仮面の王子と優雅な従者

emanon

文字の大きさ
10 / 89
第1章

油断と過信

しおりを挟む


 会議が終わり、月に一度の王家揃っての晩餐も終え、アルフォルトは部屋に戻った。
 食事中ずっとローザンヌの不躾な視線を感じていたが、気づかない振りをした。正直、料理の味がしなかったが仕方がない。
「ご飯、全然食べた気がしない」
「足りないなら何か作りますか?」
 首を振り、脱いだ上着をライノアに渡す。
 今日は思ったよりも気温が高かったのか、暑くて汗が額に滲んでいた。
 いつも涼しい顔のライノアが羨ましいと思った。
「汗をかいたから、今日は早めにお風呂入るね」
 アルフォルトは仮面とカツラをはずし、ライノアに預ける。
「若いと代謝が良いですね」
「ライノアも若いだろ」
 ライノアとアルフォルトは三歳しか違わないのだが、ライノアは苦労性なせいか二十代後半に見える。本人は気にしているのか老け顔、と言えば頬を引っ張られるのでなるべく言わないようにしている。
「メリアンヌに下がっていいよって伝えておいて」
「承知しました」
 手をヒラヒラ振って、アルフォルトはバスルームに向かった。



♢♢♢



「あれ、王子はまだお風呂?」
 明日の準備を終えてメリアンヌが戻って来た。
 手元の書類に集中していたライノアは、はっと顔を上げる。
 時計に目をやると、かれこれ三十分は入っているだろうか。
 普段あまり長風呂をしないアルフォルトだが、時々浴槽で寝てるので様子を確認しないといけない。すっかり失念していた。
「もうそんなに経っていたとは。すみません」
「かわりに見てくるわ。ライノアは座っていて」
 ライノアの肩をポンポン、と軽く叩いてメリアンヌはバスルームへ向かった。

(いけない······注意力が散漫してるな)
 目元を揉んでライノアはため息をついた。
 アルフォルトの周りは敵だらけだ。自分がしっかりしていないと、いつ足元を救われるかわからない。
 この間も少し目を離した隙に瀕死で帰って来た事を思い出す。
 アルフォルトは確かに毒に耐性がある。でも限度はあるし対処法を間違えば普通に死ぬ。そんな当たり前の事をわからない訳ではない。
 アルフォルトは母であるアリアが亡くなった頃から、全てを諦めた目をする様になった。
 そのせいだろうか、自分の命を大切にしない。
(いつもの事だが······それに腹を立てて全てを疎かにしては本末転倒だ)
 再び深くため息をつくと、メリアンヌがバタバタと戻ってきた。
「ライノア!ちょっと来て!」
 慌てたように、メリアンヌがライノアの腕を引っ張った。
「どうしたんです?」
 ただならぬ雰囲気のメリアンヌに、ライノアの背を嫌な汗が伝う。
「王子に声をかけたら様子が変なの。具合が悪いのかと思ったんだけど······ドアを開けてくれないのよ」
 バスルームに着くとドアは閉じたままで、アルフォルトが出てくる気配もない。
「アルフォルト?どうしました?」
「······どうもしない。大丈夫だから放っておいて」
 メリアンヌが言うように、声が上擦っている気がする。
「受け答えはできるから大丈夫だとは思うんだけど、入らないでの一点張りで」
 メリアンヌは心配そうに手を胸の前で組む。鍵は掛かっていないようなので強行突破は簡単だが、なるべく王子の気持ちを尊重したいと考えているのだろう。
「何かあったの?また毒とかではないのよね?」
 心配で落ち着かないメリアンヌの問に、ライノアは思い当たる節があった。
「まさか」
 はっと顔を上げ、ライノアはバスルームのドアを叩いた。
「アルフォルト入りますよ」 
「ダメだって言ってるだろ······!」
 アルフォルトの声を聞いてライノアは確信した。
 上着を脱ぎメリアンヌに渡す。かわりにタオルを手にする。
「メリアンヌ、暫くアルフォルトと二人っきりにして貰っても良いですか?」
「良いけど、王子は大丈夫なの?」
 心配しすぎて顔色が悪くなっている侍女に苦笑いする。
「······昼頃に、ローザンヌ王妃がアルフォルトに香水をかけたんです。──媚薬入りの」
 ライノアの答えに、メリアンヌは怪訝な顔をするが、構わず話を続けた。
「香水は念の為調べたら、毒性はありませんでした。成分も無害な物で、媚薬も速攻性と言ってましたが、全く効かなかった······と本人が言うので大丈夫だと思ってました」
 ライノアは自分の頭をわしゃわしゃと掻き回した。ライノアらしくない粗野な行動にメリアンヌは目を見開く。
「本人が気づかなかっただけか、今頃効いてきたのか──兎に角私の落ち度です」
 酷く後悔の滲む声で、ライノアは呟いた。項垂れていると言っても過言ではない。
「ライノア」
 メリアンヌは、名前を呼んだがかける言葉がみあたらない。
「多分身体の火照りを沈めようと水風呂にでも入っているのではないかと。······風邪をひかれたら大変です」
 アルフォルトは、性的なものを極端に避ける。過去のトラウマが原因で人と肉体的な接触が出来ないしパニックになる。
 ライノアが過剰なスキンシップをしても大丈夫なのは、アルフォルトをそういう目で見ないと信頼されているからだ。

 でも本当は、自分の物にしたい。触れたい。
    
 ライノアがアルフォルトに劣情を抱きはじめたのはいつの頃だろう。アルフォルトも自分に従者以上の感情を持っている事はわかっていた。でもアルフォルトのそれに肉欲は伴わない。恋や愛といった感情を理解していないかもしれない。
 だから、ライノアは絶対にこの感情を悟られないよう心の奥底に閉じ込めて、気づかれないように過ごしてきた。
 良い従者として。
 良き理解者として。
 アルフォルトの唯一無二として傍に居続けるために。
    

「······もしアルフォルトがパニックになったら後の事を頼んでもいいですか?」
 今からアルフォルトが一番嫌がる事をする。そうしたら避けられるかもしれないし、もう二度と傍に置いてくれないかもしれない。
「大丈夫よ、きっと」
 あまりにも落ち込んでいるライノアの背中を、メリアンヌが思いっきり叩いた。背骨が軋んだ気がして、うめき声を上げる。
「いっその事、役得だと喜べばどう?」
 ウインクしてみせるメリアンヌに、ライノアは目を点にして、それから渋い顔をした。
「あなたは本当······いえ、なんでもありません」
 意を決してドアを開けるライノアの背中に、「でもまだ襲っちゃだめよ~」と声がかけられる。ライノアは振り向くとメリアンヌを睨んで、そっとドアを閉めた。




   


        
    
    

    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。

竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。 自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。 番外編はおまけです。 特に番外編2はある意味蛇足です。

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

処理中です...