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里見高校の文化祭
43.一緒に踊って
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執行部のテントに着くと、たくさんの来場者が正門前に並んでいるのが見えた。10時の開場と共に続々と人が入ってくる。里見高校の文化祭は近隣の人々に人気が高い。
俺が差し出したパンフを「タヌキちゃん!」と言いながら五歳位の女の子が受け取った。すぐ側に母親らしい女性が立っている。
「着ぐるみ同好会の方ですよね? 今日のステージ楽しみにしてます」
「え! 見に来てくれたんですか?」
「はい、高校のホームページに載ってたので。この子がパンダに会いたいってきかなくて」
「パンダちゃんいないの?」
「パンダは今、お休みしてるんだ。後でパンダも俺も踊るから見に来てね」
女の子は頷いて、母親に手を引かれていく。
「ホームページ見て来てくれる人がいるんだ……」
「何だか嬉しいな」
俺たちはすっかり盛り上がって「ステージ見に来てくださ~い」と宣伝しながらパンフを配りまくった。
休憩を挟みつつ一時間。社会科準備室に戻って、清良と早めの昼食を食べた。時間が近づくにつれ、段々不安になってくる。さっき見たステージは思ったよりもずっと立派で広かった。お客さんも去年よりずっと多い気がする。あんなところでちゃんと踊れるんだろうか。
「なあ、清良。俺……踊れるかな。ステージに立った途端、全部忘れたりしないかな……」
「大丈夫だよ。あおちゃんならできる。あんなに練習したんだから」
「練習はしたけどさ……。あー―もう! 緊張する!」
叫んだ俺の前に、清良はすっと自分の右手を差し出した。
「え?」
「神の力を分けてあげましょう。この手を握れば、きっとうまく踊れますよ」
「……やば。どんな神様?」
「うーん、清良神?」
俺がすぐに清良の手を握ると、清良はぷっと噴き出した。
「あはは! やばいって言いながら握るんだ」
「だって、怖いんだよ! 俺に清良神の力を分けてくれ……」
清良は大笑いしている。最近、こんな顔を見たことがあっただろうか。清良の手は俺よりずっと大きくて温かくて、すごく安心した。俺は清良の手を握ったまま、机にごとんと横顔を付けた。
目を瞑ると清良の手から本当に俺の中に力が流れ込んでくるような気がする。清良は黙って俺の手を握ってくれていた。すると、廊下を歩く足音と賑やかな声がして、りんりんと加瀬が部屋に入ってきた。
「あーー! なにベタベタしてるんですか! 月宮先輩、もうじき時間ですよー」
「……ううぅ。俺は今、清良神にエネルギーをもらってるんだ」
「何だ、エネルギー不足か? 俺の買ってきたクレープ食う? お前らの分もあるぞ」
「食べる!」
体を起こして清良の手を離そうとした時だ。まるで離れるのを止めるように強く手を握られた。
「清良……?」
「はい、補充完了」
笑いながらぱっと放された手が、やけに熱い。クレープを食べている間も、ずっと火照っているような気がした。その後、俺たちは着ぐるみの入った箱を持って階段を下りた。
一階に着いて、隣の棟へと続く通路を歩く。隣棟の一階入口にある空き教室が出演者の控室だ。ステージはここから百メートル先にある駐車場に作られている。
控室に入った俺たちは、次に演奏するバンドに挨拶をした。彼らはキーボードにベースとギターで、今日はサンバをはじめとしたダンスの曲をバックで演奏してくれる。清良が彼らと打ち合わせをしている間、りんりんの顔色がどんどん悪くなるのに気付いた。
「だ、だんだん緊張してきちゃって……」
「りんりんも初めてだもんな。手だせよ」
「へ?」
「ありがたい清良神のパワーをおすそ分け」
りんりんに右手を差し出すと、すぐにぎゅっと俺の手を握る。わかるぞ、その気持ち。
「ほら、深呼吸して、深呼吸」
すーはーすーはーと繰り返している間に、少し顔色がよくなった。
「だ、大丈夫そうです」
「うん。がんばろ」
りんりんの着替えを手伝い俺もポコ助を被る。清良たちの着替えが終わった後、全員でゆっくりとステージに向かった。
ステージ脇の階段を上がると、わーー! と歓声が上がって、メッシュ越しからでもびっくりするぐらいたくさんの人が集まっているのが見えた。大人に子ども、制服姿の中学生。様々なクラスTシャツを着た生徒たちの中に、うちのクラスのタコTも見える。最前列ではなんと、持田と堀さんが手を振っていた。それから、緊張した顔の緋鶴。
会場に向かって左から加瀬、りんりんに清良、そして俺の順に並んだ。
「き・よ・らーん!!」
「つっきー!」
人生初の声援に感動していると、ウサギ姿の清良がマイクスタンドの前に出た。会場がしんと静かになる。
「皆さん、こんにちは。着ぐるみ同好会です。2年前から活動を始めました。着ぐるみが好きな人や一緒に活動したい人はいつでも歓迎します。今日はダンスメドレーなので、皆さんもぜひ一緒に踊ってください。では! 一曲目ーーはピはピ学園サンバーーー!!」
きゃーー!!! と声がするのと音楽が始まるのは同時だった。
怖さも緊張も全部どこかに吹き飛んだ。ただ音に合わせて体が勝手に動いた。目の前の人たちが立ち上がって次々にサンバを踊る。校門で俺からパンフを受け取った女の子も、スマホを持った緋鶴も。俺の体が弾んで、会場が揺れて。メッシュの間からでも、世界は驚くほど明るかった。
あんなに怖かったのに、踊っている間はなにも怖くなかった。清良たちが隣にいるから俺は一人じゃない。
サンバの時間はあっという間に終わった。俺と加瀬が少し後ろに下がり、清良とりんりんは別のダンスを二曲続ける。二人のダンスが終わった時、会場には大きな歓声と指笛が響いた。
俺が差し出したパンフを「タヌキちゃん!」と言いながら五歳位の女の子が受け取った。すぐ側に母親らしい女性が立っている。
「着ぐるみ同好会の方ですよね? 今日のステージ楽しみにしてます」
「え! 見に来てくれたんですか?」
「はい、高校のホームページに載ってたので。この子がパンダに会いたいってきかなくて」
「パンダちゃんいないの?」
「パンダは今、お休みしてるんだ。後でパンダも俺も踊るから見に来てね」
女の子は頷いて、母親に手を引かれていく。
「ホームページ見て来てくれる人がいるんだ……」
「何だか嬉しいな」
俺たちはすっかり盛り上がって「ステージ見に来てくださ~い」と宣伝しながらパンフを配りまくった。
休憩を挟みつつ一時間。社会科準備室に戻って、清良と早めの昼食を食べた。時間が近づくにつれ、段々不安になってくる。さっき見たステージは思ったよりもずっと立派で広かった。お客さんも去年よりずっと多い気がする。あんなところでちゃんと踊れるんだろうか。
「なあ、清良。俺……踊れるかな。ステージに立った途端、全部忘れたりしないかな……」
「大丈夫だよ。あおちゃんならできる。あんなに練習したんだから」
「練習はしたけどさ……。あー―もう! 緊張する!」
叫んだ俺の前に、清良はすっと自分の右手を差し出した。
「え?」
「神の力を分けてあげましょう。この手を握れば、きっとうまく踊れますよ」
「……やば。どんな神様?」
「うーん、清良神?」
俺がすぐに清良の手を握ると、清良はぷっと噴き出した。
「あはは! やばいって言いながら握るんだ」
「だって、怖いんだよ! 俺に清良神の力を分けてくれ……」
清良は大笑いしている。最近、こんな顔を見たことがあっただろうか。清良の手は俺よりずっと大きくて温かくて、すごく安心した。俺は清良の手を握ったまま、机にごとんと横顔を付けた。
目を瞑ると清良の手から本当に俺の中に力が流れ込んでくるような気がする。清良は黙って俺の手を握ってくれていた。すると、廊下を歩く足音と賑やかな声がして、りんりんと加瀬が部屋に入ってきた。
「あーー! なにベタベタしてるんですか! 月宮先輩、もうじき時間ですよー」
「……ううぅ。俺は今、清良神にエネルギーをもらってるんだ」
「何だ、エネルギー不足か? 俺の買ってきたクレープ食う? お前らの分もあるぞ」
「食べる!」
体を起こして清良の手を離そうとした時だ。まるで離れるのを止めるように強く手を握られた。
「清良……?」
「はい、補充完了」
笑いながらぱっと放された手が、やけに熱い。クレープを食べている間も、ずっと火照っているような気がした。その後、俺たちは着ぐるみの入った箱を持って階段を下りた。
一階に着いて、隣の棟へと続く通路を歩く。隣棟の一階入口にある空き教室が出演者の控室だ。ステージはここから百メートル先にある駐車場に作られている。
控室に入った俺たちは、次に演奏するバンドに挨拶をした。彼らはキーボードにベースとギターで、今日はサンバをはじめとしたダンスの曲をバックで演奏してくれる。清良が彼らと打ち合わせをしている間、りんりんの顔色がどんどん悪くなるのに気付いた。
「だ、だんだん緊張してきちゃって……」
「りんりんも初めてだもんな。手だせよ」
「へ?」
「ありがたい清良神のパワーをおすそ分け」
りんりんに右手を差し出すと、すぐにぎゅっと俺の手を握る。わかるぞ、その気持ち。
「ほら、深呼吸して、深呼吸」
すーはーすーはーと繰り返している間に、少し顔色がよくなった。
「だ、大丈夫そうです」
「うん。がんばろ」
りんりんの着替えを手伝い俺もポコ助を被る。清良たちの着替えが終わった後、全員でゆっくりとステージに向かった。
ステージ脇の階段を上がると、わーー! と歓声が上がって、メッシュ越しからでもびっくりするぐらいたくさんの人が集まっているのが見えた。大人に子ども、制服姿の中学生。様々なクラスTシャツを着た生徒たちの中に、うちのクラスのタコTも見える。最前列ではなんと、持田と堀さんが手を振っていた。それから、緊張した顔の緋鶴。
会場に向かって左から加瀬、りんりんに清良、そして俺の順に並んだ。
「き・よ・らーん!!」
「つっきー!」
人生初の声援に感動していると、ウサギ姿の清良がマイクスタンドの前に出た。会場がしんと静かになる。
「皆さん、こんにちは。着ぐるみ同好会です。2年前から活動を始めました。着ぐるみが好きな人や一緒に活動したい人はいつでも歓迎します。今日はダンスメドレーなので、皆さんもぜひ一緒に踊ってください。では! 一曲目ーーはピはピ学園サンバーーー!!」
きゃーー!!! と声がするのと音楽が始まるのは同時だった。
怖さも緊張も全部どこかに吹き飛んだ。ただ音に合わせて体が勝手に動いた。目の前の人たちが立ち上がって次々にサンバを踊る。校門で俺からパンフを受け取った女の子も、スマホを持った緋鶴も。俺の体が弾んで、会場が揺れて。メッシュの間からでも、世界は驚くほど明るかった。
あんなに怖かったのに、踊っている間はなにも怖くなかった。清良たちが隣にいるから俺は一人じゃない。
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