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番外編 二人のバレンタイン
1.🍫
しおりを挟む一年のうちで、最も寒さが厳しい季節。
ぼくと友永はエプロンに三角巾とマスクをつけて、まるで学校の調理実習のような格好をしている。
料理人に頼んで厨房を貸してもらい、初めての菓子作りに挑んだ。先生は友永だ。「チョコを手作りしたい」と言ったら、すぐに初心者向けのレシピを検索し、自分が教えると言ってきた。
自慢じゃないが、ぼくは今までろくに料理をしたことがない。菓子作りなんて、まして経験がない。
家には専属の料理人が何人もいるし、すぐ上の兄は菓子作りが趣味だ。甘やかされてきた末子の仕事は、味見ばかりだった。でも、今回はそれじゃダメなんだ。
だって……だって、バレンタインなのだ。
バレンタインは恋人同士がチョコや贈り物をする。ぼくは今まで身内からもらうばかりだったけど、今年は違う。ちゃんと、チョコを贈る相手がいるのだ。
友永にレクチャーを受け、見本を見せてもらった。その後、自分一人でやってみる。
板チョコを細かく刻んでボウルに入れ、お湯を張った小さめのボウルと重ねて、とろりと滑らかに溶かす。溶けたチョコは、一口大のカップに入れて、ナッツやドライフルーツを乗せた。たったそれだけの事にも、たくさんの注意が必要でびっくりした。
「千晴様! お湯の温度が高すぎます。生地がぼろぼろになりますよ! それから、刻んだチョコの入ったボウルの下に置く湯煎用のボウルは、少し小さいものでないといけません。湯気がはいると、チョコレートの生地が曇って、艶がなくなります」
「そ、そうなんだ……」
溶けたチョコを少しずつカップに入れたら、飾りのナッツたちは、そっと乗せなければならない。簡単そうに見えるものも、実はコツがいるのだ。
友永は一体どこで学んだのかと思うぐらい、チョコ作りに慣れていた。どうやらぼくが興味を持ちそうなものは事前に調べてスキルを身につけておくよう、父の安井に言われているらしい。友永の兄たちも同じようにぼくの兄たちに仕えているから、皆、同じような教えを受けているのだろう。すごいとしか言いようがない。
チョコと格闘すること2時間。
磨き抜かれた芙蓉家の厨房には、アーモンドやドライフルーツが乗った一口大のチョコがずらりと並んでいた。ぼくがほっと息をつくと、隣の友永が並んだチョコを見渡す。
「千晴様、大変よろしいかと存じます」
「そうだろうか……。もう少し頑張った方がいいんじゃないだろうか。これだとチョコを溶かして固めただけだし、もっと凝った物の方が……」
「いえ、これで十分でしょう。菓子作りは実践を重ねて上達するもの。いきなり初心者が背伸びをなさっても、良い結果にはなりません」
「う……! そ、それもそうか」
きっぱりと言い切る友永の言葉が心に響く。
「ありがとう、友永。じゃあ、これでいいことにする!」
「ええ、それに大切なのは千晴様が自ら作られたということです。初めてお作りになられましたのに、見事な出来です。さすがは千晴様」
「いや、ほんとに初心者の出来だと思うけど……。それに、何とか形になったのも友永のおかげだし」
友永はにっこり微笑んだ。
「千晴様の素直な御心があってこそです」
「……一星、食べてくれるかな」
「もし、これが気に入らないなどと志堂様が申されましたら、その時は……」
友永の眼鏡の奥に、ぞっとするほど冷たい光が宿った。
(待て待て待て。おかしいだろう。一星にだって受け取るかどうかの選択の自由はあるんだから!)
しかし、目を細めてチョコを見つめる友永に、心の内を告げる度胸はなかった。
「あ、そうだ! 折角たくさん作ったんだし、友永はどれがいい?」
「は?」
「友永も食べるだろ?」
小さなカップに並んだチョコを指差すと、友永は見る間にうろたえた。口元を手で押さえて、え、とか、いや、とか言っている。ぼくは、レーズンとアーモンド、クランベリーの入ったチョコをひょいひょいと選んで、友永に差し出した。教えてくれたのは友永だけれど、これは一応ぼくが作ったってことでいいだろう。
「はい、これは友永の分!」
「……」
なぜか友永は呆然として、目を瞬いている。それからひどく小さな声で、ありがとうございます、と言った。
ぼくは、一番量の少ないチョコを味見した。ほろ苦さとベリーの甘味が口の中に広がる。なかなか悪くないと思う。
(問題は、明日、どうやってこれを一星に渡すかだ……)
残念ながら、明日は一緒にお昼を食べる日じゃない。一星は昼休みに生徒会の会議があると言っていた。
ぼくは一星に渡すチョコを選びながら、何と言って渡そうかと真剣に考え始めた。
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