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Day 18:さよなら、「居場所がない」と思っていた私
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あの日、試練の場所として訪れたカフェ。あの日以来、そこは私の日常の一部になっていた。
仕事に行き詰まるとノートパソコンを抱えてそこへ行き、休日の朝は少しだけ早起きして、モーニングを食べに行く。
今日も、いつものように昼過ぎに店を訪れた。店内は午後の光で満たされ、穏やかな空気が流れている。
カラン、というベルの音に、カウンターの奥からマスターが顔を上げる。
「いらっしゃい」
私が席に着く前に、彼は言った。
「いつもの、ブラックでいいですか?」
◇
その何気ない一言に、私は心臓を掴まれたような衝撃を受けた。
「いつもの」
その言葉は、私がこの場所に「属している」ことの証明だった。
これまでは、彼との思い出の場所だった。よそよそしく、少しだけ緊張する、アウェイな空間。
でも、今は違う。
ここは、私が一人で通い、自分の時間と空間を築き上げた、ホームグラウンドなのだ。
「はい、お願いします」
笑顔でそう答えることができた。
マスターは、私の顔を見て、小さく頷いた。
彼と二人で来ていた頃の私と、今の私が違うことに、きっと気づいているのだろう。
でも、何も言わない。その距離感が、心地よかった。
◇
コーヒーを飲みながら、パソコンで作業を進める。
周りの客の会話、食器の触れ合う音、窓の外の喧騒。
それらが、不快なノイズではなく、心地よいBGMとして聞こえる。
私はもう、この世界の傍観者ではない。
この街で、このカフェで、ちゃんと息をして、自分の居場所を持っている、一人の人間なのだ。
彼といた頃は、世界は彼を中心に回っていた。
彼の行きつけの店が、私の行きつけになった。彼の友人が、私の友人になった。
私の世界の座標は、常に彼が基準だった。
でも、今は違う。
このカフェが、私だけの新しい座標になった。
ここを起点に、私の新しい世界地図が、少しずつ広がっていく。そんな予感がした。
◇
窓の外を見ると、若いカップルが手を繋いで歩いている。
以前なら、そんな光景を見るだけで胸が痛んだだろう。
でも、今日は違った。
「幸せそうだな」
羨ましさや嫉妬ではなく、純粋な祝福の気持ちが湧いてきた。
ただ、そう思えた。
羨ましさや嫉妬ではなく、純粋な祝福の気持ち。
他人の幸せを、素直に喜べる自分がいた。
それは、私の心に余裕ができた証拠なのかもしれない。
作業を終え、カップを空にする。
マスターに「ごちそうさまでした」と言うと、彼は「どうも」とだけ言って、静かに微笑んだ。
その笑顔が、私に「お前はもう大丈夫だ」と言ってくれているように見えたのは、きっと自惚れではないだろう。
◇
店を出て、商店街を歩く。
八百屋のおばさんが「いらっしゃい」と声をかけてくれる。
パン屋の前を通ると、焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐる。
この街の、この日常の中に、私はちゃんと存在している。
自分の足で、自分のための場所を見つける。
その喜びを、私は今、確かに噛み締めていた。
帰り道、ふと空を見上げる。
青い空に、白い雲が流れている。
今日は、いい天気だ。
そう呟いた自分の声が、穏やかで、少し驚いた。
仕事に行き詰まるとノートパソコンを抱えてそこへ行き、休日の朝は少しだけ早起きして、モーニングを食べに行く。
今日も、いつものように昼過ぎに店を訪れた。店内は午後の光で満たされ、穏やかな空気が流れている。
カラン、というベルの音に、カウンターの奥からマスターが顔を上げる。
「いらっしゃい」
私が席に着く前に、彼は言った。
「いつもの、ブラックでいいですか?」
◇
その何気ない一言に、私は心臓を掴まれたような衝撃を受けた。
「いつもの」
その言葉は、私がこの場所に「属している」ことの証明だった。
これまでは、彼との思い出の場所だった。よそよそしく、少しだけ緊張する、アウェイな空間。
でも、今は違う。
ここは、私が一人で通い、自分の時間と空間を築き上げた、ホームグラウンドなのだ。
「はい、お願いします」
笑顔でそう答えることができた。
マスターは、私の顔を見て、小さく頷いた。
彼と二人で来ていた頃の私と、今の私が違うことに、きっと気づいているのだろう。
でも、何も言わない。その距離感が、心地よかった。
◇
コーヒーを飲みながら、パソコンで作業を進める。
周りの客の会話、食器の触れ合う音、窓の外の喧騒。
それらが、不快なノイズではなく、心地よいBGMとして聞こえる。
私はもう、この世界の傍観者ではない。
この街で、このカフェで、ちゃんと息をして、自分の居場所を持っている、一人の人間なのだ。
彼といた頃は、世界は彼を中心に回っていた。
彼の行きつけの店が、私の行きつけになった。彼の友人が、私の友人になった。
私の世界の座標は、常に彼が基準だった。
でも、今は違う。
このカフェが、私だけの新しい座標になった。
ここを起点に、私の新しい世界地図が、少しずつ広がっていく。そんな予感がした。
◇
窓の外を見ると、若いカップルが手を繋いで歩いている。
以前なら、そんな光景を見るだけで胸が痛んだだろう。
でも、今日は違った。
「幸せそうだな」
羨ましさや嫉妬ではなく、純粋な祝福の気持ちが湧いてきた。
ただ、そう思えた。
羨ましさや嫉妬ではなく、純粋な祝福の気持ち。
他人の幸せを、素直に喜べる自分がいた。
それは、私の心に余裕ができた証拠なのかもしれない。
作業を終え、カップを空にする。
マスターに「ごちそうさまでした」と言うと、彼は「どうも」とだけ言って、静かに微笑んだ。
その笑顔が、私に「お前はもう大丈夫だ」と言ってくれているように見えたのは、きっと自惚れではないだろう。
◇
店を出て、商店街を歩く。
八百屋のおばさんが「いらっしゃい」と声をかけてくれる。
パン屋の前を通ると、焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐる。
この街の、この日常の中に、私はちゃんと存在している。
自分の足で、自分のための場所を見つける。
その喜びを、私は今、確かに噛み締めていた。
帰り道、ふと空を見上げる。
青い空に、白い雲が流れている。
今日は、いい天気だ。
そう呟いた自分の声が、穏やかで、少し驚いた。
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2021/05/29 公開
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