7 / 39
翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される
7.辺境伯家の密事
しおりを挟む
事はロフォール伯爵家の祖先の話にさかのぼる。
領地には深く広大な森があり、そこには古くから魔物たちが棲むと言われていた。魔物たちを従えているのは力ある魔女の一族で、その魔女の一人にある時、伯爵家の嫡子が恋をした。
賢い魔女は求婚を断ったが、嫡子はあきらめなかった。何度も何度も愛を告げては断られ、なぜ自分ではだめなのかと必死で魔女に問うた。嫡子が恋した魔女は真面目な質で、迷った末に嫡子に告げた。
魔女と人は違う。自分と結ばれたなら、人とは異なる力を子々孫々まで受け継ぐことになるだろう。人にとって、その力は呪いのようなものだと。
嫡子は魔女の説得をはねのけた。
――呪いごと、貴女を愛すると誓おう。子々孫々まで、この想いを伝えていく。
諦めさせるはずがほだされて、魔女は嫡子と結ばれた。
「すごく情熱的! そんな話、初めて聞いた」
「他言無用とされてきたからです。ロフォールの直系だけに伝えられています」
「でも、そんなに悪い話じゃないと思うけど?」
「魔女の言葉に嘘はありません。人には強すぎる力が代々受け継がれ、それは祖先の予想よりもずっと恐ろしいものでした」
エドマンドは僕の目の前に座り込んでいる。沈黙が訪れ、なかなか先を言い出さないエドマンドに僕は焦れた。自分の体を包む翼の先をそっとつまむ。
「うっ」
エドマンドの口から声が上がり、ぱっと翼が広がった。
「これって、まさか……?」
「……殿下の翼は私のせいです。ロフォール伯爵家に伝わる密事『魔女の呪い』によるものと思われます」
それは愛する者の姿を変える力、なのだという。
自分の好む姿に、知らず相手を作り変えてしまう。「呪いごと、貴女を愛する」と誓った祖先の言葉通りに、姿を変えてしまった相手に永遠の愛を捧げる。
「そんなことがあるなんて……。でも、なんで翼?」
「初めて殿下とお会いした時に、大神の元にいるという御使いのようだと思ったのです。愛らしい貴方の背に、翼が生えているような気がしてならなかった。そのせいかと思います」
そんなことを思っていたのか。いや、それどころではない。僕はエドマンドとしっかり目を合わせた。
「エドマンドは、そんな子どもの頃から僕が好きだったの?」
「はい。初めてお会いした日からお慕い申し上げております」
エドマンドの言葉に呼応するように、翼が再び僕の体を包み込んだ。
「その翼は……私の心の現れです」
耳まで赤くなったエドマンドが、そっと僕の手を握った。彼はぽつぽつと胸の内を語った。
その昔、王都屋敷で開かれた茶会で初めてミシュー殿下にお会いした。
兄君にしっかり手を握られて現れた姿は姫君のように可愛らしい。目で追っていたはずが、王太子殿下と話すうちにお姿が見えなくなってしまった。慌てて庭を探し回ると迷路で座り込んでいらっしゃる。
泣きながら自分に縋りつく姿に大きく胸が跳ね、その日から王子のことが気になって仕方がない。だが、辺境伯家には密事がある。幼い頃から自分の婚姻は簡単なものではないと教えられてきた。
……きっと、この想いは叶わない。
胸の奥にしまい込んでおくはずだった。ところが、思いがけず王子との縁が結ばれることになった。
手回しよく父が殿下との婚約を結んでくれたものの『魔女の呪い』がいつ起きるのか、どんな形に殿下のお姿を変えてしまうのかはわからない。
それは喜びと同じぐらい恐ろしい。
募る恋心を抑えるために、会う時は素っ気なく過ごし、成年後はすぐに領地に戻った。それでも二月以上会わないのは無理で、結婚の時期が近づくにつれ胸は高鳴るばかりだった。
「申し訳ありません。身勝手な私の心が、殿下を悩ませ苦しませたのです。許してはいただけないと思っています」
――どうか、お許しを。
エドマンドが僕に向かって許しを乞う言葉が、耳の奥に蘇る。彼はずっと罪の意識にさいなまれていたのだ。
「エドマンドは、僕の事を好きじゃないと思ってた」
「いっそ嫌うことができたら、と思っていました。自分から離れたほうがいいとも。この身に宿るのは、どんな異形に貴方を変えるかもわからない力ですから」
エドマンドは、これから僕との婚約を解消して魔女の呪いを解く方法を探すと言う。時間はかかるかもしれないが、その間は必ず自分が殿下を守るから安心してくれと微笑む。別れを告げる言葉とは裏腹に、まっすぐに愛情を向けてくる宵闇色の瞳は美しい。魔女がほだされた彼の祖先も、同じ色の瞳をしていたのだろうか。
「……婚約は、解消しないで」
「殿下?」
「僕……この翼のこと、嫌いじゃないよ。えっと、エドマンドのことも」
「……そんなお言葉をいただくと、勝手に都合よく受け取ります」
こくりと頷くと、宵闇色の瞳が一気に潤む。ちゃんと自分の気持ちを言おうとしても、その先の言葉を続けることはできなかった。広い胸の中に抱きしめられ、深く口づけられたから。
領地には深く広大な森があり、そこには古くから魔物たちが棲むと言われていた。魔物たちを従えているのは力ある魔女の一族で、その魔女の一人にある時、伯爵家の嫡子が恋をした。
賢い魔女は求婚を断ったが、嫡子はあきらめなかった。何度も何度も愛を告げては断られ、なぜ自分ではだめなのかと必死で魔女に問うた。嫡子が恋した魔女は真面目な質で、迷った末に嫡子に告げた。
魔女と人は違う。自分と結ばれたなら、人とは異なる力を子々孫々まで受け継ぐことになるだろう。人にとって、その力は呪いのようなものだと。
嫡子は魔女の説得をはねのけた。
――呪いごと、貴女を愛すると誓おう。子々孫々まで、この想いを伝えていく。
諦めさせるはずがほだされて、魔女は嫡子と結ばれた。
「すごく情熱的! そんな話、初めて聞いた」
「他言無用とされてきたからです。ロフォールの直系だけに伝えられています」
「でも、そんなに悪い話じゃないと思うけど?」
「魔女の言葉に嘘はありません。人には強すぎる力が代々受け継がれ、それは祖先の予想よりもずっと恐ろしいものでした」
エドマンドは僕の目の前に座り込んでいる。沈黙が訪れ、なかなか先を言い出さないエドマンドに僕は焦れた。自分の体を包む翼の先をそっとつまむ。
「うっ」
エドマンドの口から声が上がり、ぱっと翼が広がった。
「これって、まさか……?」
「……殿下の翼は私のせいです。ロフォール伯爵家に伝わる密事『魔女の呪い』によるものと思われます」
それは愛する者の姿を変える力、なのだという。
自分の好む姿に、知らず相手を作り変えてしまう。「呪いごと、貴女を愛する」と誓った祖先の言葉通りに、姿を変えてしまった相手に永遠の愛を捧げる。
「そんなことがあるなんて……。でも、なんで翼?」
「初めて殿下とお会いした時に、大神の元にいるという御使いのようだと思ったのです。愛らしい貴方の背に、翼が生えているような気がしてならなかった。そのせいかと思います」
そんなことを思っていたのか。いや、それどころではない。僕はエドマンドとしっかり目を合わせた。
「エドマンドは、そんな子どもの頃から僕が好きだったの?」
「はい。初めてお会いした日からお慕い申し上げております」
エドマンドの言葉に呼応するように、翼が再び僕の体を包み込んだ。
「その翼は……私の心の現れです」
耳まで赤くなったエドマンドが、そっと僕の手を握った。彼はぽつぽつと胸の内を語った。
その昔、王都屋敷で開かれた茶会で初めてミシュー殿下にお会いした。
兄君にしっかり手を握られて現れた姿は姫君のように可愛らしい。目で追っていたはずが、王太子殿下と話すうちにお姿が見えなくなってしまった。慌てて庭を探し回ると迷路で座り込んでいらっしゃる。
泣きながら自分に縋りつく姿に大きく胸が跳ね、その日から王子のことが気になって仕方がない。だが、辺境伯家には密事がある。幼い頃から自分の婚姻は簡単なものではないと教えられてきた。
……きっと、この想いは叶わない。
胸の奥にしまい込んでおくはずだった。ところが、思いがけず王子との縁が結ばれることになった。
手回しよく父が殿下との婚約を結んでくれたものの『魔女の呪い』がいつ起きるのか、どんな形に殿下のお姿を変えてしまうのかはわからない。
それは喜びと同じぐらい恐ろしい。
募る恋心を抑えるために、会う時は素っ気なく過ごし、成年後はすぐに領地に戻った。それでも二月以上会わないのは無理で、結婚の時期が近づくにつれ胸は高鳴るばかりだった。
「申し訳ありません。身勝手な私の心が、殿下を悩ませ苦しませたのです。許してはいただけないと思っています」
――どうか、お許しを。
エドマンドが僕に向かって許しを乞う言葉が、耳の奥に蘇る。彼はずっと罪の意識にさいなまれていたのだ。
「エドマンドは、僕の事を好きじゃないと思ってた」
「いっそ嫌うことができたら、と思っていました。自分から離れたほうがいいとも。この身に宿るのは、どんな異形に貴方を変えるかもわからない力ですから」
エドマンドは、これから僕との婚約を解消して魔女の呪いを解く方法を探すと言う。時間はかかるかもしれないが、その間は必ず自分が殿下を守るから安心してくれと微笑む。別れを告げる言葉とは裏腹に、まっすぐに愛情を向けてくる宵闇色の瞳は美しい。魔女がほだされた彼の祖先も、同じ色の瞳をしていたのだろうか。
「……婚約は、解消しないで」
「殿下?」
「僕……この翼のこと、嫌いじゃないよ。えっと、エドマンドのことも」
「……そんなお言葉をいただくと、勝手に都合よく受け取ります」
こくりと頷くと、宵闇色の瞳が一気に潤む。ちゃんと自分の気持ちを言おうとしても、その先の言葉を続けることはできなかった。広い胸の中に抱きしめられ、深く口づけられたから。
160
あなたにおすすめの小説
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました
未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。
皆さまありがとうございます。
「ねえ、私だけを見て」
これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。
エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。
「この恋、早く諦めなくちゃ……」
本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。
この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。
現在番外編を連載中。
リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。
――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる