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第二部3
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山の季節は平地より早く移り変わる。
大きな黒い鳥居をくぐり抜け、山道に入ると、木々の葉は完全に色づいた。
紅葉は鮮やかに赤く、銀杏の黄色も目に沁みる程に美しい。枝から枝へと走り回る栗鼠は口に木の実をたくさん含んでいて、時折、丸い目をきょとんと見開いてこちらを見下ろしてくる姿がやけに愛らしかった。
しばらくそのまま歩いて行くと、やがて山の斜面に段々畑と田んぼが見えてきた。そろそろ収穫の季節なのだろう。さほど広くない田んぼでは黄金色の稲穂が実り、重そうに首を垂れている。炭を焼いているのか、いくつかの小屋からは煙が上がり、火の番をしている人の気配がした。
この里は忍びの里であり、長らく部外者は立ち入ることができなかった。太平の世が訪れ、忍びの業だけでは暮らして行くことができないと判断した里長は、他所の人間に里を開き、この地に沸く眼病の湯や薬草を広く商うようになった。忠雅をこの地まで案内してくれたのも、そんな薬草を扱う行商人の一人である。
目的の人物は里長の娘だと聞いていたので、里の中心にある館にいるかと思ったのだが、館にいた女性達が、彼女は既に実家を出て、少し離れたところにある家で暮していると教えてくれた。教えられた通りに細い道を少し歩くと、藁ぶき屋根の小さな家に行き当った。家の前はささやかな畑になっていて、鶏が数羽、こっこっこ……と餌を啄んでいる。足音に気づいたのだろう。着物の袖をたすき掛けにして、洗濯物を干していた若い女が、顔を上げてこちらを見た。
忠雅が最後に会った時、彼女はまだ十六歳の娘だった。今では十九歳の立派な女となって、以前より体に少し肉がついたようだ。もっともあの時の彼女は正気を失くして、可哀想なくらい痩せていたので、今くらいの方が正常だろう。髷を結わずに櫛巻きにした髪が、秋の陽射しに艶やかに光っている。
手甲脚絆に編み笠姿の忠雅がすぐに誰かわからなかったらしい。訝しそうに目を細めたおるいに向かって、忠雅は編み笠を取った。
「――おるい、久しぶりだな」
「え、清水様、どうしてこちらに……?」
それは忠雅がおおよそ三年ぶりに会う、友の許嫁の姿だった。
大きな黒い鳥居をくぐり抜け、山道に入ると、木々の葉は完全に色づいた。
紅葉は鮮やかに赤く、銀杏の黄色も目に沁みる程に美しい。枝から枝へと走り回る栗鼠は口に木の実をたくさん含んでいて、時折、丸い目をきょとんと見開いてこちらを見下ろしてくる姿がやけに愛らしかった。
しばらくそのまま歩いて行くと、やがて山の斜面に段々畑と田んぼが見えてきた。そろそろ収穫の季節なのだろう。さほど広くない田んぼでは黄金色の稲穂が実り、重そうに首を垂れている。炭を焼いているのか、いくつかの小屋からは煙が上がり、火の番をしている人の気配がした。
この里は忍びの里であり、長らく部外者は立ち入ることができなかった。太平の世が訪れ、忍びの業だけでは暮らして行くことができないと判断した里長は、他所の人間に里を開き、この地に沸く眼病の湯や薬草を広く商うようになった。忠雅をこの地まで案内してくれたのも、そんな薬草を扱う行商人の一人である。
目的の人物は里長の娘だと聞いていたので、里の中心にある館にいるかと思ったのだが、館にいた女性達が、彼女は既に実家を出て、少し離れたところにある家で暮していると教えてくれた。教えられた通りに細い道を少し歩くと、藁ぶき屋根の小さな家に行き当った。家の前はささやかな畑になっていて、鶏が数羽、こっこっこ……と餌を啄んでいる。足音に気づいたのだろう。着物の袖をたすき掛けにして、洗濯物を干していた若い女が、顔を上げてこちらを見た。
忠雅が最後に会った時、彼女はまだ十六歳の娘だった。今では十九歳の立派な女となって、以前より体に少し肉がついたようだ。もっともあの時の彼女は正気を失くして、可哀想なくらい痩せていたので、今くらいの方が正常だろう。髷を結わずに櫛巻きにした髪が、秋の陽射しに艶やかに光っている。
手甲脚絆に編み笠姿の忠雅がすぐに誰かわからなかったらしい。訝しそうに目を細めたおるいに向かって、忠雅は編み笠を取った。
「――おるい、久しぶりだな」
「え、清水様、どうしてこちらに……?」
それは忠雅がおおよそ三年ぶりに会う、友の許嫁の姿だった。
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