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嵐のような夏休み
29.危うく勘違い
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ずっしり重いスイカを渡すと、母はとても喜んだ。夕食後に出されたスイカは甘くて瑞々しい。いつもなら母にもうやめろと言われるぐらい食べるのに、今日はそんな気になれない。三角に切られたスイカを二切れ食べて終わりにすると驚かれた。
「蒼斗、大丈夫? 花屋さんのアルバイトってそんなに大変なの?」
母にはバイトのことを話しているので、俺が余程疲れていると思っているらしい。
「あーー仏花仏花仏花仏花、たまにアレンジメントって感じ」
「……忙しそうね」
緋鶴が何か言いたげな視線を送ってきたが、それに応える気力がない。さっとシャワーを浴びて部屋に戻った後は、ベッドにごろりと転がった。変な動悸は収まったが、頭の中ではさっきの光景が繰り返されている。
清良の手が頬に触れて、長い睫毛と栗色の瞳がすぐ目の前にあった。
「あれ、びっくりしたな……」
――いや、さっき、あおちゃんが目こすってたから、大丈夫かなって!
(清良がああ言わなかったら、危うく勘違いするところだった。なまじ美形だから、変な想像をしそうになるんだよ……)
清良の行動が人の勘違いを呼ぶことはよくある。道路を横切る猫を見ていたら、たまたまそこにいた女子たちが、自分を見た、いや私だともめ始めた。ハムスターに似た子がいると眺めていたら、相手からいきなり「両想いですよね」と迫られた。そんな話はいくらでもあって、美形は甘い夢を人に与えやすいんだと思う。
(あの後、妙な雰囲気になっちゃったから清良も動揺したんだろうな。俺も変な動悸がしたし)
あの動悸は何だったんだろう。胸に手を当ててみてもよくわからない。わからない時は寝るのが一番だ。横になって目を瞑ると、バイトや久木に会った疲れもあってそのまま眠ってしまった。
翌日も朝から『フラワー伊藤』に向かった。今日はお盆の最終日だ。俺を見るなり伊藤さんが嬉しそうな顔をする。
「月宮くん、飛行機のチケットが取れたんだよ! キャンセル待ちをしてたうちのと子ども、今夜には帰れそうなんだ」
「えっ! よかったですね」
「ああ。母も動けるようになってきたし、一安心だよ」
俺のバイトは本当にお盆の間だけで終わることになった。今日で終わりだと思うと、一日頑張らなきゃと思う。
お盆の最終日にも、お客さんは次々にやってくる。
伊藤さんは安心したからか、ここ数日の中で一番元気がいい。お客さんがいない時間に小さなアレンジメントを作り始めて、俺はそれをわくわくしながら見ていた。
「すごいですね。この間も可愛いって買ってくれたお客さんがいましたよ」
「嬉しいね。でも、俺よりうちの奥さんの方が上手いんだ」
そう言いながら、伊藤さんは奥さんの話をした。
花屋のお盆はいつも忙しいから、奥さんはなかなかこの時期に帰省ができない。今年はお母さんと二人で頑張るから、お子さんを連れてゆっくりしてきたらいい。そう言ったのに、途中で帰らせることになってしまった。悪かったなあと。
「でも、月宮くんが助けてくれるって聞いて喜んでたよ」
伊藤さんの言葉に、あの時手伝うと言ってよかったと思う。話しているうちに完成した小ぶりのアレンジメントは、前に母の花束を作ってもらったのと同じトルコキキョウだ。母の花束に入っていたのはひらひらしてフリルみたいな花びらだったが、これは薔薇のように丸くなっている。ピンクと白にガーベラも入ってすごく可愛い。こんな花をもらったら、誰だって嬉しくなるんじゃないだろうか。
ギイ、と扉が開いてお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませ!」
笑顔を浮かべたまま入口を見ると、そこには昨日会ったイケメンが立っていた。
「蒼斗、大丈夫? 花屋さんのアルバイトってそんなに大変なの?」
母にはバイトのことを話しているので、俺が余程疲れていると思っているらしい。
「あーー仏花仏花仏花仏花、たまにアレンジメントって感じ」
「……忙しそうね」
緋鶴が何か言いたげな視線を送ってきたが、それに応える気力がない。さっとシャワーを浴びて部屋に戻った後は、ベッドにごろりと転がった。変な動悸は収まったが、頭の中ではさっきの光景が繰り返されている。
清良の手が頬に触れて、長い睫毛と栗色の瞳がすぐ目の前にあった。
「あれ、びっくりしたな……」
――いや、さっき、あおちゃんが目こすってたから、大丈夫かなって!
(清良がああ言わなかったら、危うく勘違いするところだった。なまじ美形だから、変な想像をしそうになるんだよ……)
清良の行動が人の勘違いを呼ぶことはよくある。道路を横切る猫を見ていたら、たまたまそこにいた女子たちが、自分を見た、いや私だともめ始めた。ハムスターに似た子がいると眺めていたら、相手からいきなり「両想いですよね」と迫られた。そんな話はいくらでもあって、美形は甘い夢を人に与えやすいんだと思う。
(あの後、妙な雰囲気になっちゃったから清良も動揺したんだろうな。俺も変な動悸がしたし)
あの動悸は何だったんだろう。胸に手を当ててみてもよくわからない。わからない時は寝るのが一番だ。横になって目を瞑ると、バイトや久木に会った疲れもあってそのまま眠ってしまった。
翌日も朝から『フラワー伊藤』に向かった。今日はお盆の最終日だ。俺を見るなり伊藤さんが嬉しそうな顔をする。
「月宮くん、飛行機のチケットが取れたんだよ! キャンセル待ちをしてたうちのと子ども、今夜には帰れそうなんだ」
「えっ! よかったですね」
「ああ。母も動けるようになってきたし、一安心だよ」
俺のバイトは本当にお盆の間だけで終わることになった。今日で終わりだと思うと、一日頑張らなきゃと思う。
お盆の最終日にも、お客さんは次々にやってくる。
伊藤さんは安心したからか、ここ数日の中で一番元気がいい。お客さんがいない時間に小さなアレンジメントを作り始めて、俺はそれをわくわくしながら見ていた。
「すごいですね。この間も可愛いって買ってくれたお客さんがいましたよ」
「嬉しいね。でも、俺よりうちの奥さんの方が上手いんだ」
そう言いながら、伊藤さんは奥さんの話をした。
花屋のお盆はいつも忙しいから、奥さんはなかなかこの時期に帰省ができない。今年はお母さんと二人で頑張るから、お子さんを連れてゆっくりしてきたらいい。そう言ったのに、途中で帰らせることになってしまった。悪かったなあと。
「でも、月宮くんが助けてくれるって聞いて喜んでたよ」
伊藤さんの言葉に、あの時手伝うと言ってよかったと思う。話しているうちに完成した小ぶりのアレンジメントは、前に母の花束を作ってもらったのと同じトルコキキョウだ。母の花束に入っていたのはひらひらしてフリルみたいな花びらだったが、これは薔薇のように丸くなっている。ピンクと白にガーベラも入ってすごく可愛い。こんな花をもらったら、誰だって嬉しくなるんじゃないだろうか。
ギイ、と扉が開いてお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませ!」
笑顔を浮かべたまま入口を見ると、そこには昨日会ったイケメンが立っていた。
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