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第一部 海野麻帆
6 汐里
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「落ち着いた?」
ベッドで隣に座って、あたしが泣き止むまで待ってくれていた。
ママは諦めたのか、扉を叩く音や私を呼び掛ける声はすっかり止まっている。
「お姉ちゃん、ずっと家にいたの?」
「わからないの。いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。しっかりと意識を持ったのは、今が初めてだから」
「お姉ちゃん、やっぱり、幽霊‥‥‥なんだよね」
重ねられたお姉ちゃんの手の下に、あたしの手が透けて見える。体温もまったく感じない。
「そうみたいだね」
お姉ちゃんの声に深刻さが全然感じられなくて、反対に、
「なんか楽しんでる?」
「うん。こんな経験するなんて、思ってもなかったもん」
とても明るい声だった。
「今はいつ?」
お姉ちゃんの視線が、ヒマワリ畑のイラストが描かれたカレンダーに向かう。
戸惑うのは当たり前で、部屋のほとんどの物があの時のまま。
「5月」
「いつの?」
「翌年」
「もうじき一年になるんだ」
「‥‥‥うん」
お姉ちゃんがいなくなって。
考えるだけで涙が浮かんでくる。
「麻帆、高校生になってるんだよね」
いきおいよくあたしに向けたお姉ちゃんのきらきらした顔を見ると、涙はしゅっと引っ込んだ。
「お姉ちゃんと同じ高校に入れたよ」
「そうなの? 麻帆頑張ったんだね。えらいね」
頭を撫で撫でしてくれる。触れられている感じがなくても、あたしの中にはお姉ちゃんに触れてもらっていた記憶がある。だからとっても嬉しい。
「調理科?」
「看護科だよ」
「え? 看護? 麻帆、看護師になりたいって言ってたっけ?」
お姉ちゃんが目をぱちぱちさせる。
「ううん。両方とも受験したら、看護科も受かったから」
「以外だな。麻帆が看護科に通うなんて。勉強、大変でしょう」
お姉ちゃんの声には実感がこもっていた。お姉ちゃんもやっぱり大変だったんだ。
「うん。かなり」
「覚えることが多いし、用語は難しいし。看護実習の時は毎日泣いてたもん」
「毎日泣いてたの? 知らなかった」
お姉ちゃんが泣いている姿なんて、一度も見たことがない。笑顔で帰ってきてたし、ご飯ももりもり食べていた。
「そりゃ、隠してたから。家族に心配かけちゃうし、自分が選んだ道だから頑張らないとって、必死だったな」
懐かしそうに遠くを見つめる姿に、あたしの胸がちくちくと痛む。その頑張りを奪ってしまったから。
「ごめん。お姉ちゃん頑張ってたのに、無駄になっちゃった」
「やだあ。麻帆のせいじゃないよ。私の体力がなかったせいだから」
落ちこむあたしを、明るい声で励ましてくれる。お姉ちゃん良い人過ぎるんだよ。
コンコンコンとドアが鳴って、びっくりした。
「麻帆? 電話でもしてるの? パパ帰ってきたから、お姉ちゃんを戻して欲しいの」
ママだった。
「あ、うん」
慌てて、普通に返事をしてしまった。阻止したくて骨壺を持って引きこもったのに、納得したと思われそう。
「そうだそうだ。私の骨のことだけど」
お姉ちゃんが思い出したように、少し早口で言った。
「ママが、納骨するって」
納得していないあたしが口を尖らせて言うと、
「していいよ」
「え!」
思ってもなかった返事。
「お姉ちゃんの家はここだよ」
「私はここにいるから、大丈夫。納骨して、ね?」
落ち着いた声で、ゆっくりと言った。
お姉ちゃんの目を見つめる。
ママ似のあたしは切れ長で、お姉ちゃんはパパ似の垂れ目。
優しくて、温かい目で見つめられる。
「お姉ちゃんがそう言うなら、わかった」
本人が言うんだから、従う以外の選択肢はあたしにはない。もっとわがままになってもいいと思うんだけどな、お姉ちゃんは。
「ありがとう」
「じゃあ、パパとママのところに行こうか」
「うん」
お姉ちゃんに促されて、部屋に持って来た骨壺を抱えた。
ベッドで隣に座って、あたしが泣き止むまで待ってくれていた。
ママは諦めたのか、扉を叩く音や私を呼び掛ける声はすっかり止まっている。
「お姉ちゃん、ずっと家にいたの?」
「わからないの。いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。しっかりと意識を持ったのは、今が初めてだから」
「お姉ちゃん、やっぱり、幽霊‥‥‥なんだよね」
重ねられたお姉ちゃんの手の下に、あたしの手が透けて見える。体温もまったく感じない。
「そうみたいだね」
お姉ちゃんの声に深刻さが全然感じられなくて、反対に、
「なんか楽しんでる?」
「うん。こんな経験するなんて、思ってもなかったもん」
とても明るい声だった。
「今はいつ?」
お姉ちゃんの視線が、ヒマワリ畑のイラストが描かれたカレンダーに向かう。
戸惑うのは当たり前で、部屋のほとんどの物があの時のまま。
「5月」
「いつの?」
「翌年」
「もうじき一年になるんだ」
「‥‥‥うん」
お姉ちゃんがいなくなって。
考えるだけで涙が浮かんでくる。
「麻帆、高校生になってるんだよね」
いきおいよくあたしに向けたお姉ちゃんのきらきらした顔を見ると、涙はしゅっと引っ込んだ。
「お姉ちゃんと同じ高校に入れたよ」
「そうなの? 麻帆頑張ったんだね。えらいね」
頭を撫で撫でしてくれる。触れられている感じがなくても、あたしの中にはお姉ちゃんに触れてもらっていた記憶がある。だからとっても嬉しい。
「調理科?」
「看護科だよ」
「え? 看護? 麻帆、看護師になりたいって言ってたっけ?」
お姉ちゃんが目をぱちぱちさせる。
「ううん。両方とも受験したら、看護科も受かったから」
「以外だな。麻帆が看護科に通うなんて。勉強、大変でしょう」
お姉ちゃんの声には実感がこもっていた。お姉ちゃんもやっぱり大変だったんだ。
「うん。かなり」
「覚えることが多いし、用語は難しいし。看護実習の時は毎日泣いてたもん」
「毎日泣いてたの? 知らなかった」
お姉ちゃんが泣いている姿なんて、一度も見たことがない。笑顔で帰ってきてたし、ご飯ももりもり食べていた。
「そりゃ、隠してたから。家族に心配かけちゃうし、自分が選んだ道だから頑張らないとって、必死だったな」
懐かしそうに遠くを見つめる姿に、あたしの胸がちくちくと痛む。その頑張りを奪ってしまったから。
「ごめん。お姉ちゃん頑張ってたのに、無駄になっちゃった」
「やだあ。麻帆のせいじゃないよ。私の体力がなかったせいだから」
落ちこむあたしを、明るい声で励ましてくれる。お姉ちゃん良い人過ぎるんだよ。
コンコンコンとドアが鳴って、びっくりした。
「麻帆? 電話でもしてるの? パパ帰ってきたから、お姉ちゃんを戻して欲しいの」
ママだった。
「あ、うん」
慌てて、普通に返事をしてしまった。阻止したくて骨壺を持って引きこもったのに、納得したと思われそう。
「そうだそうだ。私の骨のことだけど」
お姉ちゃんが思い出したように、少し早口で言った。
「ママが、納骨するって」
納得していないあたしが口を尖らせて言うと、
「していいよ」
「え!」
思ってもなかった返事。
「お姉ちゃんの家はここだよ」
「私はここにいるから、大丈夫。納骨して、ね?」
落ち着いた声で、ゆっくりと言った。
お姉ちゃんの目を見つめる。
ママ似のあたしは切れ長で、お姉ちゃんはパパ似の垂れ目。
優しくて、温かい目で見つめられる。
「お姉ちゃんがそう言うなら、わかった」
本人が言うんだから、従う以外の選択肢はあたしにはない。もっとわがままになってもいいと思うんだけどな、お姉ちゃんは。
「ありがとう」
「じゃあ、パパとママのところに行こうか」
「うん」
お姉ちゃんに促されて、部屋に持って来た骨壺を抱えた。
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