『さよなら、彼に依存していた私―30日間の失恋回復ストーリー』

月下花音

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Day 11:さよなら、「言葉にできなかった」私

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 夜。模様替えをした部屋は、まだ少しよそよそしい空気をまとっている。窓の外は静かで、月明かりだけが薄く差し込んでいる。

 その静けさの中で、私は机に向かっていた。

 目の前には、真っ白なノートと、一本の万年筆。

 彼が誕生日にプレゼントしてくれたものだった。

 皮肉なものだ。彼との繋がりを断ち切るための道具が、彼からの贈り物だなんて。

 でも、もう感傷に浸るのはやめにしよう。これは、私のための儀式なのだから。

 ◇

 キャップを外し、ペン先を紙に落とす。

 黒いインクが、白いページにじわりと染み込んでいく。

 何を書くか、決めていなかった。ただ、指の動くままに、心の中に溜まった澱を、言葉として吐き出していこうと思った。

 書き出しは、自然とこうなっていた。

『優也へ』

 そう書き始めたけれど、これは彼への手紙ではない。私自身への手紙だ。

 私別の言葉。た私」への、訣好きだっの中にいる「彼を

 ◇

『あなたが好きでした。本当に、心の底から。あなたの笑った顔が好きでした。少し低い声が好きでした。不器用な優しさが好きでした。二人で見た映画、聴いた音楽、歩いた道、そのすべてが、私の世界のすべてでした。』

 インクが滑らかに紙の上を走る。

 一度書き始めると、言葉は堰を切ったように溢れ出した。

 楽しかった思い出、幸せだった瞬間、その一つ一つを丁寧に文字にしていく。

 それは、美しい記憶をただ捨てるのではなく、きちんと箱にしまって、過去という名前の棚に収める作業のようだった。

 ◇

『でも、気づいてしまったの。私は、いつの間にか、あなたのためだけに生きていたみたい。あなたが好きな服を着て、あなたが好きな音楽を聴き、あなたが好きな私を演じていた。本当の私は、どこに行ってしまったんだろう。チョコミントのアイスが好きで、ホラー映画が好きで、一人で本を読むのが好きな私は、一体どこに消えてしまったんだろう。』

 ペン先が、紙を引っ掻く音がする。万年筆を持つ指に、力がこもる。

『あなたを失った時、世界が終わると思った。でも、終わったのは世界じゃなくて、「あなたのために生きていた私」だったんだね。』

 そこまで書いて、私は一度ペンを置いた。

 窓の外は、深い闇に包まれている。部屋の中は、ランプのオレンジ色の光だけが、私の手元を照らしていた。

 ◇

『だから、決めました。この30日で、私は私を取り戻す。』

 最後の一文を、力強く書いた。

 それは、誰に対するものでもない、自分自身への誓いだった。

 ノートをパタン、と閉じる。

 たった1ページ。でも、その1ページに、私の2年間の恋と、これからの決意のすべてが詰まっていた。

 たった1ページ。でも、その1ページに、私の2年間の恋と、これからの決意のすべてが詰まっていた。

 もう、このノートを開くことはないだろう。

 その夜、ベッドに入ると、不思議なほど心が軽くなっていた。

 頭の中を渦巻いていた言葉にならない感情が、黒いインクとなって紙の上に定着したからかもしれない。

 久しぶりに、アラームが鳴るまで一度も起きずに、朝まで眠ることができた。
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