【完結】二度目のお別れまであと・・・

衿乃 光希

文字の大きさ
5 / 59
第一部 海野麻帆

5 一周忌

しおりを挟む
「麻帆。お姉ちゃんの一周忌法要の日にち、決まったから」
 夕食の席で、休みだったママから七月の最終週の木曜日に法要をすると伝えられた。
 自動車販売の営業をしているパパは土日に休みが取りづらい。あたしは夏休みに入っているから、日にちに問題はない。

 でも続く言葉で、あたしの気分はどん底に落ちた。
「納骨するからね」
 それはあたしにとって、まるで死刑にも等しい宣告だった。

 姉の遺骨はリビングに安置している。周りには写真をいっぱい飾って。
 起きた時、出かける時、帰ってきた時、必ずお姉ちゃんに手を合わせて、挨拶をしている。

「納骨って、いつしなきゃいけないって決まってないんでしょう」
 姉が本当にいなくなってしまう。そう思うと、訊ねる声が震えた。

 ママは眉を下げて、悲しそうな顔をしながら、
「決まってはないけど、もう入れてあげようよ。お姉ちゃん、落ち着かないと思うよ」
「そんなことないよ! 家にいる方が絶対いいよ。あんな石の中じゃ、寂しいよ」
「寂しいのは、麻帆でしょう」

 ママの落ち着いた声は、的を射ている。
 そう、寂しいのはあたしだ。間違ってない、間違ってないけど‥‥‥

「ママは、お姉ちゃんがいなくて寂しくないの?」
「そんなわけないでしょう。でも、区切りはつけないといけないの。お姉ちゃんは、汐里は、帰ってこないんだから」

「まだ、いいじゃん。ずっとって言ってない。いつかは‥‥‥」
 そのいつかは、いつなのか。あたしにもわからない。
 だから言葉は尻すぼみになって消える。

「ねえ、麻帆。寂しいのはみんな同じなの。でもね、納骨したからって、お姉ちゃんがいなくなるわけじゃないんだよ。ここにいるじゃない」

 ママは胸にそっと手をあてる。お姉ちゃんはそれぞれの心の中にいる。
 言いたいことはわかるけど、あたしにはそんな頼りにならないところより、形がある姉の方が大切だった。骨であっても。いいや、骨だからこそ、肉体がなくなっても姉の存在を身近に感じていたのに。

「何をしているの? 麻帆!」

 あたしは木箱と袋に包まれた骨壺を抱えて、リビングを飛び出した。階段を上がって二階の姉の部屋に逃げ込んだ。
 中から鍵を掛ける。
 追いかけてきたママは扉を叩いたり引っ張ったり、声をかけてくる。全部を無視して、姉のベッドに潜り込み、頭から布団を被った。

 骨壺はとても重い。
 中には、姉を形成していた骨がすべて収まっている。足から、腕、腰、背中、肋骨、歯、頭蓋骨を入れて、最後に喉仏。そして粉になった骨まで刷毛はけで集めて。

 骨の主成分はリン酸カルシウムとタンパク質。
 重さは体重の15%から20%ぐらい。
 基本的に206個ある。
 破骨はこつ細胞によって骨が壊されて吸収されて、骨芽こつが細胞が新しい骨を作る新陳代謝が常に行われている。肉体が活動を終えるまで。
 学校で習ったし、小テストにも出てきたので、覚えている。

 火葬をした姉の骨は、ぽろぽろと崩れやすく、箸で拾い上げるのがとても難しかった。
 できるだけ崩れないように、優しく丁寧に拾い上げて、骨壺に収めた。
 姉の魂と肉体は消えてしまった。
 姉が生きていた証は、写真と記憶と骨だけ。

 記憶はゆっくりと薄れていく。
 写真だって、色褪せていく。

 だけど骨だけは、なくならない。
 袋や蓋を開けるのは気が引けるので、見たり手に取ったりする気はないけど、ここに入っていると思うだけで、ほっとする。

「納骨、やだな」
「知ってた? 骨って、カビるんだよ」

 あたしの独り言の後に続いた声は、紛れもなく姉のもの。
 そんなこと、あるはずない。
 ついに幻聴までするようになったか、あたし。

「カビるのは嫌だな」

 もう一度聴こえた声に、被っていた布団をまくり上げる。

「お姉‥‥‥ちゃん?」

 あたしの目の前には、高校の制服姿のお姉ちゃんが立っていた。
 
「本当に‥‥‥お姉ちゃん?」
「そうだよ。麻帆」

 お姉ちゃんの優しい笑顔が私を見ている。

「お姉ちゃん、ごめん、ごめんねえ、ごめんねえ」

 幼い頃、スーパーで迷子になって姉を探し歩いた時のように、声を上げてあたしは泣いた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。 問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。 もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

処理中です...