ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

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第5章 人の子と神の力と

14-4 Flotsam(ダゴン)――駿河湾

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 橙色の夕日が見渡す限り、空を海を染め上げる。天空より下りし白龍が潮風に揺られて海原を這う。視界いっぱいに鏤められた白金の輝きは風と共に透き通り、頭上高く吹き抜けていく。


 見上げ、見通し、振り向いて。
 サングラス越しに晴れやかさが眼球いっぱいに広がる。潮の香りは鼻腔を刺激し肺に満ちる。輝かしい夕日は黒くくすんだ街々過去を遥か遠くに望む。灰色に輝く鋼鉄の壁、高く聳える突起群レーダー


 万里の波濤を乗り越えて。
 勇ましき軍歌の一節を思わず口ずさんだ。


 ただしであるが。


「ロバート大佐! 元気そうだな!」
 船首に近い甲板で待機していると、隊長を呼ぶ声が響いた。
 私達を大仰に出迎えてくれたのは、この新鋭駆逐艦の艦長チャールズ・バートン海軍中佐である。やや突き出た顎と角張った頬が特徴的な――、映画にいそうな「ハンサムな叔父様」といった風情を漂わせている。


 夕映えに男前。
 着こなしもバッチリである。見た目にも、ハリウッドの映画男優にも引けを取らない。


「『それはお互い様だぞ。あの激戦をよく生き残ったな』」


 知人、いや戦友だ。
 髭が潮風に揺れ、力こぶを浮かべながら握手を交わした。艦長も服に隠れてはいるが、隊長の腕に振り回されていないところを見ると、かなりの筋肉質のようだ。
 懐かしむ過去。それは僅か2年前まで起きていた大戦争。


「幾度かで危険な目には遭ったが、一番危険だったのはだぞ」
「『ハハハ――、違いない。作戦が上手く行くかも分からなかったからな』」
 階級をも気にせず、意気揚々に冗談を交わす二人を尻目に、私と同じく姿勢を正しているデービッドに尋ねた。


『……よりも危険だったのか、は?』
『まぁ、恐怖は人それぞれですよ。艦長にとってはと、それに伴うパニックが一番恐ろしかったのでしょう』


 ――かつて。
 ヨーロッパをナチスドイツから解放した大君主オーヴァーロード作戦。艦艇が海を埋め尽くすほどに、膨大な人員、兵器が動員された『史上最大の作戦』である。しかし、その大作戦に参加する兵員、兵器らが上陸前に沈んでしまえば元の木阿弥である。
 船舶の安全な航行は何にも増して気を遣った。海底から忍び寄るUボート、雲の切れ間に現れる偵察機。脅威は上にも下にも現れるのだ。


 デービッドから聞いて知ったが、上陸までの作戦名は大君主オーヴァーロード作戦ではない。
 その名も『ネプチューン作戦』という。数千隻に及ぶ艦艇を、数十万人の兵士と兵器を乗せながら、大西洋の荒波を越えて欧州本土へ到達させる、途方もなくべらぼうな軍事行動。


 ところが。


「ネプチューンは現れず訳だな」
「『ハッハッハッ――、上手いな』」
 隊長が珍しく上機嫌に評した。


 ――セイレーン討伐。
 漆黒に染まる大西洋。
 果てしなく深い水底から響いてくる寂しげな歌声。


 甲高い声が旧式化した駆逐艦船内に――、いや、頭の中に響き渡り、乗員を恐怖のどん底に突き落とした。
 兵士の一部は狂ったように暴れ、一部は見境なく海面へ発砲し、一部は慈悲を請うように大声で泣き叫んだ。混乱の坩堝に墜ちた艦内に、チャールズ艦長の必死の説得も虚しく事態は一向に解決しない。
 ネプチューン作戦どころか、通常の運航もままならぬ。この異常事態を解決したのが、同乗していた隊長達だった。


『バーナードが舷側げんそくに設置されてた20ミリ機銃で人魚セイレーンを撃ったんですよ』
『……まぁ、見えたしな』
 デービッドの横でバーナードが石仏のような顔のまま、頷いた。


 付近の漂流物に乗り上げていた怪異セイレーン。
 仄暗い月夜に浮かぶその姿は……結局、良く見えなかったらしい。ドイツ軍機が上空にいるかも知れない状態で探照灯を使う訳にも行かず、ぼんやりと月明かりに浮かぶ漂流物と異形らしき物体目がけ、バーナードの『狙撃』で撃ちまくったというのが実際の所のようだ。
 赤く輝く曳光弾が人魚に吸い込まれるように着弾し、花火のように爆ぜ、漆黒の海に散ったを目視したと同時に歌声は消えた。


「……助けて貰った恩はきっちり返す。任務変更の理由なんざ適当で構わん。その気色悪い岩礁に行こうじゃないか!」


 そう。
 この新鋭駆逐艦は今、駿河湾に向かっている。


 駿河湾に現れた巨大怪異。なんとか『神聖同盟』本部とロバート隊長のつてにより、米国海軍第5艦隊に属する新鋭駆逐艦を1隻借り受けることになった。


 ……なんとも豪気な借り物だ。
 いつぞやの戦車の比ではない。
 和気藹々と話している隊長を眺めながら、私は静かに畏怖の念を覚えた。


 チャールズ艦長は少佐から中佐へ昇格し、戦後直後に竣工した最新鋭駆逐艦の艦長に任じられた。まだ生まれて2年も経っていないこのフネは――本来なら掃海任務には就かない。
 レイモンド・スプルーアンス提督率いる第5艦隊に属するこのフネは、何もなければ訓練目的でフィリピンに向かうはずだった。
 実弾を積み、人に目撃されぬよう夜陰に乗じる。駿河湾は見晴らしが良く、遠望の限りがないからこそ万全を期さねばならない。例え闇が蹲る海の上でも、である。


「まぁ、それでもゆっくりしていてくれ。巡航速度だと例の岩礁擬きまで5時間くらいだ」


 談笑を終え、艦長は隊長とバーナードを連れて艦内に戻っていった。
 残された私をはじめ、デービッド、マイク、クラウディアは銘々に狭いデッキを散策するしかない。一応部屋は宛がわれているが、少しは潮風と日の光を浴びねばならない。
 どうせ漆黒の闇で戦うことになるのだから。


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