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2 仮面夫婦
しおりを挟む婚約から7ヶ月後、レティシアはボードレール公爵家に嫁いだ。
名門公爵家の威信をかけた盛大な結婚式と結婚パーティーでのお披露目、そして初夜を全うし、レティシアは名実ともにボードレール家の跡取り息子であるフィリップの妻となった。
フィリップが、初夜に「君を愛するつもりはない」などと言い出す阿呆でなかった事はレティシアにとって幸いだった。この結婚にあたって、レティシアはどれほど心の中でジェロームを愛していても、フィリップの妻としての役目は役目としてきちんとこなすつもりだった。なので、フィリップにも同じく夫としての役割は果たしてもらわないと、と考えていたのである。
レティシアが結婚したのは、とにかく実家であるブラシェール伯爵家を出たかったからだ。ジェロームへの想いを誰にも気付かれぬように暮らすことに疲れ切っていたレティシア。姉ポーラと赤子を優しく見守るジェロームの幸せそうな笑顔を見るのも限界だった。実の姉と産まれたばかりの甥を憎んでしまいそうになる自分自身にゾッとしてもいた。
レティシアが実家から逃げ出すには【結婚】という方法しかなかった。故に彼女はボードレール公爵家からの縁談に飛びついた。フィリップとは婚約期間中に何度か会ったが、お互いに当たり障りのない会話しかしなかった。そもそもフィリップは口数が多くないタイプのようで、何を考えているのか分かりにくい。まぁ、どちらにせよ結婚前から愛人を囲っているような男に好意を持つ事は難しいが。これは何もレティシアに限ったことではないだろう。大抵の女性はそうではなかろうか?
レティシアも、そしてフィリップも上辺だけを取り繕った、実に貴族らしい態度で相手に接した。婚約中も、結婚して夫婦となってからも、それは変わらない。二人は結婚後、子作りの為に少なくない頻度で閨を共にしているが、愛がなくとも肌を重ねることが出来るのは何も男に限った話ではない。
⦅フィリップ様が下手に誠実な殿方でなくて本当に良かったわ。心の中でジェローム様を愛し続けることに何の罪悪感も持たずに済むものね⦆
レティシアはそんな風に思っていた。
姉の夫であるジェロームを愛しているレティシアも、結婚前から愛人を囲っているフィリップも【ろくでもない】人間という事に変わりはない。
⦅ある意味、私とフィリップ様は似合いの夫婦なんだわ……⦆
胸の内で自嘲するレティシア。
フィリップは王都郊外の別邸に愛人を住まわせているらしい。愛人は正真正銘(貴族の庶子などでもないという意味)の平民で【ルル】という名だそうだ。結婚してしばらく経った頃、姑である公爵夫人が申し訳なさそうに教えてくれた。
「名門公爵家の嫡男であるフィリップ様とただの平民の女にどんな接点があったんでしょうね?」
と、レティシアが不思議そうに小首を傾げると「気になるのはそこなの?!」と姑に突っ込まれてしまった。慌てたレティシアはつい「【ルル】ってペットみたいで可愛らしい名前ですよね?」と口走ってしまい、姑に「なるほど。レティシアさんは平民の愛人なんて歯牙にも掛けていないのね。さすが、由緒正しいブラシェール伯爵家の出身だけの事はあるわ。貴族夫人はそうあるべきよね」と褒められた(?)
レティシアが愛しているのはジェロームだけだ。フィリップの愛人に興味はない。ただ、それだけのことなのだが……
⦅でも、ペットの名前みたいという言い方は良くなかったかも知れないわね。平民だって一応人間だもの⦆
毎週末、フィリップは妻であるレティシアに何も告げずに外泊をする。おそらく、いや間違いなく愛人のいる別邸で過ごしているのだろう。もちろん、レティシアは夫に愛人ルルの事を問い質したりはしない。どうぞご自由に。
レティシアとフィリップは絵に描いたような仮面夫婦だった。
一方、舅姑となった公爵夫妻は、フィリップが一人っ子の一人息子であるせいか「娘が出来て嬉しい」とレティシアを可愛がってくれた。公爵家の使用人達もレティシアに従順だ。当主夫妻が認めているレティシアに不遜な態度を取る愚か者など公爵家にはいるはずもない。
夫と心が通わずとも、結婚生活においてレティシアが困ることは特に無かった。
〈お元気ですか? お幸せですか? ジェローム様――――――――〉
今日もレティシアはジェロームへ手紙を書く。
思いの丈を綴る。
決して出せない手紙が、私室の机の引き出しに溜っていく。
顔を合わせる機会が減れば次第に薄れていくかも知れないと思っていたジェロームへの恋心は、いつまで経ってもレティシアの胸の中で鮮やかな色を放ったままだった……
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