幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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降って湧いた夏合宿

10.清良の頼みだから

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 準備室側の壁に背を付けて立っていたのは清良だった。焦ったように目を何度も瞬いている。

「……な、んでお前、そこにいるの?」
「え、いや。あおちゃんが田野倉と話すって、ひづちゃんが教えてくれて。この間の夏祭りの話だって言うから」

 ちょっと気になって……と語尾がだんだん小さくなる。

(ひづるぅぅ~~!!! お前は何がしたいんだ。やっぱり俺をサンドバックにする気だったのか。そのくせ、やばい時に備えて清良をレスキューによこしたのか?)

 動揺を抑えるのにちょっと時間が必要だった。

「……さっさと中に入ってくればよかったのに」
「二人とも何か深刻な雰囲気だったから入りづらかったんだよ」
「ふーん……」

 半目になって睨んでみても、清良は曖昧に笑うだけだ。いつからここにいたんだろう。こいつのことだからタイミングを計っていたような気もする。俺とりんりんが喧嘩になりそうだったら、割って入ろうとしていたんじゃないだろうか。
 
「あ、上橋先輩!」
「田野倉。もう体の調子は大丈夫?」
「はい。夏祭りの日はすみませんでした」

 廊下に出てきたりんりんは、清良にきちんと挨拶をした。元々礼儀正しい子なんだろう。二人を見ていると、頼りになる先輩と可愛い後輩って感じがする。
 りんりんは、清良の隣に立っている俺を見た。

「つ……きみや先輩」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「ああ。ちょっと驚いたけど、話ができてよかった。次はしっかりパンダ着て出られるといいな」

 強く頷いたりんりんが、にこっと笑う。

「あの……先輩たちはすごく仲がいいんですね」

 俺と清良は顔を見合わせた。特にそんなことを聞かれたこともなかったし、考えたこともなかった。なにしろ、この状態が普通だから。

「まあ、家が隣だし幼稚園からずっと一緒だからな」
「え、高校までずっとですか?」

 うん、と答えたタイミングが二人とも同じだったので、りんりんはぷっと噴き出した。

「すっごい。そんな人たち、なかなかいないですよ。だからなんですね」
「え?」
「さっき、月宮先輩言ってたでしょう? パン吉、上橋先輩の頼みじゃなかったら引き受けなかったって」

(――ま)

「幼馴染って、いいなあ」

(――――まてまてまてまてッ!)

 クッソ恥ずかしいセリフを清良の前で暴露されて、顔から火が出そうだった。俺と清良が黙り込んでいると、アラームの音がする。りんりんのスマホからだ。

「あ、もう帰らないと。すみません、お先に失礼します!」
「……気をつけて」

 清良が力なく手を振っている。
 きっと天然なんだろう。俺たちの様子を気にも留めず、りんりんは慌ただしく帰っていった。
 取り残された俺たちは、黙ったまま歩き出した。隣の棟に行き、それぞれの教室から鞄を取ってくる。昇降口まで来ると、上履きから靴に履き替えた清良が目の前の自販機に向かった。

 ガコン、ガコンと缶が続けて落ちる。

「はい、あおちゃん」

 俺に渡されたのは、おなじみのレモンスカッシュ。そして、清良の手にもあったのも同じものだった。

「ありがと。……今日は清良もこれにしたんだ?」
「うん」

 俺たちは昇降口から出たところで、レモンスカッシュを飲んだ。いつもならずっとしゃべってるのに、ボソッとしか言葉が出ない。

「……あおちゃん」
「ん?」
「田野倉と話してくれて、ありがとう」
「あー、あれは緋鶴にやられたんだよ」
「じゃあ、ひづちゃんにも御礼言わなきゃ」
「いらんて」

 ふふ、と清良が笑う。
 その横顔を見ていると、りんりんの言葉が思い出されてまた頬が熱くなる。もう、あんなことを迂闊うかつに口にするのはやめようと決めた。  
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