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第3章
焦燥感と二人の行方
しおりを挟む爆発の衝撃で飛ばされたライノアの身体は、傷だらけだった。幸いな事に大きな怪我はないが、どこかの角にぶつけたのか、額が切れて血が止まらない。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた医務官の声が、ぼんやりと遠くに聞こえる。どうやら、爆発で聴覚か一時的に麻痺しているようだ。
しかし、今は自分の事などどうでもいい。
心配する医務官をよそに、ライノアは立ち上がった。
「ちょっと待ちなさい!!」
手当もそこそこに、ライノアはふらつく身体を無視してアルフォルトを追いかけようとし──駆けつけたメリアンヌに腕を掴まれた。
「······離せ」
ライノアが俯いたまま低く呟く。
目の前でアルフォルトを連れ去られ、為す術ない自分の不甲斐なさに苛立っていた。
目も合わせないライノアにメリアンヌは溜息をつく。そのまま、ライノアの頬を平手で叩いた。
「っ······」
ふらつく身体は勢いを殺せずに、ライノアは床に倒れ込む。
先程まで手当てをした医務官が驚いてライノアを助け起こした。しかし、メリアンヌは構わずライノアの胸ぐらを掴む。
「落ち着け馬鹿!!焦った所でどうしようもねぇだろ!?」
普段のお淑やかな口調ではなく、ドスの効いた声で怒鳴られ、ライノアは俯いていた顔をのろのろと上げた。虚ろな目がメリアンヌを捉える。
「······態々連れ去ったって事は、何か目的があるんじゃねーの?アイツは無駄な事はしない人間だろ」
部屋が爆発した衝撃で頭を打ったライノアは、動かない身体で必死にアルフォルトへ手を伸ばした。その手が届くことは無かったが、去り際にオズワルドが「ヴィラで待ってる」と言い残したのだ。態々場所まで律儀に伝えるあたり、すぐにアルフォルトに危害を加えるとは考えにくい。
改めて考えれば、爆発もシャルワールの部屋だけで、威力は極々小さいものだった。現に、ライノアは軽傷だ。
そもそも、オズワルドの目的はシャルワールを亡き者にする事だ。
目の前でアルフォルトを連れ去られた事により、冷静さを失っていたのに気付かされたライノアは、深く息を吐いた。
「······すみません、落ち着きました」
ようやく、目に光が戻る。メリアンヌは溜息を吐くと、ライノアの頭を軽く叩いた。
「全く、手間がかかるわね」
「普通怪我人殴りますか?」
ライノアが胡乱な眼差しでメリアンヌを見ると、メリアンは頬に手を当てて笑った。
「殴ったんじゃないのよ、叩いたの」
威力を考えれば殴ったに等しいが、深く考えない事にした。
「······頬にも湿布貰えますか?」
ライノアが振り返り頼むと、医務官は苦笑いしてメリアンヌに叩かれた頬も手当てしてくれた。
「宰相はヴィラで待つ、と言っていました」
手当てを終えた二人は走りながら、ライノアは部屋で何があったかをメリアンヌに説明した。宰相が何を考えてアルフォルトを連れ去ったのかはわからないが、去り際の表情に殺意はなく、何処か悲しそうに見えた。
「アイツは二人でどうこうできる相手じゃない。無謀だったわね······私はベラディオ様に報告したらすぐ向かうわ。貴方は先に行ってなさい」
長い廊下の突き当たりでメリアンヌと別れ、ライノアは厩舎に急いだ。
♢♢♢
爆発があった後、アトレイはシャルワールの元へ向かう道すがら、すれ違ったメリアンヌから状況を聞いたようだ。
シャルワールの部屋は、爆発物の衝撃で壁が破れたり窓ガラスが粉々だったりと悲惨なようだが、幸いにも他の部屋への被害はなく、炎が燃え広がる前に鎮火されたという。
爆発に巻き込まれたライノアが額から血を流し倒れていたが、軽い脳震盪を起こしただけですぐに意識を取り戻し、大事には至らなかった。
部屋の中にいたオズワルドとアルフォルトが忽然と消えていたが、去り際ライノアに「ヴィラで待ってる」と態々言い残したらしい。
手当てもそこそこに、ライノアはヴィラへ向かったと、歩きながらアトレイから状況を聞いた。
「シャルワール!!」
突如背後から声がし、振り返ると護衛騎士と側近を連れたベラディオが駆けてきた。
「父上!!」
ベラディオはシャルワールの姿を見つけると、安堵の溜息を吐き、シャルワールの頬を撫でた。
「無事だったか······よかった」
「父上もご無事で何よりです」
ベラディオの優しい声に肩の力が少し抜けて、自分が思っていたよりも緊張していたのだと、今更気づいた。
「ローザンヌは無事だったから安心しろ。今は護衛を増やして侍女を傍に控えさせている」
どうやら既に母の様子を確認して来たようで、シャルワールは頭を下げた。
「これからアルフォルトを探しに行くのだろう?私も行く」
ベラディオの発言に、護衛をはじめとした全員がどよめいた。
「ベラディオ様も安全な所でお待ち下さい!!」
護衛に窘められるが、ベラディオは頷かなかった。かわりに、シャルワールへと向き直り、真摯な目で見つめる。
「こんな時に自分だけ安全な所で待てと?無理だな。息子と友を放っておけない」
側近に指示を出して、外套と剣を持ってこさせる。シャルワールと同じように、帯剣ベルトを身につけ渋る側近から剣を受け取ると、ベラディオは外套を羽織った。
「城の事は任せた」
ベラディオが側近に声を掛けると、側近は「御身第一に」と頭を下げた。
「大体の事情はメリアンヌから報告を受けている。アルフォルトめ、無理しおって──側近以外には、賊が侵入し、爆発物を用いてアルフォルトと宰相を攫った、という事にしてある。衛兵には城内を優先的に探せと指示してあるが······そもそも賊などいない訳だしあまり時間は稼げそうにないな」
どうやら衛兵に嘘の情報を伝えて、自分から引き離したようで、シャルワールは苦笑いした。
足早に厩舎へと向かう道すがら、ベラディオとシャルワールは持っている情報を擦り合わせた。
「まさか、オズワルドがここまで思い詰めていたとはな······」
「すみません、私のせいで兄上が·······」
苦しそうに吐露したシャルワールの頭を撫で、ベラディオは微笑んだ。
「お前のせいじゃない。それに言ったろう?お前が無事でよかった。シャルワールもアルフォルトも、私には同じくらい大切なんだ」
優しい言葉が、すんと胸に沁みる。
重く苦しかった呼吸が、少しだけ楽になった。
「さて、馬鹿な友に会いに行くとしようか」
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