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Day 12:さよなら、「強がっていた」私
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その電話は、昼下がりの穏やかな時間に、突然かかってきた。窓の外では、雲がゆっくりと流れている。
スマートフォンの画面に表示された「母」の二文字に、一瞬、身体がこわばる。
一番、話したくない相手かもしれない。
母には、優也のことを何度も話していたし、結婚も考えていると伝えていたからだ。
深呼吸をして、通話ボタンをスライドさせる。
◇
「もしもし?」
「あら、こころ? 元気にしてる?」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、何も変わらない、少しだけ甲高い母の声だった。
その「元気?」という、何の変哲もない挨拶が、今の私には何よりも重く、そして鋭い質問に聞こえた。
「うん、元気だよ。どうしたの、急に」
声が、自分でも驚くほど上ずっていた。平静を装えば装うほど、声は裏返り、震える。
「別に、どうもしないけど。最近連絡ないから、どうしてるかなと思って」
母は、何かを察しているのかもしれない。あるいは、ただの母性的な勘というやつか。
◇
「仕事、忙しいの?」
「うん、まあ、ちょっとね」
嘘ではない。でも、本当の理由でもない。
当たり障りのない会話を続けながら、私の心臓は早鐘のように鳴っていた。
いつ、彼のことを聞かれるか。その質問に、私はどう答えればいいのか。
しばらく、世間話が続いた。親戚のこと、実家の犬のこと、近所のスーパーの特売のこと。
そのすべてが、ひどく平和で、私のいるこの荒んだ世界とは別の次元の話のようだった。
そして、会話が途切れた一瞬の沈黙の後、母は、私が一番恐れていた、しかしどこかで待っていた質問を、投げかけた。
「……優也さんは、元気にしてるの?」
◇
その瞬間、喉の奥がぐっと詰まった。息ができない。
今まで必死に築き上げてきた、泣かない自分。冷静な自分。前に進もうとする自分。
そのすべてが、母のたった一言で、砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
「……別れた」
かろうじて、それだけを絞り出した。声は、もう震えを隠せていなかった。
今まで必死に築き上げてきた、泣かない自分。る自分。
そのすべてが、母のたていく。
電話の向こうで、母が息を呑むのがわかった。うに崩れ去っ言で、砂上の楼閣のよった一。前に進もうとす冷静な自分
「そう……だったの」
母は、それ以上何も聞かなかった。
いつ、とか、どうして、とか、そういう無粋な質問は一切しなかった。
ただ、一言。
「ちゃんと、ご飯は食べてるの?」
◇
その言葉が、私の涙腺を完全に破壊した。
「うん」と答えようとしたのに、声にならず、嗚咽だけが漏れた。
スマートフォンを握りしめ、声を殺して泣いた。子供のように、わんわんと。
親の優しさほど、残酷なものはないのかもしれない。
心配させたくない、という見栄や強がりを、いとも簡単に溶かしてしまう。
大丈夫なフリをしていた自分を、根底から否定してくる。
親の優しさほど、残酷なものはないのかもしれない。
心配させたくない、という見栄や強がりを、いとも簡単に溶かしてしまう。
大丈夫なフリをしていた自分を、根底から否定してくる。
母は、私が泣き止むまで、何も言わずにただ、電話の向こうで静かに待っていてくれた。
受話器から聞こえる、母の微かな息遣いだけが、私が一人ではないことを教えてくれていた。
◇
ようやく落ち着いた頃、「ごめん」と私が言うと、母は笑って言った。
「いいのよ。いつでも帰りたくなったら、帰ってきなさい」
その言葉に、また涙がこぼれそうになったのを、ぐっと堪えた。
電話を切った後も、私はしばらく動けなかった。
でも、さっきまでの涙は、孤独や絶望の涙ではなかった。温かい、浄化されるような涙だった。
一人で戦っているつもりだった。でも、そうじゃなかった。
見えない場所で、ちゃんと私を支えてくれている人がいる。
その事実に気づけただけで、世界は昨日よりもずっと、優しい場所になった。
世界は、まだ優しさに満ちている。
スマートフォンの画面に表示された「母」の二文字に、一瞬、身体がこわばる。
一番、話したくない相手かもしれない。
母には、優也のことを何度も話していたし、結婚も考えていると伝えていたからだ。
深呼吸をして、通話ボタンをスライドさせる。
◇
「もしもし?」
「あら、こころ? 元気にしてる?」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、何も変わらない、少しだけ甲高い母の声だった。
その「元気?」という、何の変哲もない挨拶が、今の私には何よりも重く、そして鋭い質問に聞こえた。
「うん、元気だよ。どうしたの、急に」
声が、自分でも驚くほど上ずっていた。平静を装えば装うほど、声は裏返り、震える。
「別に、どうもしないけど。最近連絡ないから、どうしてるかなと思って」
母は、何かを察しているのかもしれない。あるいは、ただの母性的な勘というやつか。
◇
「仕事、忙しいの?」
「うん、まあ、ちょっとね」
嘘ではない。でも、本当の理由でもない。
当たり障りのない会話を続けながら、私の心臓は早鐘のように鳴っていた。
いつ、彼のことを聞かれるか。その質問に、私はどう答えればいいのか。
しばらく、世間話が続いた。親戚のこと、実家の犬のこと、近所のスーパーの特売のこと。
そのすべてが、ひどく平和で、私のいるこの荒んだ世界とは別の次元の話のようだった。
そして、会話が途切れた一瞬の沈黙の後、母は、私が一番恐れていた、しかしどこかで待っていた質問を、投げかけた。
「……優也さんは、元気にしてるの?」
◇
その瞬間、喉の奥がぐっと詰まった。息ができない。
今まで必死に築き上げてきた、泣かない自分。冷静な自分。前に進もうとする自分。
そのすべてが、母のたった一言で、砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
「……別れた」
かろうじて、それだけを絞り出した。声は、もう震えを隠せていなかった。
今まで必死に築き上げてきた、泣かない自分。る自分。
そのすべてが、母のたていく。
電話の向こうで、母が息を呑むのがわかった。うに崩れ去っ言で、砂上の楼閣のよった一。前に進もうとす冷静な自分
「そう……だったの」
母は、それ以上何も聞かなかった。
いつ、とか、どうして、とか、そういう無粋な質問は一切しなかった。
ただ、一言。
「ちゃんと、ご飯は食べてるの?」
◇
その言葉が、私の涙腺を完全に破壊した。
「うん」と答えようとしたのに、声にならず、嗚咽だけが漏れた。
スマートフォンを握りしめ、声を殺して泣いた。子供のように、わんわんと。
親の優しさほど、残酷なものはないのかもしれない。
心配させたくない、という見栄や強がりを、いとも簡単に溶かしてしまう。
大丈夫なフリをしていた自分を、根底から否定してくる。
親の優しさほど、残酷なものはないのかもしれない。
心配させたくない、という見栄や強がりを、いとも簡単に溶かしてしまう。
大丈夫なフリをしていた自分を、根底から否定してくる。
母は、私が泣き止むまで、何も言わずにただ、電話の向こうで静かに待っていてくれた。
受話器から聞こえる、母の微かな息遣いだけが、私が一人ではないことを教えてくれていた。
◇
ようやく落ち着いた頃、「ごめん」と私が言うと、母は笑って言った。
「いいのよ。いつでも帰りたくなったら、帰ってきなさい」
その言葉に、また涙がこぼれそうになったのを、ぐっと堪えた。
電話を切った後も、私はしばらく動けなかった。
でも、さっきまでの涙は、孤独や絶望の涙ではなかった。温かい、浄化されるような涙だった。
一人で戦っているつもりだった。でも、そうじゃなかった。
見えない場所で、ちゃんと私を支えてくれている人がいる。
その事実に気づけただけで、世界は昨日よりもずっと、優しい場所になった。
世界は、まだ優しさに満ちている。
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2021/05/29 公開
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