本当にあなたが運命なんですか?

尾高志咲/しさ

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本編

2.運命の男②

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 ◆◆◆


「あ、ねえ、ちょっと待って。これもお願い」

 プラスチックのゴミ箱を抱えて裏庭に向かって歩いていた。
 涼やかな声に呼び止められて振り向けば、長身の男子がにこりと微笑んでいる。ぎゃっ! と叫びそうになるのを必死で抑えた。
 渡り廊下に立つ彼の胸には、上級生のネクタイが輝いている。ぼくは急いで駆け寄った。
 四角いゴミ箱を差し出すと、長い指が拾ったばかりのゴミを、ひょいと入れる。

「悪いね。ありがとう」
「い、いえ、別に」

 端正な顔に切れ長の美しい瞳。
 ドキドキと胸が鳴りそうになるのを抑えて、ぺこりと頭を下げた。
 大丈夫、大丈夫。近づいたってそうそうわかることはないはずなんだ。まともに会ったこともないんだし。でも、あまり近づかないようにと思って踵を返した。

「あっ! ちょっと、待っ……」
「いたいた! いっせーい! 一星!」

 視線が離れた途端に、全力で走り始める。
 ぼくは、彼から慌てて離れて、校舎裏のゴミ捨て場まできた。ハアハア言いながら息を整える。大きなゴミ箱の中に、四角いゴミ箱の中身を入れようとすれば、手に持っていたゴミ箱をひょいと持ちあげられる。

「わっ!」
「大丈夫ですか、千晴様」
「……ああ、ともなが」

 ぼくは、ほっと息をついた。友永ともながは従者であり幼馴染だ。彼は執事の安井の三男で、ぼくと同い年だからと幼い時から側にいる。ぼくの分まで手早くゴミを捨てて、さっと距離を近づけた。

「首尾はいかがです?」
「さっき、ここに来る前に会った」
「お話は?」
「するわけないじゃないか。声をかけられて、ここにゴミを受け取っただけ」

 ふてくされてゴミ箱を指さすぼくに、友永が眉を顰める。

「やはり同じ学年じゃないのが痛いですね。委員会活動にでも入ってみますか?」
「冗談じゃないよ。いまさら生徒会になんか入れるもんか!」
「いくら先方が副会長だと言っても、千晴様に生徒会に入れとは言いませんよ。でも、せめて接触の多い活動をなさっては? ゆくゆくは、目立つ委員会の長にでもなれば、お近づきになる機会も増えますし」

 友永は、上級生たちが消えた方向に目を向けた。

「いや、変にお近づきにならなくていいだろ。ほどほどの距離で様子を見たいんだよ」
「うーん、転校なさるほどの気概はおありなのに、その先はいいと?」
「とりあえず、学校内部での評判が聞けて、実際に様子を見られればいいと思ったんだ」
「せっかく同じ学校になったんですから、もうちょっと……と、思いますが」
「ここに慣れるだけで精いっぱいだよ。それに、何か、彼を見ると変な感じがするんだ」

 友永の眼鏡の奥が光った。

「千晴様、それは」
「いや、単にアルファとオメガだからだと思う」

(だって、『運命』だと言うなら、見た瞬間に恋に落ちるんだろう? ぼくたちに、そんなことはなかったんだから)

 志堂一星の通う鳳明ほうめい大学附属鳳珠ほうじゅ高校は、父の古くからの友人が理事長を務めていた。
 ぼくの運命だという男の様子を実際に目で見て確かめたいと言えば、父は好きにしていいと答えた。兄たちの後押しがあったのも大きかったと思う。側仕えの友永が付いていくことが条件で、ぼくたちは転入生として受け入れられた。同時期に同じクラスに入るのは流石にまずいだろうと、友永は隣のクラスだ。

 学校に来た初日、ぼくはさりげなく志堂の姿を探した。どこかで会えはしないだろうか。さんざん聞いてきたように「出会った瞬間に魅かれ合い、恋に落ちる」ものなのかを知りたかったのだ。
 ちょうど渡り廊下を歩いていたら、中庭に立つ彼を見つけた。どきん、と胸が鳴る。彼は誰かを待っていた。やってきた生徒の言葉を聞き、困ったように首を振る。肩を震わせる相手に優しく話しかけて宥めていた。

(あれは告白だろう、もてるんだな)

 あんなに容姿がいいんだから当然かと思って見ていると、彼が不意に顔を上げた。少し距離はあったが、確かにこちらを見て目が合った。
 彼の様子は何も変わらなかった。自分にも、特に電流のようなものが走ることもない。正直、少しがっかりした。

(やっぱり、運命なんて都市伝説みたいなものじゃないか)
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