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第二部 海野汐里
24 開けた道
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3月、期末考査の採点が終了してから、私は担任に呼ばれた。
進路指導室に入ると、担任と学年主任、調理科の担任と副校長、そしてママが待っていた。
担任の水原真樹先生を除いて男性教諭ばかりで、その仰々しさに、ちょっと怖気づく。ママがいてくれてほっとした。
ママの隣に用意されていた席に着くと、水原先生が紙の資料を手に取った。
「海野さん、期末考査が終わって、一年間の成績の結果が出揃いました」
「はい」
少し緊張する。結果は悪くないはず。
「転科の条件だった一般教科は、すべて平均点を上回っています。頑張りましたね」
ほっとして、肩から力が抜けた。これで普通科への転科は認められるはず。
「転科についてはクリアしました。希望は調理科ということでしたけれど、変わりありませんか」
私を見てくる先生方を代表して、水原先生の目をしっかりと見て返事をする。
「はい。可能なら調理科に転科にしたいです」
「調理科の安堂です。海野さんは、料理がお好きですか?」
水原先生の左隣に座っていた、安堂先生に質問されたので、顔を向けた。
「はい。好きです。家でも作っています。家庭料理ですけど。将来、食に携わる仕事に就ければと思っています」
安堂先生は何度か頷いた。
「食は生きるのに、すごく大切なことです。わたしたちの体を作るからだけではなく、心にも影響を与えます。美味しい物を食べてほっとしたり癒されたり。食卓を囲んで楽しい思い出を作ることもできます。半面、アレルギーや家庭環境のために、命の危機にさらされる人もいます。ただ好きだけでは務まらない厳しい面もあります。正しい知識を学んで、海野さんと、海野さんの周囲の人の人生を、幸せにしてさしあげてください」
「え? ということは‥‥‥」
「海野さんの転科を認めます。ようこそ調理科へ」
「は、はい! ありがとうございます」
思わず立ち上がって、先生たちに向かって深く頭を下げていた。
麻帆の希望が叶って、調理科への転科が決まった。
でも、浮かれてはいられなかった。
一年間の遅れを補うため、特別授業を受けることになった。
安堂先生が責任を持って教えますと請け負ってくださった。
プリントが渡され、必要な物がリストアップされていた。
一年生と二年生の教科書、実習で使うコックコート、菜切り包丁、牛刀、ペティナイフを注文する。
けっこうな金額が一気に出て行くことに、申し訳ない気持ちになった。でも、きっと麻帆のためになるはずだから。なんなら私の保険金使って、って言いたくなったけれど、言えるわけがないので、両親にお礼を言わないといけない。麻帆に替わって。
注文後、安堂先生が二年B組の教室と実習室を案内してくれた。
「調理科は42名生徒がいます。男女比は同じくらいです。今年は退学や転科する生徒はいませんでした」
「いなかったんですか? 定員がいっぱいだったら転科はできないと聞きました」
「海野さんは、去年看護科と調理科の両方を受験していましたね。どちらかがダメだったら合格だった方に進学できるようにと」
「はい」
はいと答えたものの、私は知らなかった。
「面接官の一人に私がいたのですよ。あなたが料理をしてきたのは誰のためですか、と訊ねたら、海野さんは姉のために作ってきましたと、泣きそうな顔で言いました。表情の理由を後日知って、お姉さんとのたくさんの思い出が、料理にあったのだろうなと想像できました。どちらも受かった海野さんは、お姉さんと同じ道を選んでいました。少し残念に思っていたのです」
心臓が鷲掴みされたように、きゅっと苦しくなった。
麻帆が、私との思い出を受験の理由にしていたなんて。知らなかった。
ただ料理が好きなだけだと思っていた。とても美味しい物を作ってくれるから、麻帆はすごいねとたくさん褒めた。それが麻帆のモチベーションになっていたのだろうか。
「転科を希望していると聞いた時、調理科に受け入れてあげたいと思ったのです。定員の問題はたしかにありましたが、特例を認めてもらえるように働きかけました。許可がもらえた時、心の底から良かったと、私は思いました」
調理科に転科するためには、誰かが脱落しないといけない。そんな酷いことは願えない。だから諦めないといけないかと思っていた。
先生が動いてくれて、学校が認めてくれた。寛容な先生方に感謝でいっぱいになった。
麻帆をありがとうございます、と一人ひとりに頭を下げてお礼を言いに回りたいぐらいだった。
「安堂先生、ありがとうございます」
「一年の遅れは大きいですよ。しっかり勉強して、ついて来るように。いいですね」
「はい。よろしくお願いします」
安堂先生に向けて、私はしっかりと頷いた。麻帆の代わりに。私が頑張る。
不安はあるけれど、泣き言は許されないと、決意を固めた。
進路指導室に入ると、担任と学年主任、調理科の担任と副校長、そしてママが待っていた。
担任の水原真樹先生を除いて男性教諭ばかりで、その仰々しさに、ちょっと怖気づく。ママがいてくれてほっとした。
ママの隣に用意されていた席に着くと、水原先生が紙の資料を手に取った。
「海野さん、期末考査が終わって、一年間の成績の結果が出揃いました」
「はい」
少し緊張する。結果は悪くないはず。
「転科の条件だった一般教科は、すべて平均点を上回っています。頑張りましたね」
ほっとして、肩から力が抜けた。これで普通科への転科は認められるはず。
「転科についてはクリアしました。希望は調理科ということでしたけれど、変わりありませんか」
私を見てくる先生方を代表して、水原先生の目をしっかりと見て返事をする。
「はい。可能なら調理科に転科にしたいです」
「調理科の安堂です。海野さんは、料理がお好きですか?」
水原先生の左隣に座っていた、安堂先生に質問されたので、顔を向けた。
「はい。好きです。家でも作っています。家庭料理ですけど。将来、食に携わる仕事に就ければと思っています」
安堂先生は何度か頷いた。
「食は生きるのに、すごく大切なことです。わたしたちの体を作るからだけではなく、心にも影響を与えます。美味しい物を食べてほっとしたり癒されたり。食卓を囲んで楽しい思い出を作ることもできます。半面、アレルギーや家庭環境のために、命の危機にさらされる人もいます。ただ好きだけでは務まらない厳しい面もあります。正しい知識を学んで、海野さんと、海野さんの周囲の人の人生を、幸せにしてさしあげてください」
「え? ということは‥‥‥」
「海野さんの転科を認めます。ようこそ調理科へ」
「は、はい! ありがとうございます」
思わず立ち上がって、先生たちに向かって深く頭を下げていた。
麻帆の希望が叶って、調理科への転科が決まった。
でも、浮かれてはいられなかった。
一年間の遅れを補うため、特別授業を受けることになった。
安堂先生が責任を持って教えますと請け負ってくださった。
プリントが渡され、必要な物がリストアップされていた。
一年生と二年生の教科書、実習で使うコックコート、菜切り包丁、牛刀、ペティナイフを注文する。
けっこうな金額が一気に出て行くことに、申し訳ない気持ちになった。でも、きっと麻帆のためになるはずだから。なんなら私の保険金使って、って言いたくなったけれど、言えるわけがないので、両親にお礼を言わないといけない。麻帆に替わって。
注文後、安堂先生が二年B組の教室と実習室を案内してくれた。
「調理科は42名生徒がいます。男女比は同じくらいです。今年は退学や転科する生徒はいませんでした」
「いなかったんですか? 定員がいっぱいだったら転科はできないと聞きました」
「海野さんは、去年看護科と調理科の両方を受験していましたね。どちらかがダメだったら合格だった方に進学できるようにと」
「はい」
はいと答えたものの、私は知らなかった。
「面接官の一人に私がいたのですよ。あなたが料理をしてきたのは誰のためですか、と訊ねたら、海野さんは姉のために作ってきましたと、泣きそうな顔で言いました。表情の理由を後日知って、お姉さんとのたくさんの思い出が、料理にあったのだろうなと想像できました。どちらも受かった海野さんは、お姉さんと同じ道を選んでいました。少し残念に思っていたのです」
心臓が鷲掴みされたように、きゅっと苦しくなった。
麻帆が、私との思い出を受験の理由にしていたなんて。知らなかった。
ただ料理が好きなだけだと思っていた。とても美味しい物を作ってくれるから、麻帆はすごいねとたくさん褒めた。それが麻帆のモチベーションになっていたのだろうか。
「転科を希望していると聞いた時、調理科に受け入れてあげたいと思ったのです。定員の問題はたしかにありましたが、特例を認めてもらえるように働きかけました。許可がもらえた時、心の底から良かったと、私は思いました」
調理科に転科するためには、誰かが脱落しないといけない。そんな酷いことは願えない。だから諦めないといけないかと思っていた。
先生が動いてくれて、学校が認めてくれた。寛容な先生方に感謝でいっぱいになった。
麻帆をありがとうございます、と一人ひとりに頭を下げてお礼を言いに回りたいぐらいだった。
「安堂先生、ありがとうございます」
「一年の遅れは大きいですよ。しっかり勉強して、ついて来るように。いいですね」
「はい。よろしくお願いします」
安堂先生に向けて、私はしっかりと頷いた。麻帆の代わりに。私が頑張る。
不安はあるけれど、泣き言は許されないと、決意を固めた。
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