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第二話
しおりを挟む王立魔法高等学校。
王都中央に聳え立つこの学校は、毎年王宮で活躍する生徒を多数排出している。
満15歳から満18歳までの生徒が通っていおり、10年ほど前から平民の入学も許可されてはいるものの、今現在までの平民の入学率は一パーセントにも満たず、残りは全員貴族である。
これは平民のほとんどの個体が少量の魔力量しか保持しておらず、入学試験の実技テストにて不合格になってしまう点と、周りからの偏見に耐えられない事が挙げられるだろう。
「なぁ今年の首席って例の養子らしいぜ」
「はぁ!?ぜってぇ裏でなんかやってんじゃん」
「なぁ~だってあの王子が――」
「そこ!私語を慎みなさい!」
「「はっ、はーい⋯⋯」」
「⋯くそっ、あいつのせいだ」
徐々に大きくなる声に間髪入れずに注意するも、その生徒らは一人の生徒に対する差別的な目を変えることはなかった。
大勢の視線が全身を刺すように降り注がれる。
生まれ持った髪色と、大量の魔力を持つ貴族特有の多様な色が混ざり合うその髪の毛に、一人だけ“魔力の持たない平民”を象徴する黒髪の生徒。あちこちでその生徒への偏見の言葉が飛び交っている。無理もない。
しかも、今年はよりによってそいつが――
「新入生代表、ロイ-クレシス。前へ」
「はい」
この学校の“首席”なのだから。
◆◆◆◆◆
大理石の壁、彫刻が彫られた柱、新しく新調であろう机椅子。昔住んでいた家よりも遥かに広い教室は、今現在29人の貴族、そして1人の元平民がクラスを共にしていた。
「なぁ、あれが噂の⋯」
「うへぇ同じクラスかよ」
「どうせ騎士団長の力だろ。拾われただけのやつにそんな力ねぇって」
今朝入学式があったにも関わらず、すでにクラス内部は三分割されていた。
仲の良い貴族同士が固まってできたグループ。今年入学した王子とそれを取り囲むように固まる貴族のグループ。そして、僕。
元平民と言っても、平民であったことには変わらない。この黒髪なんて、その象徴なのだから。
だとしても、こんなに早く仲間外れになるとは思わなかったな。
まぁいい。僕も貴族たちと仲良くする気なんて毛頭ないし、悪く言われるのには慣れている。
にしても、一番気をつけないといけないのはあの王子の集団だろうな。
後ろを振り向き、王子を取り囲む人々に視線を落とす。
サラっとした金髪に、青色の瞳。長い睫毛に、端正な顔立ち。身長も同い年にしては高い方だし、人当たりも良い(平民相手にはどうか分からないけど)。そして王宮育ちで頭もいいと来た。周りに振りまくその笑顔は爽やかそのもので、クラスの中にはすでに男女問わず惚れているものもいるようだ。
すると、王子の隣に居座る一人の女子と目が合った。かと思えば一瞬にして睨みついてきたため、視線を前に戻す。王子の周りの、特に女子には要注意だ。流石王子にまとわりつくだけあって、皆なかなかの家柄だ。
ま、結局僕にはどうでもいい話か。
「兄さん⋯⋯」
僕は強くならないといけない。
愛する兄さんを、幸せにするために―――
魔力がほとんど無い兄さんを、僕が守る。
兄さんも元平民だ。もしかしたら不当な差別を受けてるかもしれない。
そんなのダメだ。絶対に。兄さんを傷つける危険因子は、全部排除しなきゃいけない。
そのためには力がいる。頭がいる。差別する貴族共はこっちから願い下げだ。
「はぁ、兄さん。早く会いたいなぁ⋯」
優しい兄さん。かっこいい兄さん。可愛い兄さん。実際に会うのは、兄さんが冬休み中に帰省してきてからだから、2ヶ月くらいかな。会ったら抱っこしてくれるかなぁ⋯⋯はぁ、これからは兄さんと毎日会えるなんて、夢みたいだなぁ⋯⋯
「おい、そこの平民」
⋯⋯⋯誰だよ、僕の至高な妄想タイムに口を挟んできたのは。
声の聞こえた方に顔を向けると、そこには男三人組が何やら嫌らしい顔で立っていた。
「おいお前この入学、騎士団長様のおかげなんだって?」
「⋯そんなの、どうだっていいでしょ」
早くどっか行ってくれないかな⋯こんな奴らと話してる時間があるなら兄さんのことを考えたい。
「別に僕のことなんてどうでもいいでしょ。早く向こう行ってよ」
「あ゛あ!?おい平民、誰に向かって口聞いてんだ!」
「“元”だよ。今はあんたらと同じ貴族だ」
「はっ、俺等とお前が同じだと?ふざけんな!平民の分際で俺等貴族の学校に足を踏み入れるなよ!!」
⋯⋯まだこんな事を言うやつがいるのか。これはますます兄さんの周囲を強化しないといけないな。
⋯もうあまり時間がない。兄さんとの待ち合わせに遅れるなんてそんなの僕が絶対に許さない。なんとかしてこいつらから逃げないと。
⋯⋯最悪、武力行使しても入学して間もない今なら、許されるか⋯
「おい、なんとか言えよ!⋯あぁ、そういえばお前確か兄がいるんだっけ?」
⋯“兄さん”?
「お前の兄も平民なんだろ?なぁお前、ロイ⋯とか言ったっけ?お前が俺等に歯向かったら、そん時はお前の兄に土下座でも何でもさせて「この度は私の弟が粗相をしてしまい申し訳ございませんでした」って言わせてや――」
怒りが頂点に達するのを感じたと同時に、男の前に押し出された手が勢いよく炎を吹き出した。
ロイが放った炎は、すぐさま中央にいた男の服に燃え移り、彼の両脇にいた二人が急いで消そうとするも、一人は土。一人は風と、あいにく水魔法は持っていなかった。
ロイは慌てふためく三人の元へと行き、今度は水魔法をいとも簡単に操って見せ、彼の服にまとわりつく炎を消した。先程散々言っていた男は炎が消えた安心感と、ロイに対する新たに芽生えた恐怖心から姿勢を崩し、尻餅をついた。両隣にいた二人も、ロイが一歩前に進めば、一歩後退り、と無事に恐怖心を植え付けることができたみたいだ。
「俺の兄さんに今後一切手を出すな。次はこの程度じゃ済まないからな」
⋯⋯少し目立ちすぎたか。
俺⋯ごほんっ、僕は、いつの間にか教室中の視線を独り占めしていたようだ。ていうか廊下の方にも観客ができてるような⋯⋯
⋯まぁ、そんなことどうでもいいか。それより兄さんとの再会が重要だ。早く食堂に⋯⋯
「ねぇ君、凄いね」
「⋯⋯それはどうも」
後ろ遠方から聞こえてくる声に、俺は足を止めて振り向いた。
観客となっていた大勢の生徒の視線が、一斉に自分からその者へ移動していくのを感じる。
⋯くっ、こんな急いでる時になんでよりによって王子が話しかけてくるんだ。
「では、僕はこれで⋯」
「あれ、さっきと一人称が違うね。ほら、さっきは「俺」って⋯」
「⋯どうでもいいでしょ。それじゃ、僕もう行くから⋯」
相手が王子な以上下手に手を出すわけにもいかないし、これ以上関わったら厄介事に巻き込まれる可能性だってある。ここは強引にでも会話を断ち切るしかない。
「あぁっ、ちょっと待って!」
「⋯⋯なんですか。僕、この後大切な用事があるんですけど」
「なら僕も連れてってよ!」
⋯⋯え、なっ、何を言ってるんだこいつは。普通クラスメイトの服燃やしたやつに言うセリフじゃないだろ⋯ていうかなんでそんなキラキラした目で見てくるんだ⋯
でも、兄さんに会わせる訳にはいかないし。なにより、僕が兄さんとの再会を邪魔されたくない。
「嫌です」
そう自国の王子相手にきっぱりと言い放った僕は、一人教室を出て兄の待つ食堂へと足を運んだ。
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