幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
27 / 48
嵐のような夏休み

27.会いたくない男

しおりを挟む
 久木は部活の後だろうか、半袖シャツにズボンの制服姿でラケットバッグを肩に掛けている。

「フューチャーランドで会ったきりだな」
「……うん」
「月宮、SF好きだよな。前もよく読んでたし」
「今も好きだよ。でも、今日は本を探しに来たんじゃなくてリクエスト本を取りに来たんだけど」
「あ、そうなんだ。俺も同じ」

 にこっと笑う顔は輝く太陽を連想させる。でも、太陽の眩しさは時に人を消耗させるんだ。これ以上話すこともないし、俺はさっさと退散することにした。

「じゃあ、もう帰るから」
「月宮!」

 久木が声を張り上げた。周りから視線が飛んでくるが、本人は気にした様子もない。

「……時間ある?」

 ないと言いたかったが、言ったが最後、いつならあるのかと詰め寄られそうな迫力だった。仕方なく「少しなら」と答えれば、久木はほっと息をついた。

 市立図書館のすぐ近くにファストフードがある。俺たちはそこに寄ることにしてチャリを走らせた。一階のカウンターで久木は照り焼きチキンバーガーのセット、俺はバニラシェイクのMを注文した。

「それだけ?」
「うん。そんなに腹減ってないし」

 一階は満席だったので、二階に上がって席を探した。窓際の席が空いていたので、そこに向かい合わせで座る。俺がシェイクを飲みながらカップを両手で揉んでへこませていると、久木がくくっと笑う。

「月宮って、シェイク飲む時はいつもそれやるよな」
「こうすると早く溶けるんだよ」
「あんまり変わらなくない?」
「いや、MやLだと全然違う。下の方が結構硬いじゃん。Sなら必要ないけど」
「あれは一瞬で飲み終わるだろ」

 こうしているとまるで以前に戻ったようだ。久木がバド部に入部してから、俺たちは結構仲が良かった。部活の帰りに店に寄ったり、休みの日は一緒に出かけたりした。あれからたいして経たないのに、もうずっと昔のような気がする。
 久木はあっという間にバーガーを平らげてポテトの箱を手に取った。「食う?」と差し出されて首を振る。ポテトを手元に引き寄せたまま、久木はテーブルに視線を落とす。

「……この間さ、部活の皆と来てるって言ってたよな」

 フューチャーランドでのことだとわかって、ずずっとストローでシェイクをすする。

「あれって、もしかして上橋の入ってるとこ? パンダとかウサギの」

 さらにシェイクを吸おうと思ったが、柔らかくなったところは吸い終わって、残りはまだ硬い。思うように吸い上げられない。

「着ぐるみ着て部活の応援したり、イベントに出てるとこだよな。他に何やってるかよく知らないんだけど、あそこに入ったってこと?」

 久木の眉がぐっと寄っているのを見ながら、俺はストローから口を離した。

「そこに入った」
「え?」
「お前の言ってる通りだよ。俺もそれ以上何やってるのかよく知らない」
「あ、あそこすごく人数少ないんだろ。部活じゃなくて同好会だって聞いたし、上橋たちに入れって言われたんじゃないのか?」
「全然」

 久木が目を見開く。

「清良たちはそんなこと言わない。1年が熱出して代わりにパンダ着てくれとは言われたけど、それだけ。俺が自分から同好会に入ろうと思ったんだ」
「……月宮」
「あいつらといたら面白そうだと思ったから」
 
 ぐっと唇を噛んだ久木はそれ以上何も言わなかった。手にしたポテトがぐしゃりと握りつぶされる。俺は残っていたシェイクを吸えるだけ吸って席を立った。そのまま一階に降りて店を出ても、久木が下りてくる様子はない。気だるい暑さの残る夕暮れの道をスピードを上げて走った。
 
 昨年の秋。久木がうちの高校のバドミントン部に入部した。
 経験者だと聞いて俺たちは喜んだ。そして、プレーする姿を見て衝撃を受けた。リハビリ中だと言うがフォーム一つとっても俺たちとは全く違う。久木は部員の誰よりも上手かった。人付き合いもそつがなく、たちまち部の中心的な存在になった。
 聞けば小学生の頃からバドミントンを始め、高校は強豪校への進学を考えていたと言う。ところが、中三の時に足に大きな怪我をして、バドでの進学はあきらめなければならなかった。それでも大きな手術を乗り越えて、もう一度やろうと決心した。
 そんな久木が部員に与えた影響は大きかった。常に自分を鍛えて努力を怠らない。試合で成果を出して勝ち進む。そんな姿を見れば、後に続きたいと思う者が出るのは当然だ。日々のトレーニング量が増え、部活の時間が増えた。経験のある先輩や顧問と共に久木が指導に入り、全体のレベルは格段に上がった。
 里見高校のバドミントン部は「試合はいいところ二回戦までしか進めない」「ゆるい」部活ではなくなった。そうなると、ついていけない者が出る。その筆頭が俺だった。

 俺はゆるい部活でよかった。学校の勉強や塾と両立できて、部活は皆で楽しくやれればよかった。でも、そんな気持ちは久木には伝わらなかった。

「月宮、どうしてもう少し頑張れないんだ?」
「じゃあ久木、どうして楽しいだけじゃだめなんだ? 頑張らなくたって部活はできるだろ」
「頑張らなきゃ勝てない。やる以上は皆、勝ちたいだろう」
「その『皆』の中に俺はいないよ」

 俺は三月に退部届を出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...