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感謝祭
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あっという間にやって来ました、感謝祭。
もうすっかり葉が色付いている。気候は、長袖の上にセーターを着てちょうど良い。過ごしやすい季節だ。
講堂に生徒が集まると、執行部のノヴァの司会で、会式はどんどん進んだ。学園長も会長もあっさりと舞台を去り、全員で結晶石への祈りを捧げる。
そうして、下の学年から合唱の披露が始まった。
低学年はまだ声変わり前の子も多く、美しいボーイソプラノが講堂に響く。高学年になるほど曲が重々しくなるのは仕方がないだろう。
無事に出番を終えたおれたちは、まったりと聞く体勢に入る。
五年特級の発表で美しいソプラノをジェミャの民が披露したときには、彼の持つ高雅な雰囲気に美麗な容姿も相俟って、そこここからうっとりとした溜め息が聞こえた。
生徒の発表が終われば、次は教師だ。
「グラ先が真面目に歌ってる…」
希に見る真剣な眼差しのグラディオに、うちのクラスの生徒は釘付けだった。去年も見ているはずなのだが、一年経てば忘れるものだ。
「そういや先生、声は良かったな」
「いや、こうして見るとなかなか格好イイかも…」
「一年に一度の奇跡か…」
失礼なことを口々に言っていたクラスメイトたちだが、歌い終わったグラディオがすうっと目を細めてこちらのテーブルに視線を投げたので、空気が張り詰めたのだった。
最後に来賓として来ていた幻想界の女学院の人たちがアカペラで美しい讃美歌を歌い、はち切れんばかりの拍手が講堂を満たす。
「次は演奏会だ」
「ほんと、音楽浸けだな今日は」
一時休憩となり、小腹を満たしに生徒たちが次々と席を立つ。
晩餐に備え、食べ過ぎないようにしなくてはならない。
「パンでいいか」
ジンが視線を寄越す。
「買いに行くヤツ、ジャンケンで決めようぜ」
「ああ。今日は負ける気がしない」
アスファーが張り切って仕切ったジャンケンタイムを終えてみれば、自信満々だったジンは言葉の通り一番に勝ち、上機嫌である。
「なに食おうかな」
残念ながら負けたアスファーは開き直ったらしく、口を結んでいる。おれも負けてしまったので、気持ちはよく分かった。
「俺、デラックス野菜サンドで」
「じゃあ俺はウルトラサンドパン」
「……同じでいい」
話しながら講堂の外へ出た。
「あー腹減った。ちんたらするなよ」
「中庭にいるな」
「へいへい」
うんと背中を伸ばしたジンと美味しい空気を吸っているラウレルを横目に、パン屋へ向かう。アスファーは飲み物を買いに行った。
そんなわけで、一人でパン屋へ来たところ、何故か遠巻きに人だかりが出来ていた。
首を傾げて人を掻き分け進む。
やっとでパンに手の届く所へ出ると、美しい歌声を披露したジェミャの民が、優雅にパンを選んでいた。人だかりはこの人のせいかと納得する。
おれはあらかじめ決めてきたので淡々とトレイに乗せていたのだが、ジン所望のデラックス野菜サンドに手を伸ばしたところで隣から伸びた腕とぶつかってしまった。
「っごめん」
「いや、こちらこそ」
ぶつかった相手――ジェミャの民の顔を、まじまじと見てしまう。
ジェミャの民は、おれの反応に淡く藤紫に色付く髪を揺らして首を傾げた。香り立ちそうなほど美しい色合いだ。
「僕はそんなに冷たそうに見えるかい?」
冷たそうというより、気位の高そうな人だと思っていたのだ。
「……あー、ううん」
キツそうな目をしているけれど、深い緑色の瞳は澄んでおり邪心を感じない。
おれの言葉に気を良くしたのか、彼は微笑んで口を開いた。
「僕はヴィレオ。君は?」
「イオ。あんたの弟さんには会ったことあるよ」
思い出して言ってみると、ヴィレオは目を瞬いた。
「……ああ、君がね。僕も弟から聞いたことがあったっけ」
ヴィレオは前期に木の上で会ったイェシルの兄なのだ。雰囲気はまったく異なるが、美しい深緑の瞳は同じ輝きを持っている。
「飯、一人?」
「ううん、弟と」
「仲いいな」
会計に進み、トレイに乗せたパンを袋に詰めてもらいながら話す。
袋を受け取るという、なんて事のない仕草さえ洗練されて見えるヴィレオは、近寄りがたいと思われても仕方がないだろう。
「たった一人の兄弟だからね」
ここには他に同胞もいないしと苦笑したヴィレオ。
「……ちょっと羨ましいかも」
おれには、身内はいない。寂しいと思うことはないけれど、興味がないわけじゃない。
「あ、急がないと」
ジンたちを待たせているのだった。
「それじゃ、」
「また今度」
そう言って柔らかく微笑んでくれたヴィレオはどこまでも高雅で、さらさらと風に揺れる淡い藤紫の髪がとても優美だった。
◇◇◇
「遅かったな。混んでたのか?」
待ち合わせ場所の中庭に着くと、すでに飲み物に口をつけていたアスファーが袋に手を伸ばして言う。
おれはラウレルの隣に腰を下ろし、息を吐いた。
「店は混んでなかったよ。店の前は混んでたけど」
「はあ?」
「美しいソプラノを披露したジェミャの民に、みんな釘付けだったんだ」
ペロリとパンを食べてしまったアスファーが、膝に肘をついて言う。
「……あー、あの人な」
「知り合い?」
「風紀に勧誘したけど、断られたらしい」
「へー。そういうの、好きじゃなさそうだもんな」
おれはもふもふとパンを食べながら、思い返すように斜め上を向いていた。
「来年は入るかもしれないぜ?」
「なんで?」
アスファーに視線をやれば、ニヤリと悪そうな顔をされる。
「弟の方が了解したんだと」
「……弱点バレバレだな」
確かにイェシルなら、楽しんでこなしそうだ。ヴィレオに内心でドンマイと呟く。
そこでふと、アスファーを感情のない冷めた瞳で見ているジンが目についた。
「ジン?」
思わずガシリと腕を掴んで揺する。
はたとこちらを向いた彼は、いつも通りの様子で顔をしかめた。
「なんだよ」
「……なんでもない」
見間違いだったのではと思えるほどに、それからもジンは普段通りだった。
もうすっかり葉が色付いている。気候は、長袖の上にセーターを着てちょうど良い。過ごしやすい季節だ。
講堂に生徒が集まると、執行部のノヴァの司会で、会式はどんどん進んだ。学園長も会長もあっさりと舞台を去り、全員で結晶石への祈りを捧げる。
そうして、下の学年から合唱の披露が始まった。
低学年はまだ声変わり前の子も多く、美しいボーイソプラノが講堂に響く。高学年になるほど曲が重々しくなるのは仕方がないだろう。
無事に出番を終えたおれたちは、まったりと聞く体勢に入る。
五年特級の発表で美しいソプラノをジェミャの民が披露したときには、彼の持つ高雅な雰囲気に美麗な容姿も相俟って、そこここからうっとりとした溜め息が聞こえた。
生徒の発表が終われば、次は教師だ。
「グラ先が真面目に歌ってる…」
希に見る真剣な眼差しのグラディオに、うちのクラスの生徒は釘付けだった。去年も見ているはずなのだが、一年経てば忘れるものだ。
「そういや先生、声は良かったな」
「いや、こうして見るとなかなか格好イイかも…」
「一年に一度の奇跡か…」
失礼なことを口々に言っていたクラスメイトたちだが、歌い終わったグラディオがすうっと目を細めてこちらのテーブルに視線を投げたので、空気が張り詰めたのだった。
最後に来賓として来ていた幻想界の女学院の人たちがアカペラで美しい讃美歌を歌い、はち切れんばかりの拍手が講堂を満たす。
「次は演奏会だ」
「ほんと、音楽浸けだな今日は」
一時休憩となり、小腹を満たしに生徒たちが次々と席を立つ。
晩餐に備え、食べ過ぎないようにしなくてはならない。
「パンでいいか」
ジンが視線を寄越す。
「買いに行くヤツ、ジャンケンで決めようぜ」
「ああ。今日は負ける気がしない」
アスファーが張り切って仕切ったジャンケンタイムを終えてみれば、自信満々だったジンは言葉の通り一番に勝ち、上機嫌である。
「なに食おうかな」
残念ながら負けたアスファーは開き直ったらしく、口を結んでいる。おれも負けてしまったので、気持ちはよく分かった。
「俺、デラックス野菜サンドで」
「じゃあ俺はウルトラサンドパン」
「……同じでいい」
話しながら講堂の外へ出た。
「あー腹減った。ちんたらするなよ」
「中庭にいるな」
「へいへい」
うんと背中を伸ばしたジンと美味しい空気を吸っているラウレルを横目に、パン屋へ向かう。アスファーは飲み物を買いに行った。
そんなわけで、一人でパン屋へ来たところ、何故か遠巻きに人だかりが出来ていた。
首を傾げて人を掻き分け進む。
やっとでパンに手の届く所へ出ると、美しい歌声を披露したジェミャの民が、優雅にパンを選んでいた。人だかりはこの人のせいかと納得する。
おれはあらかじめ決めてきたので淡々とトレイに乗せていたのだが、ジン所望のデラックス野菜サンドに手を伸ばしたところで隣から伸びた腕とぶつかってしまった。
「っごめん」
「いや、こちらこそ」
ぶつかった相手――ジェミャの民の顔を、まじまじと見てしまう。
ジェミャの民は、おれの反応に淡く藤紫に色付く髪を揺らして首を傾げた。香り立ちそうなほど美しい色合いだ。
「僕はそんなに冷たそうに見えるかい?」
冷たそうというより、気位の高そうな人だと思っていたのだ。
「……あー、ううん」
キツそうな目をしているけれど、深い緑色の瞳は澄んでおり邪心を感じない。
おれの言葉に気を良くしたのか、彼は微笑んで口を開いた。
「僕はヴィレオ。君は?」
「イオ。あんたの弟さんには会ったことあるよ」
思い出して言ってみると、ヴィレオは目を瞬いた。
「……ああ、君がね。僕も弟から聞いたことがあったっけ」
ヴィレオは前期に木の上で会ったイェシルの兄なのだ。雰囲気はまったく異なるが、美しい深緑の瞳は同じ輝きを持っている。
「飯、一人?」
「ううん、弟と」
「仲いいな」
会計に進み、トレイに乗せたパンを袋に詰めてもらいながら話す。
袋を受け取るという、なんて事のない仕草さえ洗練されて見えるヴィレオは、近寄りがたいと思われても仕方がないだろう。
「たった一人の兄弟だからね」
ここには他に同胞もいないしと苦笑したヴィレオ。
「……ちょっと羨ましいかも」
おれには、身内はいない。寂しいと思うことはないけれど、興味がないわけじゃない。
「あ、急がないと」
ジンたちを待たせているのだった。
「それじゃ、」
「また今度」
そう言って柔らかく微笑んでくれたヴィレオはどこまでも高雅で、さらさらと風に揺れる淡い藤紫の髪がとても優美だった。
◇◇◇
「遅かったな。混んでたのか?」
待ち合わせ場所の中庭に着くと、すでに飲み物に口をつけていたアスファーが袋に手を伸ばして言う。
おれはラウレルの隣に腰を下ろし、息を吐いた。
「店は混んでなかったよ。店の前は混んでたけど」
「はあ?」
「美しいソプラノを披露したジェミャの民に、みんな釘付けだったんだ」
ペロリとパンを食べてしまったアスファーが、膝に肘をついて言う。
「……あー、あの人な」
「知り合い?」
「風紀に勧誘したけど、断られたらしい」
「へー。そういうの、好きじゃなさそうだもんな」
おれはもふもふとパンを食べながら、思い返すように斜め上を向いていた。
「来年は入るかもしれないぜ?」
「なんで?」
アスファーに視線をやれば、ニヤリと悪そうな顔をされる。
「弟の方が了解したんだと」
「……弱点バレバレだな」
確かにイェシルなら、楽しんでこなしそうだ。ヴィレオに内心でドンマイと呟く。
そこでふと、アスファーを感情のない冷めた瞳で見ているジンが目についた。
「ジン?」
思わずガシリと腕を掴んで揺する。
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「なんだよ」
「……なんでもない」
見間違いだったのではと思えるほどに、それからもジンは普段通りだった。
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