幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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里見高校の文化祭

42.里山祭 一日目

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 ――里見高校第49回文化祭。別名『里山祭』。
 一日目の朝が来た。

 夢の中でもサンバを踊っていたため、目の前で朝食を食べている妹の顔に現実感がない。緋鶴のすっきりしたまぶたが二重にぶれている。

「おにい、起きな! いよいよ今日だよ。何のために頑張ってきたの!」

 はっとして、そうだ、今日のためだったと思い返す。

「お前にも散々世話になったな。この礼はシェイクで……」
「それももらうけど、うちのクラスのお化け屋敷に来てよ。りんりんのメイド、めっちゃ怖いって評判だから! 衣装にものすごく手をかけたんだからね!」

 俺は黙って焼鮭を乗せた白飯をかきこんだ。メイクもばっちりだと言われても、ホラーは全て回避だ。頭の中で緋鶴たちのクラスの迂回ルートを素早く組み立てた。

「おにいたちのステージ、12時10分からだよね」
「そ。昼食時間の真っただ中だけど……大丈夫かな」
「黒王子たちは次の次で12時半か。王子たちのとこは問題ないとして、おにいたちの評判も悪くないよ」
「え、そうなの?」
「あちこちチェックしたけど、黒王子の発言がきいてるのは間違いないね。それに……普段は控えてるきよくんのファンがいるから」
「清良の?」

 緋鶴が大きく頷く。
 清良のファンたちは『推しは静かに推す』派が多いらしい。付き合ってほしいと押し寄せる勢とは一線を画し、ここぞという時に応援に立ち上がるという。

「じゃあ、それなりに観客が……」
「たぶんね。だから、おにいもがんばろ!」

 俺は緋鶴の声援を胸に立ち上がった。母がのんびり「見に行くからね~」なんて言っている。高校生の息子の着ぐるみサンバなんて見たいものなんだろうか……?

 外は青空が広がり、まだ秋とは言えない暑さだ。でも、明らかに真夏とは違う。考えてみれば今日はポコ助のデビューになる。気合を入れないとな。
 チャリを道路に出すと、ちょうど清良が隣家の門から出てきた。

「あおちゃん、おはよ!」
「はよ!」

 最近は少しも登校時間が同じにならなかったが、朝から清良と一緒だといい日になる気がする。俺がそう言えば、清良は「そういうとこさぁ……」とぼそりと呟いた。

 文化祭初日なだけあって、生徒たちの登校は早い。正門には今日の為に描かれた大きな看板が取り付けられ『里山祭』の文字が目に飛び込んでくる。俺たちは「また後で」と言いながらそれぞれの教室に向かった。
 
 教室に入ると皆、揃いのクラスTシャツ姿になっていた。しかし、ショッキングピンクの生地に黒字のタコ絵なので目に痛い。ショートホームルームの後、文化祭実行委員の持田が前に立った。

「とうとう里山祭の一日目です! たこ焼きはうちのクラスが一番だと思い知らせてやりましょう!」

 なにと戦っているのか。持田の掛け声の元に、それぞれが持ち場につく。自分の販売時間以外は自由に行動していいのだが、俺と清良には正門での文化祭のパンフ配りがある。今日はステージがあるので、着ぐるみはすぐに被れるキツネとポコ助だけだ。

 社会科準備室に行けば、清良が先に来ていた。清良はキツネを、俺はポコ助を手に取った。

「あおちゃん、あのさ……明日なんだけど。文化祭、一緒に回らない?」
「あ、そうか。今日のことばっかり考えてた。清良は明日のシフト11時からだよな。何時まで?」
「お昼まで。その後は空いてる」
「じゃあ、ちょうどいいな。一緒に回ろう」
「うん……よかった」

 ほっとしたように言うから、何だか気になった。

「去年も一緒に回ったじゃん」
「そうなんだけど……今年は、誰か他に回る人がいるのかなって思ったんだよ」
「清良や阿隅くんみたいなイケメンじゃないし、俺を誘ってくれる子はいないけど」

 清良の肩がビクンと跳ねて、ぐっと眉が寄る。あ、阿隅くんの名前はまずかったか。

「……あおちゃん」

 やけに真剣な目で清良が俺を見る。こんな思いつめた目は見たことがないと思ったら、とくんと胸の奥が動いた。久々で思わず目を瞬いた。

「明日、あおちゃんに話があるんだ」
「えっと、話があるなら今言えば? ちょうど二人きりだし誰もいないよ」

 胸の動悸が気になって、つい早口になる。すると、清良はすぐに目を閉じて一、二と数を数え始める。十数え終わったかと思うと深く息を吐いた。あれはなにか新しい呼吸法なんだろうか。

「……今日は止めとく。また明日言うから」
「わかった」

 清良の言葉にうなずき、俺たちは着ぐるみを被って正門へと向かった。歩きながら俺はひそかに反省していた。

(これから文化祭本番だっていうのに、ちょっと無神経だったな。やっぱり今は目の前のことに集中したいよな……)

 後回しにしてもいい話ならたいしたことはないだろう。それきり、俺も気持ちを切り替えた。
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