ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

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最終章 未来に希望はあるか

19-5 戦艦大和撃沈指令――東シナ海

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「『これが――』」


 手渡された六つ切りの拡大写真。手紙の倍以上ある大きさの白黒写真に、は映っていた。
「……確かに戦艦大和ですね。263メートルの船体が、対角線上に綺麗に収まっています」


 直ぐさま牧野が唸った。
 確かに船体正面、向かって左斜め上から撮影されたほぼ全景。写真にすっぽり収まるように端から端までが対角線上に写っている。しかし263メートルだったとは。事前情報より大分大きい。


 それにしても――、流れるような船体だ。
 戦艦長門や金剛は昔から知っているが、ああいう直線的なフォルムではない。流線と丸みを帯びつつも、中央に聳え立つ艦橋部分と斜めに突き出た煙突のバランスが良い。大きめの主砲塔が3つ、並びも良い塩梅だ。


 しかし、だ。
 同じく一目見て気づく。
 


「……所々、大きな破損が見られます。沈没時に大爆発したとは聞いていましたが、思ったより形が残っているようです。それでも……」


 牧野が眼鏡をかけ直して凝視した。
 皆一様に思っているに違いない。
 


「やはりおかしい。艦橋の形状が極端に歪んでいます。設計時、艦橋、檣楼施設は強大な主砲の爆風に対するため、極めて重厚な艤装を行いました。きっと沈没時の大爆発、或いは海底に衝突する時に大きく破損したとは思うのですが……、こんなが大量に付着、補強して自立しているなんて、あり得ません」


 牧野に鋭く射貫かれた写真。
 元の姿を知る彼だからこそ、その異常性を一番に感じているのかも知れない。ただ、私達だって分かる。沈没前の姿を知らずとも。


「船体全体にこびり付いているような、このは一体何でしょうか? まるで破損した部位を補強するようじゃありませんか。第一主砲塔、第二主砲塔の上甲板から乾舷部分を筋状に横断し、第三砲塔付近、左舷側甲板から乾舷部分、僅かに見えるバルジに至るまで大きく覆っている。司令塔含む艦橋檣楼設備の全部が黒い塊による継ぎ接ぎのモザイク模様、……こんな奇妙なものは、沈む前まで絶対にありませんでした」


 設計者の断言。
 それは事実の確定。
 本来なら微細な箇所まで美しいフォルムを保っていたであろう戦艦大和。しかし写真に写っているのは、大小様々な着弾痕を黒い塊が、――まるで樹枝のように船体全体を補強し、歪で醜い穴埋めをしているような姿だ。穴の開いた鍋に、不器用に銅や鉄を継ぎ接ぎし、埋没箇所がささくれ立っている――この巨躯に、だ。


 現実世界にある訳がない。
 それ即ち怪異なり。


「『おい……この、黒いの……』」
 クラウディアの戸惑いにデービッドが頷く。
 それは私も同じだ。
「『と同じね。奴も同じ結晶を身に纏っていたわ』」
 ヒノエの言葉に皆が頷いている。


 ――
 やはり間違いない。
 大和は、戦艦大和は――黒き御方ナイアラルトテツプに。


「『あのクソ野郎、まだ生きてたのか!?』」
「『……いえ、消えたはずよ、間違いなく。ただね』」
 ヒノエが僅かに言い淀んだ。
「『奴が消える時、少し違和感はあったの。禍々しい太歳の気だけじゃなくて、――そう、何かが交じっていた様子だったわ』」
 喩えるならね、とヒノエは続けた。


「『加藤大尉を動かしていたという黒き御方ガ、この戦艦大和を動かシテいる……ト?』」
「『……予断は禁物よ。でも、似たような物がくっついている以上、少なくとも善意や、彷徨える魂ではないわね、決して。敵意と悪意の塊』」
 ミエコの溜め息にヒノエが継ぐ。


「『依代に選ばれた戦船いくさぶね大和。古きクニの名をその身に刻み、3000余名の命と共に没した依代を使う悪意は誰か……? それを調べるのも私達の仕事でしょうけど、楽に行くなら先に沈めてしまうのが得策な気もするわ』」


 意外を通り越した真理を、無慈悲に貫く乙女。
 ヒノエさんらしいし、そこがいい。


「『沈めるって……、米軍にまた攻撃させんのかよ?』」
「『元々沈んでた船なら、怪異の力で補修したって限界があるはずデスね。理に適ってるかも知れまセン』」
「『…………実はね』」
 俄に盛り上がった早期撃退論に、ヒノエが苦虫を噛み潰したような顔で唸った。


「『のよ』」


「『え――!?』」
「『しかも神聖化済みのMk13航空魚雷を数発』」
 米軍の通常行動にしては早すぎる。きっと、「ラセツ」でもなく「神聖同盟」本部のだろう。


「『でも結果は散々。投下した魚雷は全弾命中したのに、水柱が上がるだけで傾斜する気配も、沈む気配も全くないらしいわ』」
「既に両舷とも注排水機能は喪失しているはずです。のですから。ということは――」


「『この黒い結晶がすぐに穴を埋めた、か』」
 私の言葉に牧野が深く頷く。


「信じられませんが、そういうことなのでしょう。或いは、これは私が後悔していた事の一つでもあるんですが、この結晶が艦内にも存在し発泡性の浮力材と同じような機能を……、いえ……、推測で物を語るのは良くありませんね。ですが、この写真は他にもおかしなことだらけです」


「『――というと?』」
「煙突から排煙がありません。――つまり缶室ボイラーは動いていない。なのに艦尾方向に僅かな航跡が見えるので、仰っていた通り、。第1主砲塔は姿を保っているようですが、第2主砲塔、第3主砲塔共に尋常じゃない歪み方をしています。無理矢理黒い結晶が繋いでいるようですが、恐らく砲弾の発射は不可能でしょう。そしてなにより――」


 咳払い一つに、口角が下がる。
「左舷側に白い。乗船、下船時に使用するものですが、戦闘中は絶対に出しません」


 ――タラップ。
 乗り降りする用の梯子、或いは階段。輸送船でも軍艦でも、港に着岸した際に初めて出すものであって、航行中に出す訳がない。当たり前だ。


「『……』」
「『そうね』」
 ヒノエとミエコが合わせたように頷いている。それぞれが視線を交え、改めて拡大写真を見直す。


 ――戦艦大和。
 この鋼鉄くろがねの城に居座り、誘う怪異。


 黒き御方の名を皆は知っている。だが奴の正体を皆は知らない。秘密は甘美ならず、心肝を砕くばかり。口にも顔にも眼にも出せない不安と罪悪感に、輸送機の力強いエンジン音に耳を傾けながら瞼を閉じた。

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