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第13話:「公式」による燃料投下
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その日の放課後。
俺と玲奈は、マンションのリビングで深刻な空気に包まれていた……。
いや、深刻なのは俺だけで、玲奈はいつもの定位置(俺の膝の上)でアイスを食べている。
「……玲奈、これを見ろ」
俺はスマホの画面を彼女の目の前に突きつけた。
SNSのトレンド欄。
『レイ 彼氏』『レイ 裏垢流出』『謎の男』。
そして、一枚の写真。
今朝、俺たちが登校する際、歩道橋の上から隠し撮りされたものだ。
画質は粗いが、俺と玲奈が並んで歩いている姿が写っている。
玲奈の顔ははっきりとは見えないが、特徴的な銀髪と、そのスタイルの良さは隠しようがない。
『特定班急げ! これレイちゃんだろ!?』
『隣の男誰だよ!? 制服からして高校生か!?』
『〇〇高校の制服に似てる』
『終わった……俺たちのレイちゃんが……』
ネットの特定班が、獲物を見つけたピラニアのように群がっている。
「……特定されるのも時間の問題だ。制服から学校が割れる。早急に対処しないと」
俺は脳内でリスク管理(クライシスマネジメント)のシミュレーションを回す。
アカウントの削除申請、画像の権利侵害通報、キーワードミュートによる拡散防止。
「……で?」
玲奈がスプーンを咥えたまま、小首を傾げた。
「え?」
「バレたら何か困るの?」
困るだろ。
俺の平穏が死ぬし、お前のアイドルとしての価値が下がる。炎上する。
そう言おうとしたが、玲奈は俺の口をアイスの先端で塞いだ。
「湊はさ、まだ分かってない」
「んぐっ……何を?」
「私は『アイドル』じゃないの。『王』なの」
彼女は不敵に笑った。
その瞳に、怯えは一切ない。あるのは、絶対的な自信と、歪んだ支配欲だけ。
「王様が恋人の一人や二人……いや、伴侶を公開して、誰が文句を言えるの?」
彼女は俺のスマホを取り上げると、その拡散されているツイートをタップした。
そして、俺が止める間もなく、自身の公式アカウント(フォロワー100万人)で『引用リツイート』をした。
カチャリ。
送信音が、銃声のように響いた。
「……おい、何て書いた」
俺は慌てて画面を覗き込む。
『@Ray_Skywalker』
『騒ぐな愚民ども。彼は彼氏じゃない。「生命維持装置」だ。手出ししたら末代まで呪う』
……。
…………。
数秒の静寂の後。
俺のスマホが、通知の嵐でフリーズした。
『うわあああああご本人登場!?』
『生命維持装置wwww』
『彼氏否定からの斜め上www』
『末代まで呪うは草』
『つまり本命ってことじゃねーか!!』
『公認だああああ! 解散!!!』
『むしろ相手の男が心配になってきた』
炎上?
いや、これは「爆発」だ。
ただし、批判的な炎上ではなく、お祭り騒ぎのキャンプファイヤーだ。
彼女の圧倒的なキャラと、「生命維持装置」というパワーワードが、アンチの声を全てねじ伏せてしまった。
「ほらね。文句ある?」
玲奈はドヤ顔で、俺の胸に頭を擦り付けた。
「これでネット公認。学校も公認。……湊はもう、どこにも逃げ場がないよ?」
彼女は楽しそうに、本当に楽しそうに笑った。
俺は天井を仰いで、深くため息をついた。
逃げ場がない、か。
不思議と、恐怖はなかった。
むしろ、この巨大な嵐の中心でお前を守れるのは、世界で俺だけだという自負が、心地よい重りになって俺を繋ぎ止めていた。
*
一方、その頃。
薄暗い自室で、ミサはスマホを握りしめたまま震えていた。
画面には、トレンド入りした『レイちゃん』の文字。
そして、その正体が『天道玲奈』であり、その隣にいる『生命維持装置』が『相沢湊』であるという事実。
ミサは知っていた。
レイの凄さを。同接数万人を集めるカリスマ性を。
自分が憧れていたインフルエンサーの正体が、自分が喧嘩を売ったあの女だったなんて。
「……勝てるわけ、ないじゃん……」
彼女はスマホを放り投げた。
自分が捨てた「つまらない幼馴染」は、今や「100万人が注目する歌姫の最愛の人」になってしまった。
ほんの数日前まで、あの特等席は私のものだったのに。湊が向けるあの優しい眼差しも、献身も、全部私が独り占めしていたのに。
「……返してよ……」
誰もいない部屋で、ミサは膝を抱えて嗚咽を漏らした。
「私のだったのに……あれは、私の湊だったのに……!」
画面の中で、拡散され続ける二人の写真。そこには、ミサといた時よりもずっと男らしく、幸せそうな湊の横顔があった。それが何よりも雄弁に、「お前がいない方が彼は幸せだ」と語っているようで、ミサの心を惨めにえぐり続けた。
(つづく)
俺と玲奈は、マンションのリビングで深刻な空気に包まれていた……。
いや、深刻なのは俺だけで、玲奈はいつもの定位置(俺の膝の上)でアイスを食べている。
「……玲奈、これを見ろ」
俺はスマホの画面を彼女の目の前に突きつけた。
SNSのトレンド欄。
『レイ 彼氏』『レイ 裏垢流出』『謎の男』。
そして、一枚の写真。
今朝、俺たちが登校する際、歩道橋の上から隠し撮りされたものだ。
画質は粗いが、俺と玲奈が並んで歩いている姿が写っている。
玲奈の顔ははっきりとは見えないが、特徴的な銀髪と、そのスタイルの良さは隠しようがない。
『特定班急げ! これレイちゃんだろ!?』
『隣の男誰だよ!? 制服からして高校生か!?』
『〇〇高校の制服に似てる』
『終わった……俺たちのレイちゃんが……』
ネットの特定班が、獲物を見つけたピラニアのように群がっている。
「……特定されるのも時間の問題だ。制服から学校が割れる。早急に対処しないと」
俺は脳内でリスク管理(クライシスマネジメント)のシミュレーションを回す。
アカウントの削除申請、画像の権利侵害通報、キーワードミュートによる拡散防止。
「……で?」
玲奈がスプーンを咥えたまま、小首を傾げた。
「え?」
「バレたら何か困るの?」
困るだろ。
俺の平穏が死ぬし、お前のアイドルとしての価値が下がる。炎上する。
そう言おうとしたが、玲奈は俺の口をアイスの先端で塞いだ。
「湊はさ、まだ分かってない」
「んぐっ……何を?」
「私は『アイドル』じゃないの。『王』なの」
彼女は不敵に笑った。
その瞳に、怯えは一切ない。あるのは、絶対的な自信と、歪んだ支配欲だけ。
「王様が恋人の一人や二人……いや、伴侶を公開して、誰が文句を言えるの?」
彼女は俺のスマホを取り上げると、その拡散されているツイートをタップした。
そして、俺が止める間もなく、自身の公式アカウント(フォロワー100万人)で『引用リツイート』をした。
カチャリ。
送信音が、銃声のように響いた。
「……おい、何て書いた」
俺は慌てて画面を覗き込む。
『@Ray_Skywalker』
『騒ぐな愚民ども。彼は彼氏じゃない。「生命維持装置」だ。手出ししたら末代まで呪う』
……。
…………。
数秒の静寂の後。
俺のスマホが、通知の嵐でフリーズした。
『うわあああああご本人登場!?』
『生命維持装置wwww』
『彼氏否定からの斜め上www』
『末代まで呪うは草』
『つまり本命ってことじゃねーか!!』
『公認だああああ! 解散!!!』
『むしろ相手の男が心配になってきた』
炎上?
いや、これは「爆発」だ。
ただし、批判的な炎上ではなく、お祭り騒ぎのキャンプファイヤーだ。
彼女の圧倒的なキャラと、「生命維持装置」というパワーワードが、アンチの声を全てねじ伏せてしまった。
「ほらね。文句ある?」
玲奈はドヤ顔で、俺の胸に頭を擦り付けた。
「これでネット公認。学校も公認。……湊はもう、どこにも逃げ場がないよ?」
彼女は楽しそうに、本当に楽しそうに笑った。
俺は天井を仰いで、深くため息をついた。
逃げ場がない、か。
不思議と、恐怖はなかった。
むしろ、この巨大な嵐の中心でお前を守れるのは、世界で俺だけだという自負が、心地よい重りになって俺を繋ぎ止めていた。
*
一方、その頃。
薄暗い自室で、ミサはスマホを握りしめたまま震えていた。
画面には、トレンド入りした『レイちゃん』の文字。
そして、その正体が『天道玲奈』であり、その隣にいる『生命維持装置』が『相沢湊』であるという事実。
ミサは知っていた。
レイの凄さを。同接数万人を集めるカリスマ性を。
自分が憧れていたインフルエンサーの正体が、自分が喧嘩を売ったあの女だったなんて。
「……勝てるわけ、ないじゃん……」
彼女はスマホを放り投げた。
自分が捨てた「つまらない幼馴染」は、今や「100万人が注目する歌姫の最愛の人」になってしまった。
ほんの数日前まで、あの特等席は私のものだったのに。湊が向けるあの優しい眼差しも、献身も、全部私が独り占めしていたのに。
「……返してよ……」
誰もいない部屋で、ミサは膝を抱えて嗚咽を漏らした。
「私のだったのに……あれは、私の湊だったのに……!」
画面の中で、拡散され続ける二人の写真。そこには、ミサといた時よりもずっと男らしく、幸せそうな湊の横顔があった。それが何よりも雄弁に、「お前がいない方が彼は幸せだ」と語っているようで、ミサの心を惨めにえぐり続けた。
(つづく)
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