仮面の王子と優雅な従者

emanon

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後日談

帝国の日々②

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♢棘♢



 アルフォルトがディオハルト帝国にきて、二ヶ月が過ぎた。
 今アルフォルトが住まう屋敷は、ライノアが兄から与えられた物で、城から五分くらいの距離にある。
 王弟に相応しい立派な屋敷には大きな庭があり、美しい薔薇園は薔薇が好きなアルフォルトの為に態々作らせたと聞いた。

「おはよーございます」
 ライノアに服を着せて貰いながら、アルフォルトが欠伸をしていると、メイド服に身を包んだ背の高い赤髪の侍女──メリアンヌが、爽やかな笑顔と共に部屋に入って来た。
「······おはよう、メリアンヌ」
 少し気怠げにしているアルフォルトの様子に、メリアンヌはジト目でライノアを見つめる。当の本人は素知らぬ顔でアルフォルトのタイを結んでいた。
 もうアルフォルトの従者ではないのに、なんなら大国の王子なのに、ライノアはアルフォルトの世話を焼く。ライノアは日中、城で政務に携わるため、以前のようにアルフォルトの傍に四六時中いれる訳では無い。その為か、何かにつけてアルフォルトを甘やかそうとする。
 アルフォルトの着替えは基本的にライノアの役割だ。というか、他の者にはアルフォルトに指一本触れさせないという気概さえ感じる。どうしてもライノアが忙しい時だけ、メリアンヌが手伝う事になっている。
「おはようございます、メリアンヌ」
 タイを結び終えたライノアが、涼しい顔で挨拶を返した。
「朝食の準備ができたわよ」
 アルフォルトのとして帝国に付いてきてくれたメリアンヌは、相変わらずメイド服で過ごしている。
 アルフォルトの為に女装する必要はもう無いのだが、本人がメイド服を気に入っているので、公式の場以外では基本的にメイド服だ。
 ライノアの屋敷の召使い達も特に気にした様子もなく、自然に受け入れている。メリアンヌの人心掌握術は帝国に来ても健在だった。
 メリアンヌの他に、アルフォルトの身の回りの世話や護衛として、離宮にいたメイド達全員が付いてきてくれた。勿論強制した訳では無いのだが、本人達たっての希望もあり、中々の大人数になった。その事をライノアに伝えたら「全く問題ない」と言われた。寧ろ一国の王子の輿入れならもっと多くてもいい、と。
 ライデンの城で暮らしていた頃とあまり変わらない事に、アルフォルトは少なからず安心していた。
 ただ、唯一。レンだけが国へ残った。
 もちろん仲違いをした訳では無い。最後の最後まで悩んだ上でライデンへ残ったのだ。
 レンは、シャルワールの従者であるアトレイと恋仲になった。意外な組み合わせだが、あの人間嫌いなレンが人と深く関わろうとしている事に、アルフォルトは嬉しくなった。
 ライデンの城のセキュリティを任されている事も大きく、離れてしまうのは寂しいがレンの幸せを優先して欲しいとアルフォルトは伝えた。
 それに月に一度、レンは連絡係として帝国に来る役割を担っている。両国の情報交換とライノアの屋敷のセキュリティのメンテナンス──というのは建前で、気軽に国外へで向けないシャルワールやベラディオに、アルフォルトの近況報告をするのが主な役割だ。結局、父も弟もアルフォルトに対する過保護は加速したままだった。
 ライデン王国までは馬車で丸一日、早馬で半日ほどの距離だ。もの凄く離れている訳では無いため、レンも旅行感覚で顔を出してくれる。

「流石にお腹空いたな」
 着替えが終わったアルフォルトは、朝食の報告についお腹を抑えると、メリアンヌが思わせぶりに苦笑いした。
「そりゃあ、夜遅くまでしてたらお腹も好きますわよ」
 激しい運動が何を指すかわからない程、アルフォルトも子供ではない。
 そんなに自分は大きな声をだしていたのだろうか。
 護衛や不寝番のメイドが、隣室で待機しているのは当たり前なのだが、自分達の声や行為が筒抜けなのは、改めて考えると恥ずかしい。そして聞かされる不寝番に申し訳なさすぎる。いたたまれなさで赤面したアルフォルトは、誤魔化す様に勢いよく立ち上がった。
 途端。
「ぅわっ」
 身体のあらぬ所に違和感を感じ、足から力が抜けた。バランスを崩したアルフォルトの身体を、咄嗟にライノアの腕が支える。
「大丈夫ですか?ルト」
 腰を支えられ、抱え込む腕の強さに昨晩の行為を思い出し、アルフォルトは顔を手で覆って唸った。
「だ、大丈夫······」
「······メリアンヌ、あまりルトをからかわないで下さい」
 ライノアに窘められ、メリアンヌは肩を竦めた。
「申し訳ございません
「なんか別人みたいだよね、エルディオス」
 を呼ばれて、ライノアは苦笑いをした。
 帝国に戻り身分を取り戻したライノアは、同時に名前も取り戻した。
 なので、基本的にライノアの事はエルディオス、もしくはエディと外では呼ぶようにしている。
 ただ、ライノアの希望で二人きりの時だけ、「ライノア」と呼んでいる······主に、夜の間だけ。
 婚約者として正式な発表をしていないアルフォルトも「アルト」と名乗っている。まだ後ろ盾がしっかりとしていないアルフォルトが、ライデンの王子だと知られれば、取り入ろうとする輩や陰謀に巻き込まれかねない。
 正式な発表まではただの「アルト」として、ライノアの屋敷で帝国について学んでいる最中だった。
 ライノアの屋敷の召使い達は勿論アルフォルトの正体を知っている。ライノアやエルドレッドが選んだ、口の硬い優秀な召使い達は皆、アルフォルトに敬意を持って接してくれる。
「料理が冷める前に行きましょうか」
 アルフォルトを抱え直して、お姫様抱っこのまま部屋を後にするライノアに、アルフォルトは抗議の声を上げた。
「えっ、ちょっとエディ!自分で歩けるからっ」
「ルトの腰が立たないのは自分にも責任があるので、甘えて下さい」
「そーいう事シレッと言わないでよ!」
 ライノアの腕の中ジタバタと暴れると、メリアンヌが盛大に溜息をいた。
「······朝からイチャイチャしちゃって、見せつけてくれるわねぇ」
「み、見せつけてない!!」
 真っ赤になって唸るアルフォルトに、メリアンヌとライノアは楽しそうに笑った。
 
 

♢♢♢



「そういえばアルト様、この間の件は考えて下さいましたか?」
 帝国の歴史についての書物を読むアルフォルトに、痩せぎすの男──モルトが、問いかけた。 
 モルトは、アルフォルトに帝国の歴史を教える為に週に一度、ライノアの屋敷に来る。
 鷲鼻で眼光鋭い、少し神経質そうな中年で、帝国の元老院の一人だ。
 モルトの問にアルフォルトが答える前に、同席している侍従が窘めた。
「モルト様、そのお話はお断りする、とエルドレッド様やエルディオス様が仰ってましたよね?」
 眉を寄せる侍従に、モルトは鷹揚に笑って手を振った。
「御二方が今はその気がなくても、将来の奥方に勧められたら、考え直すかもしれないじゃないか、ねぇ、アルト様」
 含みのある言い方に、アルフォルトは感情を表に出さないように、微笑んだ。
「二人が不要と言うなら、僕から話す事はありませんよ」
「まぁ、そう仰らずに!確かにアルト様は大層美しいですが、男性ですからね。どんなに頑張っても、子をなす事はできますまい。優秀なエルディオス様の血が途絶えるのは勿体ないと思いませんかな?」 
 モルトの言葉に、ひたり、と喉に刃を突きつけられた気分になる。
 呼吸が浅くなった事に気づいたアルフォルトは、気づかれないようにそっと息を吐き出した。
「モルト様!いい加減にして下さい!!アルト様に失礼です」
 侍従が怒りも顕に声を上げると、モルトは「まぁ、そうカリカリなさらずに」と肩を竦めた。
 それから、分が悪いと思ったのか、時計に目をやると立ち上がり「今日はここまでに致しましょう」とお辞儀をした。
「ご教授、ありがとうございます。来週も宜しくお願いします」
 アルフォルトも立ち上がりお辞儀をすると、モルトはアルフォルトの肩を軽く叩いて声を潜めた。
「側室の件、是非ご検討くださいますようエルディオス様にお伝え下さい」
 そう、言い残してモルトは退室した。

(側室、ね)
 部屋に一人になったアルフォルトは、今度は深く息を吐き出した。
 最近、アルフォルトを悩ませているのが、モルトが提案してくる側室の件だった。
 ライノアは、アルフォルトを伴侶として迎え入れる準備をしている。婚約者の身分は伏せられているが、男で大層見目麗しいという噂だけが広がり、様々な憶測が飛び交っていると聞く。
 エルドレッドには子供がいて、双子の兄妹は先日六歳の誕生日を迎えた。
 ライノアは、その子供達の王位継承権を脅かさない為にも、あえて男性を正妻に迎え入れる旨を公表している。
 ディオハルト帝国は正妻以外の子供には王位継承権はないが、王族の血を引く子供を側室に産ませ、婚姻など政治の駒として育てるべきだ、と一部の貴族や元老院は考えている。
 エルドレッドが愛妻家で側室を持たない為、ライノアに矛先が向いたのだろう、とエルドレッドは申し訳なさそうにしていたのを思い出した。
 ライノアは、側室を丁重に断った。アルフォルト以外は考えていないと。大半の人間はそこで諦めたのだが、どうしても自分の娘を側室にしたいモルトは、矛先をアルフォルトに変えた。アルフォルトがお願いすれば、ライノアも考え直すかもしれない。そう思って、毎週授業の合間に側室の話を持ち出されているのだった。
(勿論、ライノアが他の誰かと──なんて、絶対に嫌だけど······)
 モルトの言葉が、重くのしかかる。
(彼の言う通り僕は、子供を産めない)
 どろり、と絡みつくような声が頭から離れない。今までは考えた事も無かった。いや、きっと考えないようにしていた。
 もしかしたら、ライノアは今後、子供が欲しくなるかもしれない。自分の血を残したいと思うかもしれない。
 そうなった時、男のアルフォルトでは願いを叶えてあげられないのだ。
 その事実が、アルフォルトの心にじわりじわりと、黒い染みを作って蝕んでいく。
 だから、せめてライノアが求める事はなんでもしてあげたい。アルフォルトにはもう、差し出せるものなんてこの身一つしかないのだ。
(でも、昨日も上手く出来なかった)
 今まで性的なものを避けてきたアルフォルトは、身体を重ねる時はいつもライノアに任せっきりだ。だから、いずれは飽きられないだろうか、と不安で堪らなくなる。
 ライノアは気にしなくていい、と言ってくれるが、面倒だとかつまらないと思われるのが怖くて──自分はこんなに臆病だったのか、と自己嫌悪していた。

 再び深く息を吐き出すと、モルトの見送りをしてきた侍従が部屋に戻って来た。
「見送りありがとう、トーリ」
 アルフォルトが微笑むと、トーリと呼ばれた若い侍従は首を振った。
「モルト様の仰る事は、気になさらないで下さいね!そもそもアルト様が王子だと知らないから、あんな失礼な事を言えるんです。エルディオス様がアルト様一筋なのは、屋敷の皆知ってますから!」
 拳を握って、自分の事のように怒ってくれる侍従に、アルフォルトの強ばった心が少しだけ解れていく。
 モルトがアルフォルトの事を陰で男娼呼ばわりしている事は知っていた。立ち居振る舞いは貴族のソレなので、身持ちを崩した元貴族だと思っているのだろう。「アルト」という短い名前に、ひた隠しにされた身分。庶民の出だから箝口令かが敷かれていると一部では思われているらしい。
「エルディオス様にご相談して、モルト様を不敬罪にしましょう!そして教育係は別の者にして貰いましょう!」
 自分のかわりに怒ってくれるトーリがなんだかおかしくて、アルフォルトは頬を緩めた。
「大丈夫だよ。······性格はともかく、モルト様は教え方が上手いし、博識だ。こんな事でエディを煩わせる訳にはいかないし、そもそも家名を名乗ってないから仕方がないよ。······きっと、僕に至らない点があるからモルト様も不安なんだと思うし」
 苦笑いするアルフォルトに、トーリは「そんな事有りません!」と語尾を荒らげて憤怒していると、ドアがノックされて上品なドレスを纏った黒髪の女性が部屋に入ってきた。
「そうですわよ、アルト様に至らぬ点などございませんわ」
 色白でおっとりした女性は、エメラルドの瞳を細めて優雅にカーテシーをした。
「ご機嫌よう、アルト様」
「ご機嫌よう、ナターシャ様」
 アルフォルトがお辞儀をして挨拶を返すと、ナターシャは微笑んだ。
「盗み聞きするつもりは無かったのですが······トーリの声が廊下まで聞こえてましたので、つい」
 扇で口元を隠すナターシャに、トーリはあわあわと頭を下げた。
「騒がしくして申し訳ございません」
「あら、別に怒ってる訳じゃないのよ」
 そう言うと、ナターシャはアルフォルトに向き直った。
「ああ、今日もなんて愛らしいのかしら!······と、その前に。アルト様、お茶の準備が整いましたわ」
 頬を染め、ナターシャはアルフォルトの手を取った。
 白くほっそりとした手に導かれ、アルフォルトは部屋を後にした。

「アルト様!ご機嫌よう」
 中庭の薔薇園に到着すると、黒髪の可愛らしい双子の兄妹に出迎えられる。
「ご機嫌よう、リディア、リーノア」
 足元にしがみついてくる二人を抱きしめ、アルフォルトは微笑んだ。
「そんなにくっついたらアルト様が歩けないでしょう?」
 ナターシャが双子を諌めると、双子は声を揃えて抗議した。
「お母様だってアルト様と手をつないでた」
「ずるい!私たちもお迎え行きたかったのに」
「私はエスコートしただけですわ」
 謎の言い争いをし始めた親子を、アルフォルトは微笑ましい目で見つめる。
 ナターシャはエルドレッドの妻で王妃、双子の母親だ。とても子供がいるようには見えない若く美しい外見だが、エルドレッドよりも歳上だと聞いた。おっとりした雰囲気だが、芯の通った姉さん女房で怒ると怖い、らしい。
リディアとリーノアはナターシャの子供で、リディアが第一王子リーノアが第一王女だ。
 そしてこの親子は、アルフォルトの事がとても好きだった。
 初めて顔を合わせた日、双子はアルフォルトの人並み外れた美貌に「女神様だ」と目を輝かせ、ナターシャは「義弟がこんなに可愛らしいなんて、眼福」と大層喜んだ。なんでも、綺麗な物や可愛いものが大好きらしい。そして、見た目だけでなくアルフォルトの内面も重視してくれる思慮深さもある。
 会話も楽しいし、双子も可愛いし、とアルフォルトもこの親子をすぐに好きになった。
「いけないいけない、お茶が冷めてしまうわ。──さぁ、皆さんテーブルに着きましょう」
 ナターシャはパンパンと手をいて着席を促した。
 賑やかな親子に、ささくれだった気持ちは少し薄れ、アルフォルトはひっそりと息を吐き出した。
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