由を誰にも話せなかったから自然とね」
だから私は他人と関わる時、何重にも仮面を被る。誰かの言葉よりも行動を信じる。いくらでも偽れる『言葉』をそう簡単には真に受けない。
「初めて藍那と喧嘩した時、藍那は『咲良はあまり自分のことを話してくれない。大きな秘密があることを知っている』というようなことを言っていたでしょう? それがこの話だよ。もちろん、三人のことは信じているけど、完全に前の私に戻ることはないだろうね」
なぜなら本来の私も仮面を被った私も、どちらも私自身だから。これが私なりの処世術となっているだけであって、もちろん辛く感じることもあるんだけど、仮面を被った私も素が一切出てないわけではないから別人格ってわけじゃないんだよ。
「本当の咲良はそんなに冷たいの? 蓮への態度よりも?」
「うん、本来の性格だとそれを軽く上回るみたい。冷たいというか、オブラートに包めず率直に言ってしまうからそう聞こえるんじゃない? だから普段はすべてが偽りの自分じゃなくて、『一番目立つ部分を隠した私』としてみんなと関わるようにしてるよ」
すべてを偽ればどうせいつかボロが出る。嘘を吐く時に真実と嘘を混ぜた方がリアルであるのと同じように、仮面を被る時も隠す部分とそうじゃない部分を上手く調整するのが大事。
「実は私、それなりに名の知れた家系の生まれなの。知らない人はいないんじゃないか、ってレベル。その子達の『見下してる』って言葉はそういうこと」
「なるほど……」
「……ずっと支えてくれていた両親に報いたくて、卒業式の日だけは教室に上がったの。そこでみんなが楽しそうに、懐かしそうに、そして寂しそうに思い出話をしていて。当然私だけその中に入ることはできず、最後の一年頑張れば良かったと後悔したから高校でのやり直しを決意したってわけ。これがこれまで隠していた過去と、それに関すること。これ以上話せることは何もないかな」
ようやく話せた。ついさっき思い出を上書きできたから、今は思い出してもあまり辛くない。あとは三人がどんな反応するか……恐る恐る顔を上げると、複雑そうな顔をした三人がそこにいた。思わずどういう表情? と聞けば、『悲しみと怒りと悔しさとその他諸々が混ざった表情』らしい。本当に複雑だったよ。
「あのね、私は三人に救われたよ。もう昔ほど辛くない。だから心配しないで? それと、たくさん私と関わってくれてありがとう」
言葉を重ねたおかげで誰かを信用することができるようになった、と言って微笑む。すると相変わらず複雑そうではあるものの、とりあえず笑顔を見せてくれた。
不登校だった頃、私は毎日闇の中で生きているような気分だったよ。ずっと未来に不安を抱えていて、どんなに好きなことをしていても急に今の自分を思い出して絶望する。毎日死にたくて仕方なかった。死ねばこんな苦しみから解放されるかなって、何度も考えたよ。実は本当に自殺しようとしたこともある。苦しくて、悔しくて、虚しくて、そんな自分が情けなくて……変わりたいのに一歩踏み出す勇気はなかった。怖かったから。
今は卒業式の日の出来事をきっかけに変われたと思うよ。それでもまだ完全に誰かを信じることはできない。だからみんな、これからも私と一緒にいて? たくさん話をして? そうすればいつか、三人のことだけでも心の底から信じられるようになると思うから。
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