転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ

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 その日、少女はいきなり屋敷の偉い人に呼び出され、一人の嬰児を託された。
 そして言われたのだ。

『この子を連れて逃げろ』

 と。

 しかしただ逃げろと言われても何のことだかわからない。

 その偉い人は少女にとって年の離れた兄弟子に当たる人で信頼感はある。
 だが状況が分からなければ何をどうしていいかがわからない。これは全く別の話だ。

 いぶかしがる少女に上司は、つまりリュメルクローテ伯爵家の侍従長はこの子が魔法の才能を持っていないことを伝えた。
 少女も貴族家で侍女をやっているのでこういわれれば大体の所は分かる。

 魔法が使えてこそ貴族。
 有能な魔法使いであることが貴族の埃…いや誇り。

 魔法の才能を持たない子供が内々に里子に出されるようなことはままあるのだ。

「ですが大丈夫なのですか? お妾さんとかならともかく、この子は奥様のお子のはずです」

 正妻の産んだ子供、しかも初めての子供がいなくなって大丈夫か? 当然の疑問だった。

「問題ありません、時間がかかったことでもわかるでしょうがかなりの難産で回復魔法と痛み止めなどで姫様の意識は半ばもうろうとしておられた。
 そしてこの子は双子だったのです」

 同じ女の身で自分が生んだ子供が分からなくなるなどということがあるだろうか?
 そんな疑問もわくが、確かに状況は大丈夫なことを示している。

「ですが双子だったことがまずかったのです。片方はかなり魔法の才能に恵まれている様子。
 それがこの子の立場をさらに悪くしています。
 誰にも気づかれないうちに隠れてしまうのがこの子のためでしょう」

 それにと侍従長は思う。
 彼の記憶の中に引っ掛かる一つの事例。
 この子に万が一のことがあるとまずいことになるかもしれない。

「いや、今は仕方ありません、当面必要だと思われる現金は用意しました。
 この収納袋に500金貨分、小銭を混ぜて入れてあります。
 当面はこれでしのいでください。
 状況がはっきりし次第連絡を取りますので、このカードを身分証に、わたし用意した身分詐称アンダーカバー用のカードです」

「治療術士ギルドですね」

「はい、ご自分のものは使わないように。これは私しか知りませんから追跡もできないと思います。
 あなたの給金は定期的に特別手当込みで振り込みますからご安心を」

 500金貨あれば当分心配ないような気がしたが、別に断るような話でもない。
 ちなみに1金貨は10万円ほどだから500金貨は5000万円ほどになる。
 しかもこの世界。物価が安いので1金貨(10万円)あれば四人家族が余裕で一か月暮らせる。

「ではお願いします」

「侍従長はそういうと嬰児を少女に渡す。
 少女は生まれたばかりの赤ん坊を始めてその手に抱いて…そして魅了された。

「なななっ、なんていとおしい」

 可愛いとは言わない。本当に生まれて間もないのでちょっとお猿さんなのだ。
 それでももそもそ動く小さな命の輝きは年若い少女を魅了するものだった。

 今、季節は冬。しかも夜だ。できるだけ温かいおくるみで赤子を包み。自分もコートだのなんだのを着こんですぐさま屋敷を出ていく。
 いつもはこんな時間に門を出ようとすれば誰何されるのが普通だが、今日は奥様の出産で大わらわで人の出入りが激しい。
 彼女が門をくぐって出て行くことを見とがめる者はいなかった。

 この王都でその少女を見かけたものはこれ以降いなかった。

◇・◇・◇・◇

「侍従長、いかがした」

「はい、内々に屋敷から片づけ●●●ました。問題ないかと」

 侍従長は少女を見送ってすぐに自分の主人であるルーザー・リュメルクローテ伯爵に報告のために面会した。
 伯爵は自室で酒を飲んでいた。

「そうか、まったく私の子供が無能だなどとあっていいことではない。今後に差し支える」

「しかし里子に出せばよかったのでは?」

「そうはいかん。当家は先代が大した魔法使いではなかった。
 私はなかなかだがな」

 そこで伯爵は愉悦に歪んだ笑顔を浮かべる。

「そこで生まれた子供が無能などということになったらどうなる?
 伯爵家の血統は無能の血統だと後ろ指をさされてしまうではないか」

「まさか、そのような…」

「いや、そうなる。
 母親はあの王国の花といわれた王女だぞ。
 みんなに愛される王女。
 くそ! 生まれた子供が無能となれば種が悪いと言われるに決まっているのだ。
 だがまあ、双子であったのは僥倖だった。しかもこちらは才能に恵まれている。
 あの出来損ないがいなくなれば伯爵家は安泰だ」

 先代は魔法が苦手ではあったが豪放磊落な性格で、同類の人たちからは愛されるジジイだった。侍従長も心からの敬意を抱いていた。
 だがその才能は息子には受け継がれなかったようだ。
 であれば才能は血統に由来しないのでは? と、侍従長は思ったが…それは言っても仕方がないこと。

(さて、明日…いや、もう今日か、早速支援体制を組んで若様の…)

 ズキリという痛みで思考が妨げられた。
 世界がブラックアウトしていく。
 ふらついて立っていられない…

「おい、侍従長、どうした?」

「誰か、医者を呼べ! 侍従長が倒れたぞー」

 そんな言葉を聞きながら彼は考える。

(これはいけません、脳をやりましたか…困りました。これを治せる治療術師は数えるほどしかいないのに…)

 彼は薄れゆく意識の中でそのわずかな治療術士を思い浮かべ、間に合うものがいないことを理解した。

(なんということだ、これでは彼女への支援体制が…)

 だがどうにもならないことというのは確かにあるのだ。
 この日、この屋敷から夜の闇に消えた一人の少女と嬰児のことを知るものはほんとにもう一人もいなくなってしまった。

 だからこの物語は始まる。
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