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里見高校の文化祭
40.黒王子たちの演奏
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(このままいけば、なんとか人前に立てる。文化祭までもう少し頑張ろう)
俺は緋鶴に感謝しながら社会科準備室を出た。四階から階段を下りていくと、きゃー! と女子たちの歓声が聞こえた。二階には隣の棟に向かう渡り廊下がある。その廊下に人が集まっていた。
「何だろう?」
「外?」
りんりんの言葉通り、廊下に集まった生徒たちは皆、開け放たれた窓から外を見ていた。中には窓から体を乗り出すようにして下を見ている子もいる。俺とりんりんも吸い寄せられるように手近な窓に向かった。
窓の下に見えたのは二人の男子の姿だった。顔はよく見えないけれど、それぞれ楽器を持っている。一人はサックス、もう一人はベースだ。
(あれ、もしかして……)
よく見ようと目を凝らした時、深い音色が辺りに響き渡った。歓声を上げていた声はすぐに静まり、外から聞こえる音に耳を傾ける。
空気を裂くように響き渡った音はすぐに軽やかな音色に変わり、聞き覚えのあるメロディーを辿る。心が弾むような音が続いたかと思うと、今度は深く揺さぶるような音色に変化する。曲が変わればリズムに合わせて拍子をとり、互いに手を合わせてくるりと回る子がいた。ああ、これはダンスに使われている曲だ。
流れるように三曲が演奏されて終わった時、自然に拍手が起きた。音楽に詳しくない俺にもわかったことがある。今のはすごく、気持ちのいいい音だってこと。
拍手に気付いた二人が振り向いて手を挙げた。女子たちが喜んで手を振り返す。
「黒王子たち、かっこいい! 絶対ステージ見に行く!」
「でも、時間短いんでしょ。その時間に抜けられるかなあ」
賑やかな声の中、俺は興奮して阿隅くんを見ていた。
「阿隅くん、サックス上手いんだな!」
「すごいですね。子どもの頃からやってるって噂ですよ」
「全然知らなかった……ん?」
阿隅くんがすごい勢いで、こっちに向かって手を振っている。
(あれ、もしかして俺に振ってんのかな……?)
試しに手を振ったら、当たりだったらしい。阿隅くんが喜んで手を振り返す。
「あおちゃん、帰ろ」
「わっ!」
いつのまにか後ろにいた清良の声は低い。そうだ、清良は阿隅くんと揉めたばかりだった。俺はさっと手を下ろして階段に向かった。俺たちが階段を下りる間も阿隅くんたちの演奏は聞こえていた。今度はぐっと心に沁みるバラードだ。
「なあ、清良。阿隅くんたちのステージっていつ?」
「……俺たちの次の次」
「そうか。じゃあ、踊った後に聞けるかな」
「……」
黙ったままの清良の顔を見れば不機嫌そのもの。これ以上、阿隅くんの名前を出すのはやめておいた。
その晩、俺は阿隅くんに今日聴いたばかりのサックスの感想をメッセージアプリで伝えた。つたない言葉でも阿隅くんはすごく喜んでくれた。
〈文化祭一日目のステージで演奏します。よかったら聴きにきてください〉
〈了解。俺たちは阿隅くんたちの二つ前。俺たちのも見て〉
いつもならすぐに返信が来るのに、しばらく沈黙があった。
〈二つ前は着ぐるみ同好会だと思います〉
〈うん〉
また沈黙。
〈先輩は着ぐるみ同好会に出るんですか?〉
〈そう〉
いきなり阿隅くんから電話がかかってきた。
「突然電話してすみません。何か手伝いを頼まれてるんですか?」
「いや、手伝いじゃなくて踊るんだ」
「踊るって……?」
「あれ、言わなかったっけ? 俺、着ぐるみ同好会に入ったんだよ」
「入った? 人数が足りないからですか? それとも上橋……先輩に言われたんですか?」
清良を呼び捨てにしなかったことに感心しながら、どこかで聞いた言葉だと思った。うーんと考えていると、前に久木から同じことを言われたのだと思い出した。
「いや、面白そうだから入ったんだよ。自分で決めたんだ」
「……」
「阿隅くん聞いてる? おーい! あすみくーーん!」
何度呼びかけても返事がない。あんまり返信がないので「ごめん、もう寝る」と言って電話を切った。皆でサンバを踊ったこともあり俺の疲労はピークに達していたのだ。
翌朝すっきり目覚めて登校すると、昇降口には憔悴しきった阿隅くんがいた。
「阿隅くん、どうしたの?」
「……おはようございます。昨夜はすみませんでした」
「何の話?」
「俺、先輩が着ぐるみ同好会に入るなんて思わなくて。あれだけ上橋……先輩と仲がいいのに付き合いで入る様子もないから、きっと何の興味もないと思ってたんです」
その通りだ。今だって着ぐるみそのものに興味があるわけじゃない。
「だから、あんな失礼なことを言ってしまって。先輩は人の言葉に左右されたりしないのに。自分の気持ちを一番大事にしろ、って俺に言ってくれたのに」
(――……ん?)
本当にすみませんでした、と阿隅くんは深々と頭を下げる。
「ごめん。俺がそんなこと言ったの? いつ?」
「……今年の一月です。あの言葉を聞いて決めたんです。俺も自分の好きなことをしようって。……それから、先輩に会いたくて里見高校に志願変更したんです」
俺が叫ぶより先に、いつのまにか周りにいた観客たちが、えええーーーっと叫んだ。
俺は緋鶴に感謝しながら社会科準備室を出た。四階から階段を下りていくと、きゃー! と女子たちの歓声が聞こえた。二階には隣の棟に向かう渡り廊下がある。その廊下に人が集まっていた。
「何だろう?」
「外?」
りんりんの言葉通り、廊下に集まった生徒たちは皆、開け放たれた窓から外を見ていた。中には窓から体を乗り出すようにして下を見ている子もいる。俺とりんりんも吸い寄せられるように手近な窓に向かった。
窓の下に見えたのは二人の男子の姿だった。顔はよく見えないけれど、それぞれ楽器を持っている。一人はサックス、もう一人はベースだ。
(あれ、もしかして……)
よく見ようと目を凝らした時、深い音色が辺りに響き渡った。歓声を上げていた声はすぐに静まり、外から聞こえる音に耳を傾ける。
空気を裂くように響き渡った音はすぐに軽やかな音色に変わり、聞き覚えのあるメロディーを辿る。心が弾むような音が続いたかと思うと、今度は深く揺さぶるような音色に変化する。曲が変わればリズムに合わせて拍子をとり、互いに手を合わせてくるりと回る子がいた。ああ、これはダンスに使われている曲だ。
流れるように三曲が演奏されて終わった時、自然に拍手が起きた。音楽に詳しくない俺にもわかったことがある。今のはすごく、気持ちのいいい音だってこと。
拍手に気付いた二人が振り向いて手を挙げた。女子たちが喜んで手を振り返す。
「黒王子たち、かっこいい! 絶対ステージ見に行く!」
「でも、時間短いんでしょ。その時間に抜けられるかなあ」
賑やかな声の中、俺は興奮して阿隅くんを見ていた。
「阿隅くん、サックス上手いんだな!」
「すごいですね。子どもの頃からやってるって噂ですよ」
「全然知らなかった……ん?」
阿隅くんがすごい勢いで、こっちに向かって手を振っている。
(あれ、もしかして俺に振ってんのかな……?)
試しに手を振ったら、当たりだったらしい。阿隅くんが喜んで手を振り返す。
「あおちゃん、帰ろ」
「わっ!」
いつのまにか後ろにいた清良の声は低い。そうだ、清良は阿隅くんと揉めたばかりだった。俺はさっと手を下ろして階段に向かった。俺たちが階段を下りる間も阿隅くんたちの演奏は聞こえていた。今度はぐっと心に沁みるバラードだ。
「なあ、清良。阿隅くんたちのステージっていつ?」
「……俺たちの次の次」
「そうか。じゃあ、踊った後に聞けるかな」
「……」
黙ったままの清良の顔を見れば不機嫌そのもの。これ以上、阿隅くんの名前を出すのはやめておいた。
その晩、俺は阿隅くんに今日聴いたばかりのサックスの感想をメッセージアプリで伝えた。つたない言葉でも阿隅くんはすごく喜んでくれた。
〈文化祭一日目のステージで演奏します。よかったら聴きにきてください〉
〈了解。俺たちは阿隅くんたちの二つ前。俺たちのも見て〉
いつもならすぐに返信が来るのに、しばらく沈黙があった。
〈二つ前は着ぐるみ同好会だと思います〉
〈うん〉
また沈黙。
〈先輩は着ぐるみ同好会に出るんですか?〉
〈そう〉
いきなり阿隅くんから電話がかかってきた。
「突然電話してすみません。何か手伝いを頼まれてるんですか?」
「いや、手伝いじゃなくて踊るんだ」
「踊るって……?」
「あれ、言わなかったっけ? 俺、着ぐるみ同好会に入ったんだよ」
「入った? 人数が足りないからですか? それとも上橋……先輩に言われたんですか?」
清良を呼び捨てにしなかったことに感心しながら、どこかで聞いた言葉だと思った。うーんと考えていると、前に久木から同じことを言われたのだと思い出した。
「いや、面白そうだから入ったんだよ。自分で決めたんだ」
「……」
「阿隅くん聞いてる? おーい! あすみくーーん!」
何度呼びかけても返事がない。あんまり返信がないので「ごめん、もう寝る」と言って電話を切った。皆でサンバを踊ったこともあり俺の疲労はピークに達していたのだ。
翌朝すっきり目覚めて登校すると、昇降口には憔悴しきった阿隅くんがいた。
「阿隅くん、どうしたの?」
「……おはようございます。昨夜はすみませんでした」
「何の話?」
「俺、先輩が着ぐるみ同好会に入るなんて思わなくて。あれだけ上橋……先輩と仲がいいのに付き合いで入る様子もないから、きっと何の興味もないと思ってたんです」
その通りだ。今だって着ぐるみそのものに興味があるわけじゃない。
「だから、あんな失礼なことを言ってしまって。先輩は人の言葉に左右されたりしないのに。自分の気持ちを一番大事にしろ、って俺に言ってくれたのに」
(――……ん?)
本当にすみませんでした、と阿隅くんは深々と頭を下げる。
「ごめん。俺がそんなこと言ったの? いつ?」
「……今年の一月です。あの言葉を聞いて決めたんです。俺も自分の好きなことをしようって。……それから、先輩に会いたくて里見高校に志願変更したんです」
俺が叫ぶより先に、いつのまにか周りにいた観客たちが、えええーーーっと叫んだ。
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