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第2章
暗殺者と裏側
しおりを挟む「はじめまして、マーヤと申します」
新しいメイドは、離宮の入口で深々と頭を下げた。
短いダークブロンドの癖毛、狐のような顔をした痩せぎすの小柄な女性は、ニッコリと微笑んだ。
「王子の従者をしております、ライノアと申します」
ライノアは優雅な動作でお辞儀をした。傍目にはわからないが、いつでも攻撃態勢に入れる隙のない動きに、アルフォルトは苦笑いしそうになる。
ライノアの後ろに立つアルフォルトに気づき、マーヤと名乗ったメイドは視線を寄越したので、アルフォルトはお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします」
敢えて名乗る事はせず様子を窺う。もし手練なら、この時点でアルフォルトが王子だと見抜く可能性がある。
少しでもマーヤが不審な動きを見せたら、ライノアや気配を消しているメイド達が一斉に攻撃に出る。
じっと見つめるが、マーヤは名乗らないアルフォルトを訝しみつつ「王子の従僕ですね、よろしくお願いいたします」と勝手に解釈した。
(──思ったよりも大した事無いのか、それとも様子を見てるだけなのか)
離宮の中へと案内される間も、マーヤはキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「どうしました?」
ライノアが淡々と尋ねれば、マーヤは恥ずかしそうにはにかんだ。
「すみません、お城で働くのは始めてで······調度品があまりに立派だったものでしたから」
(ああ、そういう事か)
二人の後ろをついて行きながら、アルフォルトは思う。
敵だとはじめからわかっていなければ、この毒気の無さに人は騙されてしまう。
この暗殺者は、人の懐に入り込むのが上手いのだろう。そうやって、今まで仕事をしてきたから生きて来れたのだ。
(だって、この程度なら──僕でも殺せる)
どんな猛者が来るのかと構えていただけに肩透かしを喰らい、アルフォルトは窓の外を見た。
きっとここに来る筈だった子は、この人懐っこさに騙されてしまうくらい純粋で、優しい子だったのだろう。
(でもそれじゃあ、やっぱりここでは働けない)
人の表面しか見れない、疑う事ができないのであれば、この魑魅魍魎が跋扈する城では生きていけない。
どんなに優しい言葉をかけて貰っても、影では悪評を流す人もいれば、友好的に握手をした次の瞬間ナイフを突きつけてくる人もいる。
(本当、ここより城下の方が安全かも)
アルフォルトは、自嘲気味にひっそりと笑った。
「貴方が第一王子ですね、マーヤと申します」
執務室の机に座る、金髪に仮面の人物を見かけると、マーヤはさっそくお辞儀をした。
本来目下の者から話しかけるなど非常識だが、態々教える必要は無いだろう。
アルフォルトに扮したレンは、否定も肯定もせず会釈だけした。
相手が見た目だけで王子と判断したのであればそう思わせておいた方がいい。
これで全てが演技なら中々の役者だが、離宮中に潜んでいるメイド達の気配に気づいた様子も無い。
メリアンヌがティーセットを準備しているのを目ざとく見つけ、マーヤは「私がやります」と手伝いに駆け寄った。
しかし、近づくにつれてメリアンヌの大きさと女装している事に気づき、マーヤはわかりやすく固まった。
「そう?それならお願いね」
メリアンヌはお茶の準備をマーヤに託すと、部屋の隅──マーヤからは死角になる位置にひっそりと控えた。
途中ライノアに目配せをして退室を促す。
アルフォルトから離れたくないライノアは心底嫌そうに、渋々執務室から退室した。
マーヤはお茶を準備し、案の定ティーカップに何か入れたのを、アルフォルトは見逃さなかった。
(うん、毒だろうな)
手っ取り早く殺せるから暗殺者は勿論、アルフォルトも護身用によく使う。
準備ができたマーヤは、レンへティーカップを差し出した。
「お茶はいかがですか?」
「はい、貰いますー」
差し出されたティーカップに、レンは手を伸ばす。アルフォルトが確認しやすいように、あえてゆっくりした動作で手を伸ばしていた。
アルフォルトは紅茶が微かに濁っているのを確認し、レンがティーカップを受け取るのをやんわりと阻止した。
(底に沈んでる)
思ったよりも杜撰だ。アルフォルトは奪ったティーカップから敢えて手を離し──床に落とした。
陶器が壊れる音で離宮のメイド全員が臨戦態勢に入るが、やはりマーヤは誰の気配にも気づいた様子はない。
「お茶が······」
(良い茶葉なのに、勿体ない)
騒ぎを聞きつけたライノアが執務室に戻ってきた。
後片付けをマーヤに指示し、アルフォルトの足に、落としたお茶がかかったと知ると、ライノアは血相を変えた。
「何考えてるんですか!?」
ちら、とマーヤは執務室を出る前に、こちらに視線を寄越した。アルフォルトがティーカップを落とした事に怒っていると思ったのだろうが、ライノアの怒りは別だ。
もし、触れるだけでダメージを与えるタイプの毒だったらと考えたのだろう。
そんな劇薬なら、簡易的な容器では持ち運べないと弁明する間もなく、ライノアに抱えられ、自室へと担ぎ込まれる。
ソファに下ろされ、有無を言わせぬままズボンを脱がされた。
「大丈夫だよ、裾が濡れただけだし。そもそもそんな危ない毒なら、簡単に待ち運べないからさ」
アルフォルトが手を振ると、ライノアはアルフォルトの足首を掴む。
「そうですが、もし火傷やカップの欠片で怪我でもしたらどうするんですか」
怒ったまま、ライノアはアルフォルトの足を確かめる。怪我や火傷がないかじっくりと検分され、アルフォルトは気まずさに視線を逸らした。
「今更怪我が増えても気にしないよ」
「私が気にします」
少し乱暴に、足首を持ち上げられる。思わず体勢を崩し、アルフォルトはソファの背もたれに倒れた。
膝頭が胸に付く体勢に、なんとはなしに羞恥心を覚え、アルフォルトは頬を染める。
「ちょっとライノア!?」
非難の声を上げれば、ライノアの指が内腿の傷跡をそっと撫でる。
少し前にエルトンに鞭で付けられた傷跡は、縫ったこの一箇所以外は綺麗に跡が残らなかった。痛みはもう無い。赤く少しだけ盛り上がった傷跡をつぅ、と撫でられると、腰の奥にぞわりとした感覚がした。
「やっ······」
ビクリ、と身体を震わせる。
ライノアはやはり少し怒っていて、この状況をどうしようかと考えていると──部屋のドアが開いた。
「あ」
マーヤは驚いた顔をして、二人のただならぬ様子に慌てて部屋を出て行った。
「······毒殺できなかったから、王子を直接殺しに来たんだろうね」
「邪魔されましたね」
ライノアには悪いが正直助かった、とアルフォルトは思った。
マーヤは部屋を間違えた訳では無いだろう。
人の気配がすると、王子の部屋のドアを開けてみれば、そこにいたのは目的の王子では無く従者と従僕で、しかもこの体勢だ。
何か色々勘違いしたのだろうな、とアルフォルトは気恥ずかしさを覚えた。
ライノアは掴んでいたアルフォルトの足をそっとおろすと、新しい服を用意する。
手渡された服に着替えていると、ライノアにそっと抱きしめられた。
「──お願いですから、身体を大切にして下さい」
「うん、気をつける。ごめん」
ライノアが怒る時は、いつだってアルフォルトが自分を大切にしない時だ。
アルフォルトはライノアの腕に自分の手を添えると、小さく詫びた。
♢♢♢
「最初から、君は敵と認識されてたんだよ」
従僕──と思い込んでいた少年は、床に押さえつけられたマーヤと目を合わせると、優雅に微笑んだ。
人並み外れた美貌は、時に悪魔よりも残酷に見えるものだとマーヤは思った。
人の気配を感じ視線を向ければ、応接室にメイドが何人も姿を表す。
これだけの人数、一体何処に潜んでいたのだと、マーヤは完全に敗北を認めた。
「······第一王子の暗殺は、尽く失敗するって噂、嘘じゃなかったんだ」
マーヤはぼそりと呟く。
後頭部に衝撃が走り、彼女はそのまま意識を失った。
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