5 / 68
第5話 瞳に触れた瞬間(とき)
しおりを挟む
会社の入り口には、すでに黒い車が静かに停まっていた。
後部座席のドアを開けて、社長が乗るのを待つ。
「隣に座って」
「あっ。僕は助手席で。」
「……隣」
「は…い。」
その声に逆らえず、僕はおとなしく後部座席の社長の隣に腰を下ろした。
社長の隣に座るなんて緊張するから、助手席が良かったのに。息が詰まりそうだ。
ドアが閉まり、車が静かに発進すると、運転席との間に黒くスモークのかかった仕切りガラスが、音もなくすっと降りてきた。
「えっ?」
予想外の密室感に驚いていると社長と目が合った。
――キィィィン。
また、だ。耳の奥を突き抜ける、あの高い音。思わず身をすくめる。
社長と目が合うと耳鳴りがする?
戸惑う僕に、社長は静かに手を伸ばし、僕の髪にそっと触れた。
触れられた瞬間、嘘のように耳鳴りが止んだ。
「やっぱり」
「あっ。あの……やっぱりって……」
戸惑いのまま社長を見返すと、唇が触れ合うほどの距離にまで迫っていた。
「ま、待って──」
「やめてほしいなら、目をそらせばいい。そらさないなら、受け入れたってことだから」
まるで試すような声。優しく、それでいて逃げ道を与えない言葉。
そして次の瞬間、唇が重なった。やわらかく、でも逃れられない。
「んっ……まっ……」
息がうまく吸えない。
何かを確かめるように、社長の指がまた僕の耳の後ろをなぞる。
(なに……これ……?逆らえない)
されるがままでいると、ふいに社長の唇が離れた。
「あ、の……今のって……」
問いかけようとしたとき、レイはいつもの無表情でつぶやいた。
「着いた。……降りよう」
先ほどまでの冷たいまなざしが、ほんのわずかに、柔らかくなったような気がした。
唇の温度が、まだ自分の中に残っている。
自然に受け入れてしまった自分に戸惑いを覚えながら、そっと自分の唇に指を当てた。
「お待ちしておりました」
お店に入ると、今までにないくらい丁寧な接客に慌ててしまった。まるで別世界に来たみたいだ。
「こっち」
社長に促されて、フィッティングルームへ。スタッフからスーツを手渡される。
「サイズが合ってるか確認して。そこで待ってるから、終わったら来て」
「……はい」
言われるがままにフィッティングルームでスーツに袖を通した。
(え……。どうして……?)
自分の体にぴったりフィットしているスーツに靴。
すべてのことが把握されているかのように、完璧に合っていた。
着替えを終えて社長のもとへ向かうと、視線がまっすぐ自分に注がれた。
その視線に戸惑い、どこを見ればいいのか分からなくなる。
「ん。似合ってる。首、きつくない?」
ネクタイを直されながら、低く優しい声で聞かれる。
「大丈夫です」
うつむきながら僕は答える。
「わかった。じゃ、行こう」
「え?えっ、このまま?」
「会社に戻る」
「あの……お会計は?」
その問いに返事はなく、僕は社長に手を引かれて、また車に乗り込んだ。
そして、車の中では行きと同じように、唇が重なった。
ただ、違うのは、それが甘く、深く、長く落ちてくるようなキスだった。
後部座席のドアを開けて、社長が乗るのを待つ。
「隣に座って」
「あっ。僕は助手席で。」
「……隣」
「は…い。」
その声に逆らえず、僕はおとなしく後部座席の社長の隣に腰を下ろした。
社長の隣に座るなんて緊張するから、助手席が良かったのに。息が詰まりそうだ。
ドアが閉まり、車が静かに発進すると、運転席との間に黒くスモークのかかった仕切りガラスが、音もなくすっと降りてきた。
「えっ?」
予想外の密室感に驚いていると社長と目が合った。
――キィィィン。
また、だ。耳の奥を突き抜ける、あの高い音。思わず身をすくめる。
社長と目が合うと耳鳴りがする?
戸惑う僕に、社長は静かに手を伸ばし、僕の髪にそっと触れた。
触れられた瞬間、嘘のように耳鳴りが止んだ。
「やっぱり」
「あっ。あの……やっぱりって……」
戸惑いのまま社長を見返すと、唇が触れ合うほどの距離にまで迫っていた。
「ま、待って──」
「やめてほしいなら、目をそらせばいい。そらさないなら、受け入れたってことだから」
まるで試すような声。優しく、それでいて逃げ道を与えない言葉。
そして次の瞬間、唇が重なった。やわらかく、でも逃れられない。
「んっ……まっ……」
息がうまく吸えない。
何かを確かめるように、社長の指がまた僕の耳の後ろをなぞる。
(なに……これ……?逆らえない)
されるがままでいると、ふいに社長の唇が離れた。
「あ、の……今のって……」
問いかけようとしたとき、レイはいつもの無表情でつぶやいた。
「着いた。……降りよう」
先ほどまでの冷たいまなざしが、ほんのわずかに、柔らかくなったような気がした。
唇の温度が、まだ自分の中に残っている。
自然に受け入れてしまった自分に戸惑いを覚えながら、そっと自分の唇に指を当てた。
「お待ちしておりました」
お店に入ると、今までにないくらい丁寧な接客に慌ててしまった。まるで別世界に来たみたいだ。
「こっち」
社長に促されて、フィッティングルームへ。スタッフからスーツを手渡される。
「サイズが合ってるか確認して。そこで待ってるから、終わったら来て」
「……はい」
言われるがままにフィッティングルームでスーツに袖を通した。
(え……。どうして……?)
自分の体にぴったりフィットしているスーツに靴。
すべてのことが把握されているかのように、完璧に合っていた。
着替えを終えて社長のもとへ向かうと、視線がまっすぐ自分に注がれた。
その視線に戸惑い、どこを見ればいいのか分からなくなる。
「ん。似合ってる。首、きつくない?」
ネクタイを直されながら、低く優しい声で聞かれる。
「大丈夫です」
うつむきながら僕は答える。
「わかった。じゃ、行こう」
「え?えっ、このまま?」
「会社に戻る」
「あの……お会計は?」
その問いに返事はなく、僕は社長に手を引かれて、また車に乗り込んだ。
そして、車の中では行きと同じように、唇が重なった。
ただ、違うのは、それが甘く、深く、長く落ちてくるようなキスだった。
39
あなたにおすすめの小説
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜
小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!?
契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。
“契約から本物へ―”
愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。
※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。
※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。
※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。
※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。
予めご了承ください。
※更新日時等はXにてお知らせいたします
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる