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第3章 因子は揺らぐ
8-3 natural(建御名方)――代々木
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立川から代々木までの30粁程度の道程は、人と車の事故により思いの外時間が掛かった。焦燥から腕時計を見下ろせば、まだ17時を過ぎたばかりだ。
それでも闇はすでに濃く、誰何の先に人はなし。先行きの見えない鬱蒼とした暗闇が鎮座する。闇夜の鴉はおどろおどろしく声を響かせている。
……逢魔が時に神社に来るもんじゃない。
子どもの頃からの言いつけが、脳裏を過る。それでも、怪異を調査しなければならない。人の命が掛かっているかもしれないのだ。
「『ご苦労――』」
神社へ向かう階段に乗り付けた我々は、即座に降車し隊長が警備兵に軽く敬礼をした。警備に当たっている米兵の内2名が、捧げ銃で隊長の敬礼に応えた。
見た目はただの米兵――ジャケット、ヘルメット、ライフルを携えた、よく見る米兵である。しかし、彼らは『神聖同盟』の末端構成員。
今思えば『神聖同盟』が、どれだけ各国の軍中枢に浸透しているか私の想像の及ぶところではないが、この極東の島国の下士官にも協力者がいるくらいだ。
……背筋が僅かに寒くなった。
「『我々が中に入っている間は、部外者は誰一人通すな』」
「Sir,yes sir!」
それでも我々よりは米兵らしい米兵である。我々は軍隊としては弛緩しすぎているが故にそう見えるのかもしれないが。
鬱蒼とした林の向こう。
闇が渦巻く本殿は、階段の上。
もともと日本人の立ち入りが制限されており、この1年で境内は結構に荒れているらしい。その上、夜の神社である。人の通りは全くないといってもいい。周辺は僅かな人足で十分に封鎖できる。
『急ぎましょう――!』
『各自、チェックを怠るな』
ジープから飛び降り、すぐさま銃器を担ぎ出す。
消音器付機関銃が、擲弾銃が、消音器付コマンドカービンが、狙撃銃が――、ガチャガチャと金属音を立てて負い革を通して肩に掛けられる。クラウディアのみ手ぶらであるが――、その拳は十二分に破壊的である。
L型懐中電灯も腰や胸に携帯する。今この瞬間くらいは、なんとか無灯火でも見えるが、十分後にその保証はない。非番のマイクにもお呼びが掛かったが、彼は現在第8軍司令部との交渉中らしい。英国コマンド時代の伝手がいるらしく、口利きをしてもらっている。
――戦車と人員を借りられないか?
金の貸し借りでもあるまいに、あまりに物騒で豪気な借り物である。だがナチュラル相手には、それでもまったく心許ない。
ただ、戦車を使わない可能性もある。
それに越したことはない。
その可否は、――これから決まるのだ。
隊長を先頭に逆Vの字である傘型隊形で、階段を一歩ずつ慎重に歩みを進める。
各自の銃口が正面左右、暗闇蹲る闇を捉える。丸みを帯びた石造りの階段は、それ相応の年月を経ている。朽ちつつある神社に、近代兵器と肌を刺す緊張感、そして薄気味悪い闇が音もなく。
『人の声がしませんか?』
デービッドのライトが揺れる。仄暗い闇が鎮座する階段の上から、人の声、その実は呻き声らしきもの。
『全員気をつけて進め。キャサリン、何か分かったらすぐに連絡しろ』
『はい!』
機関銃の握把を握る手に、汗が滲む。キャサリンが我々の目を借りて周りを確認してはいるだろうが、――不穏である。
境内に近づくと、徐々に声は大きくなる。
確かに呻き声。だが――怪異のそれではなさそうだ。
人、男性の低い声である。
『あれは――』
上りきったその先で、真っ直ぐな石畳が本殿へと続いている。
本殿の前で、男が一人。
茶色い厚手の上着に灰色の着物姿で、地面をのたうち回っていた。
『神社前に男性を確認。日本人男性かと思われます』
『ウラベ、デービッド。先行して男性を救助。バーナードは鳥居付近で警戒。クラウディアは私と共に、ウラベ達の後衛につく』
『『『了解――』』』
私とデービッドが銃口を左右に向け、怪異を警戒しながら早歩きで接近する。
見ると、やはり日本人である。
年齢は30代くらいであろうか。
短髪で団子っ鼻が目に付く。
仰向けで呻き、藻掻く。手を中空を虚しく仰ぐばかりである。
「『大丈夫ですか、もしもし――』」
「……あ、あぁ……。――わぁッ! く、来るな――! 来ないでくれ」
男が突然声を荒げた。咄嗟に上体を起こすと、砕け腰に後退りをした。
「あぁ、頼む、頼むから――、もう許してくれ――」
手が空を舞い、拒絶、拒否、懊悩する。
――何を、許すのか。
許しを請うような悪事を行ったのだろうか。そう思った途端、キャサリンの叫びが念話で木霊した。
『み、皆さん! 周囲に弱い怪異反応があります! 数は10程度!』
『なにッ――!』
ハッと顔を見上げると――、眼前には薄ら白い影。暗闇に揺蕩う靄か霧。しかし、輪郭がぼんやりと人の形を成している。
顔、服装、性別すべて不明瞭。幽霊といった方が良さそうだ。
我々をぐるりと取り囲む。
『全員、発砲許可! 各個に攻撃開始――!』
命令を発するやいなや、隊長がホルスターから消音器付拳銃を素早く抜き、発砲を開始した。
遅れる訳にはいかない。私も白い靄に向かって機関銃の引き金を引き絞るように、単発射撃を開始した。
視界を埋め尽くすように光環――!
バチバチとフラッシュが、暗闇と白色の陰影が朽ちた神社に刻み込まれ、硝煙の香りが鼻腔を擽り、辺り一帯を埋め尽くす。
しかし――、おかしい。
手応えがまるでない。
わずか数発、光環の瞬き、数秒の銃火の後、煙のような怪異は悉く消え去ってしまった。
「『撃ち方止め!』」
『て、敵怪異の反応消失を確認!』
弱い反応と言っていたが、これはなんだ?
怪異にしてはあまりに儚い。
『……何だったんだ、今のは』
『分かりません。まず、男性の救助を』
男は社の片隅、柱の陰で目を閉じ耳を塞ぎ――怯え竦んでいる。ガタガタと震えるその様子は、捨てられた子どものように、見るも哀れである。
私は男に近づき声を掛けた――。
それでも闇はすでに濃く、誰何の先に人はなし。先行きの見えない鬱蒼とした暗闇が鎮座する。闇夜の鴉はおどろおどろしく声を響かせている。
……逢魔が時に神社に来るもんじゃない。
子どもの頃からの言いつけが、脳裏を過る。それでも、怪異を調査しなければならない。人の命が掛かっているかもしれないのだ。
「『ご苦労――』」
神社へ向かう階段に乗り付けた我々は、即座に降車し隊長が警備兵に軽く敬礼をした。警備に当たっている米兵の内2名が、捧げ銃で隊長の敬礼に応えた。
見た目はただの米兵――ジャケット、ヘルメット、ライフルを携えた、よく見る米兵である。しかし、彼らは『神聖同盟』の末端構成員。
今思えば『神聖同盟』が、どれだけ各国の軍中枢に浸透しているか私の想像の及ぶところではないが、この極東の島国の下士官にも協力者がいるくらいだ。
……背筋が僅かに寒くなった。
「『我々が中に入っている間は、部外者は誰一人通すな』」
「Sir,yes sir!」
それでも我々よりは米兵らしい米兵である。我々は軍隊としては弛緩しすぎているが故にそう見えるのかもしれないが。
鬱蒼とした林の向こう。
闇が渦巻く本殿は、階段の上。
もともと日本人の立ち入りが制限されており、この1年で境内は結構に荒れているらしい。その上、夜の神社である。人の通りは全くないといってもいい。周辺は僅かな人足で十分に封鎖できる。
『急ぎましょう――!』
『各自、チェックを怠るな』
ジープから飛び降り、すぐさま銃器を担ぎ出す。
消音器付機関銃が、擲弾銃が、消音器付コマンドカービンが、狙撃銃が――、ガチャガチャと金属音を立てて負い革を通して肩に掛けられる。クラウディアのみ手ぶらであるが――、その拳は十二分に破壊的である。
L型懐中電灯も腰や胸に携帯する。今この瞬間くらいは、なんとか無灯火でも見えるが、十分後にその保証はない。非番のマイクにもお呼びが掛かったが、彼は現在第8軍司令部との交渉中らしい。英国コマンド時代の伝手がいるらしく、口利きをしてもらっている。
――戦車と人員を借りられないか?
金の貸し借りでもあるまいに、あまりに物騒で豪気な借り物である。だがナチュラル相手には、それでもまったく心許ない。
ただ、戦車を使わない可能性もある。
それに越したことはない。
その可否は、――これから決まるのだ。
隊長を先頭に逆Vの字である傘型隊形で、階段を一歩ずつ慎重に歩みを進める。
各自の銃口が正面左右、暗闇蹲る闇を捉える。丸みを帯びた石造りの階段は、それ相応の年月を経ている。朽ちつつある神社に、近代兵器と肌を刺す緊張感、そして薄気味悪い闇が音もなく。
『人の声がしませんか?』
デービッドのライトが揺れる。仄暗い闇が鎮座する階段の上から、人の声、その実は呻き声らしきもの。
『全員気をつけて進め。キャサリン、何か分かったらすぐに連絡しろ』
『はい!』
機関銃の握把を握る手に、汗が滲む。キャサリンが我々の目を借りて周りを確認してはいるだろうが、――不穏である。
境内に近づくと、徐々に声は大きくなる。
確かに呻き声。だが――怪異のそれではなさそうだ。
人、男性の低い声である。
『あれは――』
上りきったその先で、真っ直ぐな石畳が本殿へと続いている。
本殿の前で、男が一人。
茶色い厚手の上着に灰色の着物姿で、地面をのたうち回っていた。
『神社前に男性を確認。日本人男性かと思われます』
『ウラベ、デービッド。先行して男性を救助。バーナードは鳥居付近で警戒。クラウディアは私と共に、ウラベ達の後衛につく』
『『『了解――』』』
私とデービッドが銃口を左右に向け、怪異を警戒しながら早歩きで接近する。
見ると、やはり日本人である。
年齢は30代くらいであろうか。
短髪で団子っ鼻が目に付く。
仰向けで呻き、藻掻く。手を中空を虚しく仰ぐばかりである。
「『大丈夫ですか、もしもし――』」
「……あ、あぁ……。――わぁッ! く、来るな――! 来ないでくれ」
男が突然声を荒げた。咄嗟に上体を起こすと、砕け腰に後退りをした。
「あぁ、頼む、頼むから――、もう許してくれ――」
手が空を舞い、拒絶、拒否、懊悩する。
――何を、許すのか。
許しを請うような悪事を行ったのだろうか。そう思った途端、キャサリンの叫びが念話で木霊した。
『み、皆さん! 周囲に弱い怪異反応があります! 数は10程度!』
『なにッ――!』
ハッと顔を見上げると――、眼前には薄ら白い影。暗闇に揺蕩う靄か霧。しかし、輪郭がぼんやりと人の形を成している。
顔、服装、性別すべて不明瞭。幽霊といった方が良さそうだ。
我々をぐるりと取り囲む。
『全員、発砲許可! 各個に攻撃開始――!』
命令を発するやいなや、隊長がホルスターから消音器付拳銃を素早く抜き、発砲を開始した。
遅れる訳にはいかない。私も白い靄に向かって機関銃の引き金を引き絞るように、単発射撃を開始した。
視界を埋め尽くすように光環――!
バチバチとフラッシュが、暗闇と白色の陰影が朽ちた神社に刻み込まれ、硝煙の香りが鼻腔を擽り、辺り一帯を埋め尽くす。
しかし――、おかしい。
手応えがまるでない。
わずか数発、光環の瞬き、数秒の銃火の後、煙のような怪異は悉く消え去ってしまった。
「『撃ち方止め!』」
『て、敵怪異の反応消失を確認!』
弱い反応と言っていたが、これはなんだ?
怪異にしてはあまりに儚い。
『……何だったんだ、今のは』
『分かりません。まず、男性の救助を』
男は社の片隅、柱の陰で目を閉じ耳を塞ぎ――怯え竦んでいる。ガタガタと震えるその様子は、捨てられた子どものように、見るも哀れである。
私は男に近づき声を掛けた――。
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