仮面の王子と優雅な従者

emanon

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後日談

帝国の日々③

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♢侵食♢



「まぁ、モルト様ったらそのお話を?」 
 薔薇園に用意されたテーブルで、アルフォルトとお茶を楽しんでいたナターシャは眉間に皺を寄せた。先程トーリが怒っていた原因を聞き、頬に手を当てて溜息をつく。
「姉が駄目だったから今度は末娘を、と考えたのね······まったく、懲りない方だ事」
「······姉、という事は、以前にも側室の打診があったのでしょうか?」
 アルフォルトが首を傾げると、ナターシャは頷き、テーブルから少し離れたところにある噴水の前で遊ぶ双子に視線を向けた。
「私がエルドレッドに嫁いだ時にも、あの人は側室の提案をして来たのよ。私がエルドレッドよりも歳上だから、も居た方が安泰だと言って、自分の長女を側室にどうかってねぇ」
 ほほほ、となんでもない事のように笑うナターシャに、アルフォルトは眉を寄せた。
「ナターシャ様にも、エルドレッド様にも失礼な話ですね······。っと、ごめんなさい。出すぎた事を言いました」
 アルフォルトが頭を下げると、ナターシャは首を振った。今だからこうして微笑んでいるが、きっと当時は色々思い悩んだに違いない。国母という立場は、中々に茨の道なのをアルフォルトは知っている。
「あの頃はまだ女帝お義母さまがご健在で、モルト様は女帝のお気に入りでしたから······どう断ったものかと、エルドレッドと頭を悩ませました」
 女帝──ライノアの命を狙い、亡命するきっかけになったライノアの実母は、病で亡くなった。故に、ライノアが帝国へ戻る事が出来たのだが、中々苛烈な女性だった、と話に聞いた。
「因みに、どうやってモルト様は引き下がったのですか?」
 純粋な疑問に、ナターシャはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「側室にと連れてこられた長女を、剣で打ち負かしました」
 剣もろくに握った事もない貴族の令嬢に、決闘を申し込み、完膚なきまでに叩きのめした、と朗らかに言った。いざと言う時に皇帝をお守りするのも妻や側室の役目だと。側室になったら毎日研鑽いたしましょう、と言うと、長女は自ら側室の座を辞退した。
 そこでようやく、モルトは折れたらしい。
 見た目どおりのお淑やかな女性ではないナターシャは、どこかアルフォルトの母に似ている、と思う。
「素敵ですね、ナターシャ様は美しいだけでなく、強くていらっしゃる。エルドレッド様が惚れるのも頷けます」
 純粋に、感想を述べるアルフォルトに、ナターシャは嬉しそうに頷いた。
「まぁ、義弟に口説かれてしまいましたわ」
「なっ、そんなつもりは」
 思わず慌てたアルフォルトに、冗談よ、とナターシャは笑った。
「その、ナターシャ様はお若いと思います。とても子供が二人いらっしゃるとは思えないほど可憐で······最初、僕と同い年か少し上、くらいなのだと勝手に思ってました······」
 初めてナターシャをエルドレッドから紹介された時、アルフォルトは歳が近そうだと勝手に親近感を覚えた。が、実際はアルフォルトの年の倍だと聞かされた時は正直驚いた。親子程歳が離れているとはとても思えない。
 そんなアルフォルトの言葉に、ナターシャは頬を染めて微笑んだ。
「まぁ、まぁまぁまぁ!お世辞でも嬉しいわ。こんなおばさんに気を使わなくても良いのに······なんて良い子なのかしら。うちの義弟は最高ね」
 嬉しそうにアルフォルトを抱きしめたナターシャに、どこか母の面影を感じ、アルフォルトも微笑んで抱きしめ返した。
「僕もナターシャ様みたいな義姉おねえさまができて、幸せです」
「あっ!お母様だけずるい!」
「私もアルト様にぎゅってする!」
 目ざとく、アルフォルトに抱きつくナターシャを見つけ、双子が駆け寄ってくる。
 そのままアルフォルトにしがみついて来た双子を、アルフォルトは優しく抱きしめた。
 ライノアとは違う、子供や女性の柔らかな身体は壊れてしまわないか、少し不安になる。だから、できるだけ優しく腕の中の小さな温もりに触れる。
 アルフォルトに抱きしめられ、双子は嬉しそうにはしゃいだ。
「ねぇ、アルト様!また剣術教えて」
 腕の中でリディアがお願いしてくる。前にごっこ遊びに付き合った時、アルフォルトが剣術を披露したら目をキラキラさせて喜んだのだ。どうしたものかとナターシャを見ると、ナターシャは頷いた。
「あんなに剣術の稽古を嫌がってたのに······アルト様がいいなら、教えていただけると嬉しいわ。······自分を守れる手段は、一つでも多い方がいいもの」
 そう、呟いたナターシャはいつもの穏やかさに強さが滲み出ていて、やはり皇帝の妻なだけあるな、とアルフォルトは思った。



♢♢♢



エルドレッドから晩餐に招待され、アルフォルトはライノアに連れられて城へと出向いた。
 普段はライノアの屋敷で食べるのだが、週に一度王家全員で食卓を囲む。
 まだ婚約者のアルフォルトが混ざっても良いのだろうかと前に聞いたら、もう家族みたいなものだから、と皆あたたかく受け入れてくれた。
「本当に良いのだろうか?」
 エルドレッドが、食事の手を止めて少し不安そうにアルフォルトを見つめた。
「大丈夫です。父からは許可を得ていますし、何よりも祖父の強い希望なので。······それよりも、大掛かりになってしまいすみません」
 アルフォルトが頭を下げると、エルドレッドはとんでもない、と首を振った。
「こちらとしては有難い限りだよ。アルト殿のおかげで、我が国の医療の質が上がるんだからね」
 エルドレッドはワインを口に運ぶと、微笑んだ。
 アルフォルトが帝国に来る事が決まり、祖父が花嫁道具に(?)と寄越したのが、ライデン王国の病院だった。──正確には、マルドゥーク家の経営する病院一つ分の医師全員と医療器具一式だ。
 今は帝国が所有する屋敷の一つを改築している最中で、完成したら医療施設として解放する予定だ。経営はアルフォルトが主に担うので、ゆくゆくは近くに孤児院も併設するつもりでいる。
 いつもアルフォルトを診てくれていた医者をはじめとした優秀な人材は、アルフォルトが帝国でもライデンと同じ医療を受けられるように、と祖父が決めたらしい。
 自分だけの為というのは気が引けて、帝国民も受診できるようにしたいと祖父や父、それからエルドレッドに相談したら、二つ返事で了承を得た。
「ライデンの医療技術の高さは近隣諸国でも有名だからね。エルディオスがアルト殿を射止めてくれたおかげで、今後我が国の医療の質はぐんと上がる」
 少し茶化して笑うエルドレッドに、ライノアは満更でもない様子で頷いた。
「本当にルトは、自分には勿体ないくらいです」
 真っ直ぐな視線がアルフォルトを見つめ、思わず照れて頬が熱くなった。
「お、大袈裟な······でも、少しでも役にたてるなら良かった」
 自分が帝国に来て、良かったと思って貰える物が一つでもあるなら、アルフォルトとしては嬉しい。そう思って顔をあげると、ナターシャと目が合った。
「少し、なんてご謙遜が過ぎます。アルト様が目の前で微笑んでるだけで私は心が弾みますもの。ねぇ、リディア、リーノア」
 母親の問に、双子は大きく頷いた。
「アルト様ね、綺麗なのにとっても強いの」
「剣術の教え方もうまいから、楽しい」
 キャッキャと楽しそうに報告する双子に、エルドレッドは微笑んだ。
「あんなに剣術の稽古を嫌がっていたのに······アルト殿には頭が上がらないな」
「とんでもない!自分の剣術なんてエディに比べたらまだまだです」
「エディおじさまもつよくて、かっこいいよ」
 リディアがキラキラした目でライノアを見つめた。が、ライノアは少し複雑そうな顔をした。
「······おじさま」
 ボソッと呟いたライノアの声が聞こえ、アルフォルトは思わず吹き出した。
「間違った事いってないよ。リディアとリーノアの叔父さんだもんね」
「······それなら、ルトも『おじさま』じゃないですか」
 ちら、と見つめてくるライノアに、双子は目配せすると笑った。
「アルト様はキラキラして女神様みたいだから『おじさま』って似合わないもん」
「そうそう、アルト様はアルト様」
「暗に老け顔って言われてるよね」
 アルフォルトがぼそっと呟くと、エルドレッドとナターシャが声を上げて笑った。
 キャッキャと楽しそうな双子に、ライノアは納得出来ないような複雑そうな表情を浮かべ、その顔があまりにもおかしくて、アルフォルトもつられて笑った。 



「──さっきのライノア、面白い顔してたね······」
 自分を腕の中に囲いこんだライノアの頬に触れ、アルフォルトは微笑んだ。一糸まとわぬ身体で重なり合ったままシーツの海に溺れ、ライノアはアルフォルトの呼吸が整うのを待ってくれていた。
 汗ばんだ肌に、夜のひんやりとした空気が心地良い。
「······どうせ私は、老け顔ですよ」
 ちょっとだけ拗ねた顔になるライノアが可愛いくて、額に口づけた。
「若い頃に老けてた人って、後々若く見えるって聞いた事があるよ」
 クスクスと笑うと、ライノアはアルフォルトの肩に噛み付いた。そのままガシガシと噛んでくるので、アルフォルトは思わずライノアの背中をペシペシと叩いた。
「ちょっと!痛いんだけど?」
「私は心が痛いです」
 そういえば前にもこうして肩を噛まれた事があるな、なんてぼんやり思い出す。
 大人しくなったアルフォルトを覗き込むと、ライノアは悪戯な笑みを浮かべて、止まっていた抽挿を再開した。
 突然の刺激に思わず悲鳴を上げ、アルフォルトはライノアの背中にしがみついた。
「あっ!?······急に、動かな······でっ、ぁんッ」
 緩やかな動きで、確実にアルフォルトの感じる所を刺激され、身体から力が抜ける。
「落ち込んだので、慰めて下さい」
 殊勝な言葉とは裏腹に、ライノアは貪欲にアルフォルトを求める。
 「駄目」も「待って」も言わせて貰えないほど、ガクガクと揺さぶられ、アルフォルトは涙目でライノアを睨んだ。
 目が合うと、そのまま唇を貪るように口付けられる。
 ライノアの指が肌を辿り──肋骨を撫でた辺りで、ピタリと止まった。
 唇を離し、ライノアはアルフォルトをまじまじと見つめる。
「·····アルフォルト、少し痩せましたか?そういえば晩餐もあまり食べてませんでしたよね」
「んっ······」
 思わず顔を逸らして、アルフォルトはボソボソと呟いた。
「その、ご飯おいしくて······つい食べ過ぎちゃうから。······お披露目の時に太ってたら、嫌かなって······」
 歯切れの悪いアルフォルトに、ライノアは目を見開くと、クスクスと笑って愛おしそうに頬を撫でた。
「今でも充分細いから必要ないのに。それに太ってもアルフォルトなら可愛いと思いますけどね」
「からかうなよ」
「······貴方は誰よりも綺麗です。本当、私には勿体ないくらい」
 熱っぽい視線が、アルフォルトを見つめる。溺れてしまいそうなどこまでも蒼い瞳に、アルフォルトはチクリと胸が痛んだ。
(······上手く、誤魔化せた、かな)
 ──本当は、ダイエットなんてしていない。
 ······ここ最近、食べれないのだ。
 少し食べるだけで、胃が苦しくなり、無理矢理食べると吐き気がする。
(原因は、なんとなくわかっているんだけどね)
 こうなったのは、モルトに側室の話を持ち出されてからだ。
(でも、ライノアに心配はかけたくない)
 王弟としてはまだ日が浅いライノアの手を煩わせる分けにはいかない。体調管理くらい出来なければ、更に何を言われるかわかったものじゃない。 
 身体を貫かれる快楽に溺れながら、アルフォルトは沈みかけた気持ちを誤魔化すように、ライノアに口付けをねだった。

 
 
 
 
  



 
 





 



 
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