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第2章 黒領主の旦那様
37 黒領主の旦那様
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ハイド伯爵領を一望できる小高い丘の上、恵風にそよぐ若草の中にクライヴ・ハイドの墓がある。
そして今日からは、レイラ・ハイドの墓でもある。
「やっとお二人を会わせることができました」
母の死から一年。哀悼し涙ぐむクローディアの肩に、彼女の旦那様が手を置きそっと寄り添っている。
「笑って報告することがあっただろう?」
涙を拭い両親の墓に向き直ったクローディアが、まだ少女の様なふっくらとした頬をゆるめて報告した。
「お父様、お母様。お二人はおじいちゃんとおばあちゃんになってしまいますよ? ロシスターのお義父様は勝手に男の子だと思って、もう剣を準備してしまいました。女の子だったら大変ですよね?」
「ははっ。きっとレイラ様みたいになるな!」
「それは素敵。でもお父様とお義父様にも似てほしいし、ユージーンにも似てほしいわ」
「俺は、クローディアに似た子もほしいしな」
多くの悲しみを乗り越え、クローディアは強くしなやかな女性に成長した。
その時、どこからか優しくて甘いミュゲの香りがクローディアの鼻先をくすぐる。
「お母様……」
「さあ、いくら暖かくなってきたとはいえ、体を冷やしては大変だ。また何度でも会いに来よう」
「はい。また来ますね。お父様、お母様」
クローディアは旦那様に手をひかれ、ゆっくりと丘を後にする。
ハイド伯爵領を眺める彼女の頬に、柔らかな旦那様の唇と、優しい香りのする春風が優しく触れた。
手と手を取り合い丘を下る二人の仲睦まじい姿に、すれ違う領民たちが次々声をかける。
領主様の方は朗らかに応え、隣にいる旦那様は男性が彼女に近づき過ぎるとあからさまにムッとした。
その様子を「またか」と見ていた領民たちは、コッソリこう囁く。
「黒領主様は、今日もお綺麗でお優しいなぁ」
「旦那様の方はいつも通り悋気全開だな。いつまで続くんだ?」
「ありゃあ、一生そうでしょうよ」
「違いねぇー」
領民たちから愛情と尊敬を込めて「黒領主」と呼ばれたクローディア・ハイドの激動の青年期はこれで幕を閉じる。
それは不遇ではあったものの、旦那様と出会ってからの一年間が、彼女の人生のターニングポイントだったとされている。
それ以降、最良の領主として晩年まで語られるハイド伯爵は、ロシスター侯爵家の騎士学校に習い、光と闇の属性の持ち主に特化した稀有な学舎の設立をする。
またウィンドラ公国との飛竜定期便を各地方に拡大し、イスティリア王国の物流革命の先駆けとなった。
その功績は、イスティリア王国の歴史にも刻まれ、ハイド伯爵家は侯爵家にしょう爵された。
また、民から愛された黒領主は旦那様と領地をくまなく歩き、領地経営にも才を発揮した。
ハイドコットンの新しい織り方を考案し、その手触りの良さから、高級寝具の代名詞となる。
私生活では双子の母となった。乳母の手を借りず自ら子育てし、領主の任も怠らなかった姿勢は、女性たちに新たな生き方を示したとされる。
黒領主の隣には、必ず旦那様がいた。
彼女の周囲を最善に整えようと暗躍し続けた彼を、皆こう呼ぶ。
黒領主の旦那様と――
そして今日からは、レイラ・ハイドの墓でもある。
「やっとお二人を会わせることができました」
母の死から一年。哀悼し涙ぐむクローディアの肩に、彼女の旦那様が手を置きそっと寄り添っている。
「笑って報告することがあっただろう?」
涙を拭い両親の墓に向き直ったクローディアが、まだ少女の様なふっくらとした頬をゆるめて報告した。
「お父様、お母様。お二人はおじいちゃんとおばあちゃんになってしまいますよ? ロシスターのお義父様は勝手に男の子だと思って、もう剣を準備してしまいました。女の子だったら大変ですよね?」
「ははっ。きっとレイラ様みたいになるな!」
「それは素敵。でもお父様とお義父様にも似てほしいし、ユージーンにも似てほしいわ」
「俺は、クローディアに似た子もほしいしな」
多くの悲しみを乗り越え、クローディアは強くしなやかな女性に成長した。
その時、どこからか優しくて甘いミュゲの香りがクローディアの鼻先をくすぐる。
「お母様……」
「さあ、いくら暖かくなってきたとはいえ、体を冷やしては大変だ。また何度でも会いに来よう」
「はい。また来ますね。お父様、お母様」
クローディアは旦那様に手をひかれ、ゆっくりと丘を後にする。
ハイド伯爵領を眺める彼女の頬に、柔らかな旦那様の唇と、優しい香りのする春風が優しく触れた。
手と手を取り合い丘を下る二人の仲睦まじい姿に、すれ違う領民たちが次々声をかける。
領主様の方は朗らかに応え、隣にいる旦那様は男性が彼女に近づき過ぎるとあからさまにムッとした。
その様子を「またか」と見ていた領民たちは、コッソリこう囁く。
「黒領主様は、今日もお綺麗でお優しいなぁ」
「旦那様の方はいつも通り悋気全開だな。いつまで続くんだ?」
「ありゃあ、一生そうでしょうよ」
「違いねぇー」
領民たちから愛情と尊敬を込めて「黒領主」と呼ばれたクローディア・ハイドの激動の青年期はこれで幕を閉じる。
それは不遇ではあったものの、旦那様と出会ってからの一年間が、彼女の人生のターニングポイントだったとされている。
それ以降、最良の領主として晩年まで語られるハイド伯爵は、ロシスター侯爵家の騎士学校に習い、光と闇の属性の持ち主に特化した稀有な学舎の設立をする。
またウィンドラ公国との飛竜定期便を各地方に拡大し、イスティリア王国の物流革命の先駆けとなった。
その功績は、イスティリア王国の歴史にも刻まれ、ハイド伯爵家は侯爵家にしょう爵された。
また、民から愛された黒領主は旦那様と領地をくまなく歩き、領地経営にも才を発揮した。
ハイドコットンの新しい織り方を考案し、その手触りの良さから、高級寝具の代名詞となる。
私生活では双子の母となった。乳母の手を借りず自ら子育てし、領主の任も怠らなかった姿勢は、女性たちに新たな生き方を示したとされる。
黒領主の隣には、必ず旦那様がいた。
彼女の周囲を最善に整えようと暗躍し続けた彼を、皆こう呼ぶ。
黒領主の旦那様と――
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(^-^)頑張れユージーン君。
すみません気になったのでひとつ、。一話ではエリカは数年仕えてくれてた。となってますが、九話でユージーンが留学から帰った後にエリカを送り込み、半年くらいで叔父の悪行を暴く準備に入ってますよね?数年というのは無理が有ると思います。まさかクローディアちゃん助けるまで数年(3~4、5~6年ぐらいの年数をばくぜんという語。コトバンクより)かけたとか、言わないですよね?
yurif様
はじめまして。感想ありがとうございました!
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