幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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里見高校の文化祭

41.前日準備

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 いつの間にこんなに人がいたんだろう。叫びたいのはまさに俺だった。
 自分の言葉が阿隅くんの心を動かし志願変更をさせたという。それはものすごく大変なことだ。覚えてないで済む話じゃない。

「あと、ステージの時間が減ったこと、本当に悪かったと思ってます。あれは……ただの八つ当たりなんです」
 
 後の方の声はとても小さい。その話を今すぐ聞きたかったが、軽やかに予鈴が鳴った。
 
「阿隅くん、文化祭が終わったら、さっきの話ゆっくり聞かせて」
「わかりました。先輩のステージ楽しみにしてます」
「うん、俺も阿隅くんたちの演奏を楽しみにしてる」
「……俺、先輩の為に演奏します。本気で頑張るんで聴いてください」

 吸い込まれそうな黒い瞳が食い入るように俺を見ている。真摯な気持ちが伝わってきて、こくこくとうなずいた。阿隅くんが1年の出入り口に向かってすぐ、俺も教室に向かって走った。

「はよー! ギリギリだったなあ!」

 教室に入って加瀬のにかっと笑う顔を見た途端、どっと力が抜けた。加瀬からにじみ出る安定感にほっとした。
 落ち着いて考えても、やっぱりあんなイケメンに会った記憶がない。何で彼が八つ当たりをしたのかもわからない。そして、その二つをじっくり考える時間も無く一日が過ぎた。

 自宅に戻ると、緋鶴が俺を待っていた。どんな噂を聞かされるかと怯えたが、緋鶴はにやりと笑みを浮かべた。

「おにい、これはね、今までにないチャンスだよ……」
「?」
「今朝の黒王子だよ。何でもおにいの言葉で里見高校に志願変更したんでしょ? それでおにいに感謝してる女子が激増してるんだよ。黒王子に着ぐるみ同好会のステージも見てって言ってもらえば、今からでも観客が増えるじゃない!」
「……そんなにうまくいくかな?」
「うまくいかなくても観客が増えないだけで今と一緒! だったら言ってみる価値はあるよ」

 そういえば、集客のことなんかろくに考えてなかった。ステージは正門から近い場所に作られる。自然に来場者の目に留まるので、見てくれる人も多い。それでも客が多ければ多いほどいいに決まっている。緋鶴に押されて阿隅くんにメッセージを入れると、阿隅くんは快く承諾してくれた。そして、何か演奏してほしい曲はあるかと聞く。

〈阿隅くんの演奏なら何でもいいよ。昨日聴いた曲、どれもすごくよかった〉
〈頑張ります〉

 阿隅くんからの返信は、珍しく一言だけだった。


 文化祭も前日になると、空気が変わる。
 学校全体で丸一日準備の日となり、廊下にも暗幕が張られてお化け屋敷が出現したり、レトロなカフェが生まれたりする。俺たちのクラスの装飾もようやく完成を迎えた。美術部の堀さんは満足したらしく、感激して震えている。

「できた……! 宇宙の深淵に渦巻くたこ焼き屋が」
「そんな壮大なもん考えてたのかよ……」
  
 これまでの努力の甲斐あって廊下側の壁には宇宙をバックにしたタコがうねり、星や提灯があちこちに配置された。教室の中はたこ焼きの屋台と受付に飲食スペース。実際のたこ焼きは冷凍たこ焼きをフライパンで温め、パックに詰めて調理室から運ぶ予定だ。
 持田の割り振りによって、俺の販売シフトは二日目の10時からになった。ちなみに清良のカフェのシフトは同じ日の11時からだ。俺はこっそり手に入れた清良情報をすぐに持田に流し、涙ながらに感謝された。

 放課後の着ぐるみ同好会。
 りんりんが社会科準備室に緋鶴を連れてきた。俺たちの踊る動画を撮ってもらうという。四人が踊るのを見た感想も遠慮なく教えてくれと清良が言えば、緋鶴は神妙に頷いた。
 いよいよポコ助を被り、音楽に合わせてサンバを踊る。視界は狭まるが体は動く。加瀬のキツネと俺のポコ助は頭だけなのでほぼ予想通りだが、清良とりんりんは大変だった。着ぐるみの可動域に合わせて動きを調整する。さらに緋鶴のアドバイスも加えて修正していく。それを何回か繰り返して、ようやく緋鶴からOKが出た。

「お疲れ様です! これならきっと大丈夫!」
「やったーーー!!」

 俺はポコ助を脱ぎながら声を潜めた。

「お前、清良のいるところには近づかないんじゃなかったのか?」
「……たまにはおにいたちの役に立ってあげようと思ったんだよ!」

 口をへの字に曲げて言う妹に、じわっと感謝の気持ちが浮かぶ。今度、緋鶴の好物のシェイクを好きなだけおごってやろうと決めた。
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