幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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雀山商店街の夏祭り

4.ちびっこ相手に大人気

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 自治会館に隣接している商店街の共同駐車場が、今日の夏祭り会場だ。駐車場には特設舞台が作られ、左右にはテントを張った屋台が並んでいる。
 俺は遠慮なく清良の腕につかまって、一歩一歩慎重に歩いた。会場に入ると、母親に手を引かれたちびっこがこちらを指差す。

「うしゃ! ぱん! ぱんぱん!」

(あれはおそらく、ウサギとパンダって言ってるんだよな)

 先に歩いていた加瀬がちびっこに愛想よく手を振ると、きゃあと歓声が上がる。よろよろ歩いているだけの俺と違って、加瀬はしっかり相手の心を掴んでいる。

(加瀬、お前はすごい奴だ。明日からお前をののしるのはやめる) 

 階段を上り舞台に上がると、開始時間に合わせて続々と人が集まってくるのが見えた。商店街の法被を着た人が加瀬に風船を、俺には団扇うちわの入ったかごを渡す。空には音だけの花火がドンドンドンと上がり、舞台の下に並んだ太鼓が一斉に打ち鳴らされた。

 時刻はちょうど午後1時。

「皆さん、お暑い中ようこそ! これより第52回雀山商店街夏祭りを開催します!」

 商店街の会長が張りのある声で開始を告げると、歓声と共にパチパチパチと拍手が湧く。続けて、司会の女性がよく通る声で言った。

「今日はうさぎさんとパンダくんも応援に来てくれました。風船と団扇のプレゼントがありますので、皆さん、舞台の横に並んでくださいね」

 すかさず加瀬ウサギが風船を持った手を振ると、わぁっと歓声が上がった。俺も恐る恐る手を振ってみる。すると、舞台のすぐ前にいた二歳位の子が、一生懸命小さな手を伸ばしてぶんぶんと振ってくれた。

(か、可愛い……)

 胸がじんとする。

(こんなしょぼい動きしかできない俺にも手を振ってくれるなんて、ちびっこマジ天使。ここまで来たら、暑いだの緊張するだの言ってる場合じゃない)

 俺は籠を持っていない方の手で、ちびっこの心に応えるべくせっせと手を振った。会場のあちこちで小さな手が振られているのが見えて、じわっと感動が広がっていく。
 商店街や自治会のえらい人たちの挨拶が終わったので、加瀬と俺は階段を下りた。舞台の脇にはもう親子連れやちびっこたちが並んでいる。

 加瀬の前には風船が欲しい子どもたちが、俺の前には団扇を求める大人が並ぶんだろう。そう思っていたのに、俺の前にもずらりと子どもたちが並んだ。
 団扇を渡すと「ありがと!」と可愛い声が飛び、次から次へと人が並ぶ。中には一緒に写真を、と言う人までいてびっくりした。パンダ人気は侮れない。
 籠の中の団扇はすぐになくなり、後ろにいた清良が補充してくれる。それを数回繰り返して籠が空になった時だった。清良は俺の腕をぐっと掴んだ。

「あおちゃん、もう終わり」
「えっ?」
「もう30分以上経ってる。絶対休んだ方がいい」
「そんなこと言っても……」

 まだ並んでいる人がいるのに。そう思って清良を見ると、隣にいた商店街の人に何か話しかけている。そして俺の方を向いたかと思うと、辺りに響き渡るような大声で言った。

「みなさーん、うさぎさんとパンダくん、これからお休みしまーす! 団扇と風船はまだありまーす!」

 えー! とどよめく声に清良は笑顔のまま「ごめんねー」と叫んでいる。隣の加瀬を見ると、周りにバイバイと手を振っているので俺もそれに倣って手を振った。
 何だか名残惜しいなと思いながらよたよたと会場を後にする。自治会館の中に入ると、清良はすぐにパンダの着ぐるみを脱ぐのを手伝ってくれた。

「ふわぁ」

 頭部を脱ぐと籠もった熱が一気に抜けた。続けて首の後ろのファスナーを外してもらうと、全身汗びっしょりだ。

「うっわ、これもう全部着替えた方がいいな……あれ?」

 急に頭が重くなって、ふらっと体がよろけた。

「あおちゃん!」
「大丈夫か、月宮!」

 清良がすぐに手を伸ばして、俺の体を支えてくれた。おかげで倒れはしなかったけど、座り込むとそのままもう動けない。

「あおちゃん、横になった方がいいよ。気持ち悪くない?」
「うん、平気。気持ち悪くはないけど……のど乾いた」
「わかった。加瀬、あおちゃん見ててくれる?」

 加瀬が俺を支えてる間に、清良は自分のリュックから水筒を取り出した。はい、と渡されてちょっと驚く。

「いいの? 清良のなのに」
「それ、あおちゃん用だから」
「へ?」
「とにかく、すぐ飲んで」

 言われるままに口にすると、中に入っていたのは冷えたスポドリ。ただ、普通のものよりしょっぱかった。それがやたらうまくて、遠慮なくごくごく飲んでしまった。
 さらに清良は、昨夜のうちに冷凍庫で凍らせておいたというタオルを保冷袋の中から取り出した。

「あおちゃん、横になって。それからこれ、両方のわきの下に挟むよ」

 俺は床に寝転がって頷いた。半解凍になっていたタオルが気持ちいい。

「うわ、すっげー冷える」

 一気に涼しくなって天国だと思っていると、清良は黙って唇を噛んだ。
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