21 / 126
第3章 因子は揺らぐ
7-2 Doppelgänger(影法師)――豊島区
しおりを挟む『こちらウラベ。異常ありません。通信終わり』
『いちいち終わりを入れなくていいぜ、ウラベ。――ここは米軍じゃない』
昼下がりの住宅街――。
クラウディアがジープの助手席で、大仰にふんぞり返っている。この米軍の象徴でもある四輪車は窮屈な作りをしている。日本人の私ですらそう思うのだから、クラウディアはどう思っているのか。
窓硝子を前に倒し、すらりと長い脚をボンネットに突き出す。
ブーツに靴下、厚手のストッキングが肌を刺す寒さを退けているのだろうが。
――目のやり場に困る!
膝小僧を出した短めのスカートを凝視する訳にも行かず、クラウディアと同じように、晴れ渡る青空を同じように見上げるしかなかった。
『すみません』
『謝らなくてもいい。ただ……、暇だな』
――その通り。
昼下がりの住宅街の麗らかな空気にほだされ、もうかれこれ一時間も無為に時間を過ごしている。
移動する幽霊屋敷――。
我々はこの怪異を伝承にあやかり『迷い家』と呼称することにした。
クラスはコーション。
危害はないが要注視対象となる。現状では被害報告らしい物は無いが、気になる点は幾つもある。頻繁な目撃例、幽霊にしては一軒家という規模感の大きさ、向かう先の不透明さ。調査する必要は確かにあった。
『ですが、バーナードの整理通りだとしたら、こっちかあっちになるはずです。張り込まないと、見つけるモノも見つけられないですよ』
『……分かってるよ、そんなことは』
――バーナードの推理はこうだ。
東京に出現した『迷い家』は、蒲田区、大森区、荏原区、品川区……といった具合にぐるりと円を描く様に移動しており、必ずある施設の近くに現れていたのだ。
それは――銀行。
円を描くように、銀行の近くに『迷い家』は現れる。
ならば先回りすれば良い。当該地図から候補地点は3つに絞られたが、もし戦闘になった時二人でカバーし合わないと難しいと判断された。
――三カ所を二人ずつ。
隊長の指示により、デービッドとバーナード。隊長とマイク。私とクラウディアと相成り今に至る。まだ馴れない車の運転を土地勘でカバーしながら豊島区のある銀行の近く、人通りの少ない側道にジープを停め、見張っている訳だ。
『しかし、銀行の近くにだけ出現する怪異なんて随分奇特ですね』
『……こんな奴、パリにもいなかったぜ』
『パリだと、どんなのがいたんですか?』
クラウディアは米国系フランス人だ。かつてパルチザンに身を置き、ナチスドイツと闘っていた経歴を持つ。顔の傷は怪異だけでなく、ドイツ兵から撃たれた銃創も混じっているのだ。
だが、我々は『神聖同盟』――怪異と闘う組織である。
純粋な興味関心から、聞いてみたかった。
『ワーウルフやワイバーン、ベートとかだよ。……つまらん話だ、やめようぜ』
勇猛さはあれど、謙虚にて慎ましく。
まさしく、武人のようである。
『分かりました。じゃあ、どんな俳優が好きなんです?』
『なッ……! なんでそんな話題になる?!』
虚を突かれたのか、吹き出したクラウディアが飛び起きた。
『いや、午前中にデービッドと女優の話をしてたので、その逆を……』
『い、……いない!』
即答――。
俄に顔を赤らめて、ムキになって否定する。
どう見ても、誰かいるようにしか思えない。
『……ゲイリー?』
『違う……、あんな大根じゃない』
戦前、生活に余裕があった頃、見たことのあるハリウッド俳優を上げてみたが違ったらしい。
しかし大根とは――、酷い言いようである。
『……タイロン?』
『……当たりだぞ、ウラベ――』
本当か――!?
当てずっぽうが的中したらしい。
男勝りの戦闘狂でも、ちゃんと好きな俳優がいるのだ。
意外な人間らしさに感心してクラウディアの顔を眺めると、――彼女は目を見開き、真っ直ぐに正面を見つめ微動だにしない。
『クラウディア――?』
『当たりだって言ってるだろ、ウラベ! ヤツだ――!』
クラウディアの視線の先――。
挙動不審の男。
茶色の板塀で囲まれた路地を彷徨いている。
丸眼鏡、水筒、鳥打帽子――その全てが情報通りである。
さらにはっきりと特徴が掴める。灰色のコート、焦げ茶色のスーツ、真っ黒い靴。身長5尺5寸ほど。
目先50米――。
視線は惑いその挙動は虚ろ。……齢は四十代くらいだろうか。
『行くぞ――!』
『は、はい――!』
クラウディアが颯爽とジープの助手席から跳ね上がり、ボンネットから駆け出すように車体を揺らし、前方に跳躍した。
すらりと締まった長い脚が、空を切る――。
コートが中空でふわりと靡き、砂利を砕くように着地した。
3米を優に超える跳躍を見せ――私は瞬時見とれてしまった。
クラウディアは即座に駆け出し、その俊足を遺憾なく発揮する。
――まずい!
後部座席の機関銃の負い革を慌てて思い切り引っ張り、ドアを蹴破るように飛び出した。
すでにクラウディアは十米以上先を行く。
心臓を高鳴らせながら、乾いた砂利道をバタバタと走る――。
一生懸命走っているが、クラウディアの俊足に、少しずつ距離を離されてしまう。
『――急げウラベ!』
そんなことを言ったって。
銃を背負い体格も違う。こっちだって全力だ。
目一杯に息を吸いながら、揺れる機関銃《グリースガン》を押さえて走る。
そうこうしているうちに、男と目があう。
丸眼鏡の奥は、瞳が見えない。
――言うなれば闇、とでも言おうか。
暗く、黒く、計り知れない。
だが奴の身体は見た通りの反応――、つまり驚き、背を向け、逃げだし始めた。
「『待ちやがれこの野郎!』」
『それで止まる人はいませんよ!』
男が水筒と鞄を持ったままくるりと踵を返す。走り出した先は――板塀の路地。
路地は角を曲がると、すぐに姿が見えなくなるが、そうそう離れられるものではない。だからすぐに見つかるし、追いつけると思っっていた。
――だが、事態は思わぬ方に転んだ。
「『うっ――!』」
10秒もない逃亡劇の果て。
曲がり角の先で、クラウディアの声が詰まった。
青息吐息の私が追いつき、クラウディアの背中越しに見たもの。
それは、人質――。
男が通行人であろう女性女性の後ろに回り、緩やかに腕で首元を絞める格好を取っている。
右手には――水筒。
何が入っているか全く見当が付かないが、佇まいの不気味さも相まって、絶対に良くない物だと直感が告げる。
「『テメェ――!』」
クラウディアの特製革手袋が、ギチギチと音を立てる。
肌に感じる程の憤怒が、隣の私にもひしひしと伝わってくる。
「『くっ――』」
私はすかさず機関銃の銃口を男に向け、照準を定めた。照門から照星を捉え、その先には男と女が。
人質の女性は、大きめのサングラスを付け、短髪で大きな髪飾りを付けている。
身長は男と同じほど――女性にしてはやや高い。
焦げ茶色をした流行のベルトコートに、刺繍の入った赤いスカーフ――と、かなりお洒落な洋装である。
……現在の状況を理解しているのだろうか?
その口元は全く微動だにせず、それどころか微笑みを浮かべている始末である。
何故――?
全く見当が付かない。
人質を取っているはずの男の方が、微かに震えているくらいである。
「貴方達、――この男が何か分かる?」
日本語で私達に問うてきた――。
口調には不貞不貞しいほどの余裕。口元は不気味に笑い、右腕をするりとコートの中に忍ばせた。
遅滞なく取り出したのは――、回転式拳銃。
迷うことなく、滑らかに銃口を男の顎下にピタリと合わせた。
「『こいつは怪異よ』」
バン――ッ!
声と、念話と、銃声が、同時に耳と頭の中に響き渡った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
