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後日談
それを愛と呼ぶなら 1-2
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夏の名残の綿雲が稜線の彼方に消えて行く。
入れ替わりにやってきたのは、秋の訪れを告げる薄雲だ。夏の盛りは眠りを妨げる蛙の大合唱、やぶ蚊の大群、そして何よりもうだるような暑さに辟易したものだが、いざ過ぎて行くと何だか物悲しい気持ちになる。季節の移ろいとは肌だけでなく心でも感じるものなのだと、雅勝は猪瀬の里で暮すようになって初めて知った。
二人目の子を身ごもった妻が産気づいたのは、昨日の夕暮時だった。
猪瀬の里には三十余年、この里で生まれる赤子のほぼすべてを取り上げてきたという凄腕の産婆がいて、他にも経験者の女性が大勢いる上に、妻自身も二度目の出産だ。もうそろそろだろう……という話は数日前からあったので、彼女達がさして慌てもせず、産屋として用意していた里長の家の離れに入った後、取り残された男達の方が慌ててしまった。さすがに妻の父――猪瀬の熊殿は立ち直りが早かったが、彼女の夫であり生まれてくる子の父親である雅勝は情けないことに、足が雲を踏んでいるような心持がしている。
――男と女が身体を繋げば子ができる。
それは自明の理であり、既に一人産ませている時点でものすごく今更な話だが、いざ我が子が生まれようとしている今、まったく覚悟も自覚もなかったことに気づいて愕然とする。
女は我が身を削って子どもを産む。子を授かったと知ったその時から、ありとあらゆる不調や辛苦に耐えて、血肉をもって我が子を育てる。そしていざ産む時には命懸けだ。命懸けの戦いに敗れて命を落とす女は大勢いる。そうして生まれた命をこの手で斬った。ただ命じられるまま、言われるままに何人も。血塗れの過去に目をつぶり、何事もなかったようにこの手で生まれてくる赤子を抱き上げるなんてことが、本当に許されるのだろうか。
昨日は日が暮れるまで里長の館にいたのだが、集まった女達にまだしばらくかかりそうだと言われて娘と一緒に一度家に帰った。朝陽が昇ってから再びやってきた時も、まだ赤子は生まれていなかった。庭に面した障子の向こうからは濃い血の匂いがする上に、とても人間のものとは思えない、獣のような叫び声やうめき声やらが聞こえてくる。意味もなくうろうろと庭を歩き回って、やがて縁側に腰を下ろした時になってようやく、今、自分が一人ではなかったことを思い出した。
「お父様」
「……」
「お父様、朝ご飯です。おばあ様が作ってくれました!食べて下さい!」
「あ……」
諸般の事情により、生まれる時に側にいられなかった娘のゆいは、今年七歳になった。
昨日のこの館で夕飯を食ってから家に帰ったのだが、夜が明けてからは気もそぞろで、娘に朝飯を作って食べさせるのをすっかり忘れていた。父親が情けないので、自分で祖母に頼んで朝食を用意してもらったらしい。握り飯と汁物の入った椀を盆にのせている。まことに妻によく似たしっかり者の娘だ。しかし大人のこちらはともかく、育ち盛りの娘に飯を食わせるのを忘れていたとなっては、これはもう親失格と言われても致し方ない。
「あ、ああ、すまなかった。お父様は食欲がないから、お前が一人で食べなさい」
「駄目です」
「え?」
「ゆいはお母様と約束しました。お母様が産屋に入ったら、きっとお父様はご飯を忘れてしまうから、ゆいがお父様にきちんとご飯を食べさせるのよって約束しました」
「ははは……」
口達者な娘にこう言われてしまっては、あとはもう笑ってでもいるしかない。
しかし夫に幼い娘を託すのならいざ知れず、あの妻は七歳の娘に夫の飯の世話を頼んでいったのか。影衆が長く生き残る秘訣の一つに、かなわないとわかっている相手に、かなわない戦いを挑まないというものがある。どんな戦いであれ、本気でまずいと感じた時には、戦わずに逃げた方がよいに決まっている。元影衆として今なおその教えは胆に銘じているから、今後無謀な戦いは挑まずに、永遠に掌の上で転がされていようと固く心に違う。
「わかった、わかった。ほら、お父様も食べるから、ゆいも一緒にここに座って朝ご飯を食べよう」
「はい」
父娘で黙々と握り飯を食って、椀に入った汁物をすする。何故だか二人ともずっと無言だった。二人で手分けして水を汲んで椀や箸を洗い、白湯で喉を潤していると、またしても部屋の中から大きな叫び声して、ばたばたと人が立ち歩く足音がした。夫であっても男は産屋に入れてもらえないし、里の女達にお産の手伝いをするにはまだ早いと言われて、娘も中には入れない。気配と音だけ感じているのはどうにも不安でたまらない……と思っていたら、小さな両手が袖にしがみついてきた。
「お父様」
「どうした?」
「お父様、ぎゅっとして」
――ととさま、ぎゅってして。
今よりもっと小さいころ、風を引いて熱があったり、怖い夢を見たりすると、ゆいはそう言って父親に甘えてきたものだった。
最近あまり言わなくなって寂しく感じていたくらいなので、躊躇う理由などない。か細い背中を抱き寄せて、小さな頭を掌で包み込む。まだ七歳なのだからもう少しの間くらい、感情のままに泣いても許されると思うのだが、最近の彼女は泣きたい時に涙を堪えるようになった。たまに鏡を見ているのかと思うくらい父親似の娘だが、必死に涙を堪える表情は、母親にそっくりだとしみじみと思う。
「お父様、お母様と赤ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だ。弟でも妹でも、生まれたらいっぱいお世話して遊んでやるんだろう?お母様が今、がんばってくれている。お前はお父様と一緒に、赤ちゃんが生まれてくるのを待っていよう」
こくりと頷く仕草が、健気で胸を打たれそうになる。
きっとあと十年も経てば、この娘が不安な時に「ぎゅっとして」ほしい相手は父親ではなく、彼女を想い、彼女に想われるどこかの若者の役目になるのだろう。その時がやって来たならば、潔く頭を下げる覚悟はできていた。娘をよろしく頼む、幸せにしてやってくれと。かつて妻の父――猪瀬の熊吉が雅勝に対してそうしたように。
その時は、とても切なく寂しい思いをするのだろうと今から想像できるのだが、娘の未来と人生は彼女自身のものだ。親はいつまでも側で守ってやることはできない。我が子が共に人生を生きる相手を見つけて巣立って行くことは、親にとって喜びと祝福以外の何物ではない。
曲がりなりにも人の子の親となり、我が子と暮らす日常を生きてみて、わからなくなってしまったことがある。
――父親の酒代の為に売り飛ばされた農家の娘。商人の父親が生糸相場で失敗し、借金の形に売られて来た少女。脱藩した父と兄の当座の生活費の為、身を売らされた武家の娘は、客からの辱めに耐え兼ね自ら喉を突いて果てた。
るいと出会う前、雅勝が共寝したのはそういう女達だった。
証文より安い命と言い聞かせられ、毎夜違う男に身体を開き、運よく苦界を抜けたとしても、世間の人々から後ろ指を指されて蔑まれる人生。
その境遇上に、影衆と遊女との間には情が通いやすい。過去に遊女と駆け落ち騒ぎや心中沙汰を起こした影衆は何人もいたし、影衆の中で年長になった頃には、酸いも甘いも噛分けた妓楼の女将に、雅勝はそういうことをやりかねない影衆と認識されていたらしい。情が深まる前に相手を取り換えられたこともあって、かえって彼女達の悲惨な境遇ばかりが印象に残っている。
……俺には無理だ。想い合う相手の手に託すのだって辛いのに、この娘をあのような境遇に落とし込んで、自分は平気で飯を食って枕を高くして暮らすなんて、俺の方が耐えられない。そんな事態は起こしたくないし考えたくもないが、万が一そのような状況に追い込まれたなら、娘を殺して自分も死ぬ。それ以外の選択肢は考えられなかった。
そこまで考えて、思考はいつも己の過去に行き当る。
――母上、何故、あなたは俺を売ることができたんだ。
人が人の命を金で売り買いする。それがどのような意味を持つのか。十歳の子どもには朧にしか想像がつかなかったことも、成人していた母は明確に理解していたはずだ。自らが親になって親のありがたみがわかるどころか、今さらながらに恨みと怒りが胸の奥からふつふつと沸いてきて、この里で暮すようになった当初、雅勝はかなり辛い思いをした。すぐ側に男として父として、心から尊敬して手本とすべき存在――猪瀬の熊吉がいなかったなら、こんな自分には、妻子との穏やかな生活など無理だったのだと見切りをつけて、単身、山を下りてしまっていたかもしれない。
さすがにそれが人として最低の行いであることはわかっていたので、ぎりぎりのところで何とか踏みとどまった結果、もうすぐ二児の父となる。病と不慮の事故以外でうっかり死なないように、一応、心がけてもいる。どのような形であれ、雅勝がいなくなれば生まれて来る子に顔も覚えてもらえない。逆に完全に物心ついている上の娘は、父親に捨てられたと心に傷を負ってしまうことだろう。それだけはしたくない――してはならないのではなくてしたくない。この里で暮すようになって、己の意思でしたいことやしたくないことが増えた。我ながら随分と我がままになったものだと呆れている。
そうこうしているうちに完全に陽が昇り、夏の盛りほどではないとはいえ、充分に明るく暖かな陽射しが地面に降り注いできた。漂う血の匂いがさらに強くなって、ひと際大きな叫び声がする。部屋の中の気配が変わったことに気が付いたのだろう。先ほどよりきつくしがみついてきたゆいの肩を抱き寄せた時。
部屋の中から、元気な産声が鳴り響いた。
入れ替わりにやってきたのは、秋の訪れを告げる薄雲だ。夏の盛りは眠りを妨げる蛙の大合唱、やぶ蚊の大群、そして何よりもうだるような暑さに辟易したものだが、いざ過ぎて行くと何だか物悲しい気持ちになる。季節の移ろいとは肌だけでなく心でも感じるものなのだと、雅勝は猪瀬の里で暮すようになって初めて知った。
二人目の子を身ごもった妻が産気づいたのは、昨日の夕暮時だった。
猪瀬の里には三十余年、この里で生まれる赤子のほぼすべてを取り上げてきたという凄腕の産婆がいて、他にも経験者の女性が大勢いる上に、妻自身も二度目の出産だ。もうそろそろだろう……という話は数日前からあったので、彼女達がさして慌てもせず、産屋として用意していた里長の家の離れに入った後、取り残された男達の方が慌ててしまった。さすがに妻の父――猪瀬の熊殿は立ち直りが早かったが、彼女の夫であり生まれてくる子の父親である雅勝は情けないことに、足が雲を踏んでいるような心持がしている。
――男と女が身体を繋げば子ができる。
それは自明の理であり、既に一人産ませている時点でものすごく今更な話だが、いざ我が子が生まれようとしている今、まったく覚悟も自覚もなかったことに気づいて愕然とする。
女は我が身を削って子どもを産む。子を授かったと知ったその時から、ありとあらゆる不調や辛苦に耐えて、血肉をもって我が子を育てる。そしていざ産む時には命懸けだ。命懸けの戦いに敗れて命を落とす女は大勢いる。そうして生まれた命をこの手で斬った。ただ命じられるまま、言われるままに何人も。血塗れの過去に目をつぶり、何事もなかったようにこの手で生まれてくる赤子を抱き上げるなんてことが、本当に許されるのだろうか。
昨日は日が暮れるまで里長の館にいたのだが、集まった女達にまだしばらくかかりそうだと言われて娘と一緒に一度家に帰った。朝陽が昇ってから再びやってきた時も、まだ赤子は生まれていなかった。庭に面した障子の向こうからは濃い血の匂いがする上に、とても人間のものとは思えない、獣のような叫び声やうめき声やらが聞こえてくる。意味もなくうろうろと庭を歩き回って、やがて縁側に腰を下ろした時になってようやく、今、自分が一人ではなかったことを思い出した。
「お父様」
「……」
「お父様、朝ご飯です。おばあ様が作ってくれました!食べて下さい!」
「あ……」
諸般の事情により、生まれる時に側にいられなかった娘のゆいは、今年七歳になった。
昨日のこの館で夕飯を食ってから家に帰ったのだが、夜が明けてからは気もそぞろで、娘に朝飯を作って食べさせるのをすっかり忘れていた。父親が情けないので、自分で祖母に頼んで朝食を用意してもらったらしい。握り飯と汁物の入った椀を盆にのせている。まことに妻によく似たしっかり者の娘だ。しかし大人のこちらはともかく、育ち盛りの娘に飯を食わせるのを忘れていたとなっては、これはもう親失格と言われても致し方ない。
「あ、ああ、すまなかった。お父様は食欲がないから、お前が一人で食べなさい」
「駄目です」
「え?」
「ゆいはお母様と約束しました。お母様が産屋に入ったら、きっとお父様はご飯を忘れてしまうから、ゆいがお父様にきちんとご飯を食べさせるのよって約束しました」
「ははは……」
口達者な娘にこう言われてしまっては、あとはもう笑ってでもいるしかない。
しかし夫に幼い娘を託すのならいざ知れず、あの妻は七歳の娘に夫の飯の世話を頼んでいったのか。影衆が長く生き残る秘訣の一つに、かなわないとわかっている相手に、かなわない戦いを挑まないというものがある。どんな戦いであれ、本気でまずいと感じた時には、戦わずに逃げた方がよいに決まっている。元影衆として今なおその教えは胆に銘じているから、今後無謀な戦いは挑まずに、永遠に掌の上で転がされていようと固く心に違う。
「わかった、わかった。ほら、お父様も食べるから、ゆいも一緒にここに座って朝ご飯を食べよう」
「はい」
父娘で黙々と握り飯を食って、椀に入った汁物をすする。何故だか二人ともずっと無言だった。二人で手分けして水を汲んで椀や箸を洗い、白湯で喉を潤していると、またしても部屋の中から大きな叫び声して、ばたばたと人が立ち歩く足音がした。夫であっても男は産屋に入れてもらえないし、里の女達にお産の手伝いをするにはまだ早いと言われて、娘も中には入れない。気配と音だけ感じているのはどうにも不安でたまらない……と思っていたら、小さな両手が袖にしがみついてきた。
「お父様」
「どうした?」
「お父様、ぎゅっとして」
――ととさま、ぎゅってして。
今よりもっと小さいころ、風を引いて熱があったり、怖い夢を見たりすると、ゆいはそう言って父親に甘えてきたものだった。
最近あまり言わなくなって寂しく感じていたくらいなので、躊躇う理由などない。か細い背中を抱き寄せて、小さな頭を掌で包み込む。まだ七歳なのだからもう少しの間くらい、感情のままに泣いても許されると思うのだが、最近の彼女は泣きたい時に涙を堪えるようになった。たまに鏡を見ているのかと思うくらい父親似の娘だが、必死に涙を堪える表情は、母親にそっくりだとしみじみと思う。
「お父様、お母様と赤ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だ。弟でも妹でも、生まれたらいっぱいお世話して遊んでやるんだろう?お母様が今、がんばってくれている。お前はお父様と一緒に、赤ちゃんが生まれてくるのを待っていよう」
こくりと頷く仕草が、健気で胸を打たれそうになる。
きっとあと十年も経てば、この娘が不安な時に「ぎゅっとして」ほしい相手は父親ではなく、彼女を想い、彼女に想われるどこかの若者の役目になるのだろう。その時がやって来たならば、潔く頭を下げる覚悟はできていた。娘をよろしく頼む、幸せにしてやってくれと。かつて妻の父――猪瀬の熊吉が雅勝に対してそうしたように。
その時は、とても切なく寂しい思いをするのだろうと今から想像できるのだが、娘の未来と人生は彼女自身のものだ。親はいつまでも側で守ってやることはできない。我が子が共に人生を生きる相手を見つけて巣立って行くことは、親にとって喜びと祝福以外の何物ではない。
曲がりなりにも人の子の親となり、我が子と暮らす日常を生きてみて、わからなくなってしまったことがある。
――父親の酒代の為に売り飛ばされた農家の娘。商人の父親が生糸相場で失敗し、借金の形に売られて来た少女。脱藩した父と兄の当座の生活費の為、身を売らされた武家の娘は、客からの辱めに耐え兼ね自ら喉を突いて果てた。
るいと出会う前、雅勝が共寝したのはそういう女達だった。
証文より安い命と言い聞かせられ、毎夜違う男に身体を開き、運よく苦界を抜けたとしても、世間の人々から後ろ指を指されて蔑まれる人生。
その境遇上に、影衆と遊女との間には情が通いやすい。過去に遊女と駆け落ち騒ぎや心中沙汰を起こした影衆は何人もいたし、影衆の中で年長になった頃には、酸いも甘いも噛分けた妓楼の女将に、雅勝はそういうことをやりかねない影衆と認識されていたらしい。情が深まる前に相手を取り換えられたこともあって、かえって彼女達の悲惨な境遇ばかりが印象に残っている。
……俺には無理だ。想い合う相手の手に託すのだって辛いのに、この娘をあのような境遇に落とし込んで、自分は平気で飯を食って枕を高くして暮らすなんて、俺の方が耐えられない。そんな事態は起こしたくないし考えたくもないが、万が一そのような状況に追い込まれたなら、娘を殺して自分も死ぬ。それ以外の選択肢は考えられなかった。
そこまで考えて、思考はいつも己の過去に行き当る。
――母上、何故、あなたは俺を売ることができたんだ。
人が人の命を金で売り買いする。それがどのような意味を持つのか。十歳の子どもには朧にしか想像がつかなかったことも、成人していた母は明確に理解していたはずだ。自らが親になって親のありがたみがわかるどころか、今さらながらに恨みと怒りが胸の奥からふつふつと沸いてきて、この里で暮すようになった当初、雅勝はかなり辛い思いをした。すぐ側に男として父として、心から尊敬して手本とすべき存在――猪瀬の熊吉がいなかったなら、こんな自分には、妻子との穏やかな生活など無理だったのだと見切りをつけて、単身、山を下りてしまっていたかもしれない。
さすがにそれが人として最低の行いであることはわかっていたので、ぎりぎりのところで何とか踏みとどまった結果、もうすぐ二児の父となる。病と不慮の事故以外でうっかり死なないように、一応、心がけてもいる。どのような形であれ、雅勝がいなくなれば生まれて来る子に顔も覚えてもらえない。逆に完全に物心ついている上の娘は、父親に捨てられたと心に傷を負ってしまうことだろう。それだけはしたくない――してはならないのではなくてしたくない。この里で暮すようになって、己の意思でしたいことやしたくないことが増えた。我ながら随分と我がままになったものだと呆れている。
そうこうしているうちに完全に陽が昇り、夏の盛りほどではないとはいえ、充分に明るく暖かな陽射しが地面に降り注いできた。漂う血の匂いがさらに強くなって、ひと際大きな叫び声がする。部屋の中の気配が変わったことに気が付いたのだろう。先ほどよりきつくしがみついてきたゆいの肩を抱き寄せた時。
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