あぁ、憧れのドアマットヒロイン

緑谷めい

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10 地獄へようこそ

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 ――3年後――


「君を愛するつもりはない」
 無表情のサイラスが告げる。

「サイラス様。さすがですわ! カッコ憎らしい感が地獄です!」
 嬉しそうにパチパチと手を叩くヴィクトリア。
「カッコ憎らしい?」
「ええ。ただ、もう少し嫌味な感じに口角を上げた方がモラハラ野郎っぽさが出ると思うのです。左側だけ15度ほど口角を上げてみて下さいませ」
「こ、こうか?」
「そうそう、それですわ! あぁ、なんてイヤな感じ! 地獄です!」
 サイラスを褒めそやすヴィクトリア。

「なぁ、ヴィー。せっかくの初夜に『君を愛するつもりはない』なんて、やっぱり言いたくないんだけど」
「サイラス様ったら約束を破るおつもりですの? 結婚式まであと僅か1週間しかありませんのよ。初夜へのカウントダウンは始まっているのです。今更抜けられると思わないで下さいね。抜けるなら、指を詰める覚悟をなさって下さいませ」
「盗賊団の足抜けかよ?!」
「サイラス様だけが頼りなのです。私が他の人に迷惑を掛けぬように、サイラス様が犠牲になって下さい」

「……確かに3年前、君から黒歴史を打ち明けられた際に『これからは私が君の恋愛小説ごっこに付き合ってあげる』と約束したよ。この3年間、私は、人に迷惑は掛けたくない、でも恋愛小説の世界に浸りたい、ついては婚約者の私と【恋愛小説ごっこ】を楽しみたい、という君の希望を出来る限り受け入れて来たつもりだ」
「だったら恋愛小説のド定番である初夜のお話ごっこにも協力してくださいな」
「どうしてもやりたいんだね?」
「どうしてもやりたいのです」
 はぁっと、サイラスは大きく息を吐いた。

「でもね、ヴィー。初夜は人生で一度しかないんだよ?」
「そうです。一生に一度のリアル初夜なのです。だからこそ、チャンスを逃す訳にはまいりませんわ。最悪の初夜からナンヤカンヤで次第に近付いていく二人の距離。やがて溺愛。襲いかかる試練。乗り越えてのハッピーエンドまでがセットですわよ。きっちり付き合って頂きますからね!」
「最初から【溺愛】で良くないか?」
「ぬるい。ぬる過ぎますわ。色々あってこそ、ハッピーエンドがより映えるのです!」

「でもさ、初夜に『君を愛するつもりはない』なんて言う男に絆されるかな? 時間が経っても許せない女性が大半だと思うんだが?」
「そこはあくまで小説の世界ですから都合良く展開していくのです」
「そこにはリアルを求めないんだ?」
「サイラス様。趣味と言うのは、イイとこ取りで良いのです。だからこそ趣味なのですわ」
 力説するヴィクトリア。
「分かった。頑張ってみるよ」
「サイラス様、二人で頑張りましょう! さぁ、本番に向けてまだまだ練習しますわよ! エイエイ」
「オォー!!(ヤケクソ)」
 ちなみに二人が練習をしているこの部屋はヴィクトリアの自室である。
 結婚式の打ち合わせの為にバルサン伯爵邸を訪れたサイラスを、客間での打ち合わせ終了後、ヴィクトリアが自室に連れ込んだのだ。さすがに1週間後に夫婦となる二人を咎める者はいなかったが、ヴィクトリアの父だけはそれでも少し心配していたようだ。

 みっちり練習をした後、ゲッソリした顔でバルサン伯爵邸を後にするサイラスを、イイ笑顔で見送ったヴィクトリア。そのヴィクトリアに、父がソワソワした様子で尋ねてきた。
「ヴィクトリア。お前の部屋で、サイラス君とは何をしていたんだい?」
「初夜の予行演習ですわ」
「え……?」
「お父様、どうなさいました?」
「私の聞き間違いかな? ヴィクトリア。もう一度聞くよ。サイラス君と二人きりで何をしていたんだい?」
「ですから、初夜の予行演習ですってば。私、疲れたのでもう部屋に戻って休みますね」
「ヴィ、ヴィクトリア!(サイラスコ○スゼッタイ」)」





 1週間後。 
 盛大な結婚式を挙げ、ヴィクトリアとサイラスは夫婦となった。
 いよいよ二人の恋愛ストーリー【地獄の夫婦偏】が始まるのだ。

 初夜の寝室にて。
「サイラス様。地獄へようこそ(ハッピーエンドに向かって頑張りましょうね♡)」
「美しいヴィー。表現が独特過ぎて分かりにくいよ……」
「気にしない気にしない。さぁ、それでは参りましょう。よぉ~い! アクション!」

「君を愛するつもりはない(早く抱きたいぞ!)」
「まぁ、酷い! まさか他に愛する女性でもいらっしゃるのですか?(サイラス様、その調子ですわ!)」
「だったら何だと言うんだ。この結婚は政略だ。君はお飾りの妻に過ぎない(ヤバい! 色々とヤバい! 早くヤらせてくれ!)」




********




 バルサン伯爵家はサイラスを婿に迎えた後、ますます繫栄した。
 ヴィクトリアは3人の男児と2人の女児を産み「やっぱり子育ては台本通りにいかないわね」と嘆きつつも、ナンヤカンヤ幸せに年を重ねていったのである――
 
「ヴィー。もうそろそろ【めでたしめでたし】でいいんじゃないか?」
 夫婦二人のお茶の時間に、不意にサイラスが切り出した。
 改めて夫の顔をまじまじと見ると、随分とシワが増えた気がする。
「うふふ。そうですわね」
 一方、年齢を重ねてもなお変わらぬ美貌を誇り、社交界では【氷の美魔女】の異名を取るヴィクトリア。
 幾つになっても美しい妻を、サイラスは眩しそうに見つめる。
「愛してるよ、私のヴィー(ホントだぞ!)」

 完全無欠のイケメンだった若い頃のサイラスは、ヴィクトリアの好きなタイプではなかった。 
 だが、今のサイラスは違う。
 シワも増えたが、何よりも、お腹の肉がベルトの上に”たぷん”と乗っかっているのだ。
 たぷ~ん、たぷ~ん、たぷたぷ~ん。
 とても可愛い♡
 
「私も愛していますわ(ホントですわよ♡)」
 
 








 めでたしめでたし?
 
  終わり





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