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最終章 未来に希望はあるか
20-1 黒き御方――NYARLATHOTEP
しおりを挟む「……大和、ですね」
揺れるボートから大仰に見上げながら、牧野元大佐が呟く。航空写真解析の時点で高角砲の数から大和と推定していた彼だが、迫る巨城を前に現実を噛みしめているようだ。
「『大きすぎるぜ、こりゃあ』」
「『伊達に世界最大の戦艦じゃないわね』」
「『嘆きの壁――みたいですね』」
マイクとミエコだけじゃない。皆一様に息を呑んでいる。
漂流に近い速度しか出ていない大和に追いつくのは早く、夜明け前には目と鼻の先まで護衛空母が接近出来た。微速で左舷側に併走する位置に付けたものの、護衛空母の甲板から見る戦艦大和は、まさしく浮かべる城であった。
夜明けと共に光が薄曇りの天に満ち、この漆黒の廃城を照らし出し、一目と共に驚き、言葉を失い、武者震いする――皆同じ経験をした。
「『それでは、最終確認をするぞ。乗艦は左舷側タラップより行う』」
直接船体をぶつける訳にも行かず、ボートを降ろしてタラップから登る。我々のボートは既に波間に揺られながら、僅かに離れた大和に舳先を向けていた。ボートに持ち込まれた牧野の手書きの概略図――よく詳細まで描き込まれているものだが、昨夜の作戦会議でも活躍していた。
それにしても、降りたタラップである。
誘われている。
――それは分かっている。
「『チームを3つに分ける。まずマイク、デービッド、牧野さん、そして私が第一砲塔弾薬庫に残っていると推測される弾頭、装薬を神聖化し時限爆弾を仕掛ける』」
戦艦大和と護衛空母に挟まれた鉄の谷間で、隊長が概略図を指差す。
「『同時にウラベ、クラウディア、ミエコ、ヒノエのチームが怪異現象の解析を行う。調査と共に元凶となる怪異を発見し次第対処に当たる。発砲許可は常に降りている。……ウラベの眼や、ヒノエさんの千里眼や読心術が頼りだ。頼むぞ』」
「『あら、ロバート大佐ったら失礼ね。女の勘を忘れてるわよ』」
「『ハハハッ――、そりゃあ大事なもんだぜ大佐』」
ミエコの冗句に隊長も苦笑いに肩を竦めた。
「『それは失礼。何はともあれ、不可思議な事があったら念話で叫べ。もし牧野さんに必要な情報であれば、デービッドを介して翻訳する』」
それから――、隊長が大きく上を見上げた。
「『最後にバーナードとスティグラー博士、そして支援部隊だ。スティグラー博士は事態に備えタラップ付近で第二陣の支援部隊と共に待機。護衛空母の右舷側に設置されている機銃座で、甲板上に敵怪異が発生したら援護射撃を行う。人員の近くに敵怪異が現れた場合は、バーナードによる狙撃のみとする。いいか?』」
『――了解。いつでも撃てます』
直接姿は見えないが準備万端のようだ。
「『支援部隊は通信機の設置、火器弾薬を補給する目的で乗艦する。使用火器及びエスス本体の銃火器は全て神聖化済みだ。また、ヤマト周辺には支援部隊のボート及び通信機を同時に複数展開している。艦内の何処でもキャサリンの支援、エスス本隊にも連絡が可能だ。……聞こえているな? キャサリン』」
『ハイ、万事OKです!』
僅かに緊張の声色が透ける。唯一の居残り組として、遥か1500粁以上も離れた立川基地から我々を見晴るかす。
「『よし! 総員武器の最終点検。まもなく乗艦する』」
懸念された梅雨空の降雨もなく前線は南に下っているようだ。薄曇りの空は祝福とみるべきか、釣られているとみるべきか分からぬまま、『髭切』の背負い紐をぎゅっと握った。
見上げれば既にタラップは目の前で、眼前いっぱいに黒い鋼鉄の壁――水平に続いている舷窓が所々外れて真っ黒い穴が空いている。第三砲塔付近の舷側、つまりタラップのすぐ真後ろくらいはテカテカとした黒い結晶が剥き出しに悪意を放っていた。
……愈々。
ボートに揺れながら、くすんだ白地のタラップに近づく。岸壁を登るロープのように、か細く汚れた手摺りに隊長が手を掛けて勢いよく乗り込む。ギギ――と金属音が耳障りだが、壊れる気配はない。巨漢のテストをパスしたタラップに、恐る恐る、一人また一人と乗り込んでいく。
機関銃《グリースガン》の銃把が汗で滑る。
一段一段。ゆっくりとした足取りで登り詰め、ついに甲板に至った時、改めて戦艦大和の全貌が目に飛び込んで来た。
「『これは…………』」
遠望とは印象が全く異なる。
異様、異形、凄絶、惨禍が掻き混ぜられて其処彼処にぶちまけられた。台湾檜の美しい甲板は黒く変色し、黒結晶と爆発痕が彼方此方に剥き出しにあり、荒野の如く荒れ果ている。黒く輝く鋼鉄の城は所々大きく歪み、錆色にくすみ、岩石の如き結晶が生えている。銃弾痕、爆弾痕、激しい燃焼を窺わせる無惨な焦げ跡。
帝国の墓標――。
誰ともなく独り心の奥底で呟いた。
眼前の光景に皆、茫然と立ちすくむ。私だけではない。銘々が得物を握りしめながら言葉を失っていた。
「うッ――!」
突然、私の後ろで呻き声が聞こえた。振り返れば、ヒノエが口元を左手で押さえながら、顔面蒼白に錫杖にもたれ掛かっていた。
「『ヒ、ヒノエさんッ!?』」
慌てる私や皆に対し、彼女の蹌踉けを真後ろにいたミエコが静かに肩を支えた。
「『だ、……大丈夫、よ。ちょっと、見えただけ……』」
気丈に振る舞っても声に力はない。
――千里眼。
人の意志、残留思念が色を伴い見えるという。レフチェンコに誘拐された私を探し出せたのも、この力によると後から聞かされたが――、彼女には一体何が見えたのだろうか?
「『……無理しないでヒノエ。ここは3000人が高密度に亡くなった墓標よ。……口寄せなんか絶対にしちゃ駄目よ』」
「『ありがとう、ミエコ。でも……、大丈夫』」
健気に気丈に、その振る舞いを支える友の姿に僅かに胸が震える。気を取り直したヒノエが静かに面を上げた。
「『…………大丈夫、行きましょう。敵は近い、です』」
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