ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

文字の大きさ
112 / 126
最終章 未来に希望はあるか

20-1 黒き御方――NYARLATHOTEP

しおりを挟む



「……大和、ですね」


 揺れるボートから大仰に見上げながら、牧野元大佐が呟く。航空写真解析の時点で高角砲の数から大和と推定していた彼だが、迫る巨城を前に現実怪異を噛みしめているようだ。


「『大きすぎるぜ、こりゃあ』」
「『伊達に世界最大の戦艦じゃないわね』」
「『――みたいですね』」


 マイクとミエコだけじゃない。皆一様に息を呑んでいる。
 漂流に近い速度しか出ていない大和に追いつくのは早く、夜明け前には目と鼻の先まで護衛空母が接近出来た。微速で左舷側に併走する位置に付けたものの、護衛空母の甲板から見る戦艦大和は、まさしくであった。


 夜明けと共に光が薄曇りの天に満ち、この漆黒の廃城戦艦大和を照らし出し、一目と共に驚き、言葉を失い、武者震いする――皆同じ経験をした。


「『それでは、最終確認をするぞ。乗艦は左舷側タラップより行う』」


 直接船体をぶつける訳にも行かず、ボートを降ろしてタラップから登る。我々のボートは既に波間に揺られながら、僅かに離れた大和に舳先を向けていた。ボートに持ち込まれた牧野の手書きの概略図――よく詳細まで描き込まれているものだが、昨夜の作戦会議でも活躍していた。


 それにしても、降りたタラップである。
 
 ――それは分かっている。


「『チームを3つに分ける。まずマイク、デービッド、牧野さん、そして私が第一砲塔弾薬庫に残っていると推測される弾頭、装薬を神聖化し時限爆弾を仕掛ける』」
 戦艦大和と護衛空母エススに挟まれたくろがねの谷間で、隊長が概略図を指差す。
「『同時にウラベ、クラウディア、ミエコ、ヒノエのチームが怪異現象の解析を行う。調査と共に元凶となる怪異を発見し次第対処に当たる。発砲許可は常に降りている。……ウラベの眼や、ヒノエさんの千里眼や読心術が頼りだ。頼むぞ』」


「『あら、ロバート大佐ったら失礼ね。を忘れてるわよ』」
「『ハハハッ――、そりゃあ大事なもんだぜ大佐』」
 ミエコの冗句ジヨークに隊長も苦笑いに肩を竦めた。


「『それは失礼。何はともあれ、不可思議な事があったら念話で叫べ。もし牧野さんに必要な情報であれば、デービッドを介して翻訳念話する』」
 それから――、隊長が大きく上を見上げた。


「『最後にバーナードとスティグラー博士、そして支援部隊だ。スティグラー博士は事態に備えタラップ付近で第二陣の支援部隊と共に待機。護衛空母エススの右舷側に設置されている機銃座で、甲板上に敵怪異が発生したら援護射撃を行う。人員の近くに敵怪異が現れた場合は、バーナードによる狙撃のみとする。いいか?』」


『――了解。いつでも撃てます』
 直接姿は見えないが準備万端のようだ。


「『支援部隊は通信機の設置、火器弾薬を補給する目的で乗艦する。使用火器及びエスス本体の銃火器は全て神聖化済みだ。また、ヤマト周辺には支援部隊のボート及び通信機を同時に複数展開している。艦内の何処でもキャサリンの支援、エスス本隊にも連絡が可能だ。……聞こえているな? キャサリン』」


『ハイ、万事OKです!』
 僅かに緊張の声色が透ける。唯一の居残り組として、遥か1500キロ以上も離れた立川基地から我々を見晴るかす。


「『よし! 総員武器の最終点検。まもなく乗艦する』」
 懸念された梅雨空の降雨もなく前線は南に下っているようだ。薄曇りの空は祝福とみるべきか、とみるべきか分からぬまま、『髭切』の背負い紐をぎゅっと握った。
 見上げれば既にタラップは目の前で、眼前いっぱいに黒い鋼鉄の壁――水平に続いている舷窓が所々外れて真っ黒い穴が空いている。第三砲塔付近の舷側、つまりタラップのすぐ真後ろくらいはテカテカとした黒い結晶が剥き出しに悪意を放っていた。


 ……いよいよ


 ボートに揺れながら、くすんだ白地のタラップに近づく。岸壁を登るロープのように、か細く汚れた手摺りに隊長が手を掛けて勢いよく乗り込む。ギギ――と金属音が耳障りだが、壊れる気配はない。巨漢のテスト隊長の乗船をパスしたタラップに、恐る恐る、一人また一人と乗り込んでいく。


 機関銃《グリースガン》の銃把グリツプが汗で滑る。
 一段一段。ゆっくりとした足取りで登り詰め、ついに甲板に至った時、改めて戦艦大和の全貌が目に飛び込んで来た。


「『これは…………』」


 遠望とは印象が全く異なる。
 異様、異形、凄絶、惨禍が掻き混ぜられて其処彼処にぶちまけられた。台湾檜の美しい甲板は黒く変色し、黒結晶と爆発痕が彼方此方に剥き出しにあり、荒野の如く荒れ果ている。黒く輝く鋼鉄の城檣楼設備は所々大きく歪み、錆色にくすみ、岩石の如き結晶が。銃弾痕、爆弾痕、激しい燃焼を窺わせる無惨な焦げ跡。


 ――。


 誰ともなく独り心の奥底で呟いた。
 眼前の光景に皆、茫然と立ちすくむ。私だけではない。銘々が得物を握りしめながら言葉を失っていた。


「うッ――!」
 突然、私の後ろで呻き声が聞こえた。振り返れば、ヒノエが口元を左手で押さえながら、顔面蒼白に錫杖にもたれ掛かっていた。
「『ヒ、ヒノエさんッ!?』」
 慌てる私や皆に対し、彼女の蹌踉けを真後ろにいたミエコが静かに肩を支えた。


「『だ、……大丈夫、よ。ちょっと、だけ……』」
 気丈に振る舞っても声に力はない。


 ――千里眼。


 人の意志、残留思念が色を伴い見えるという。レフチェンコに誘拐された私を探し出せたのも、この力によると後から聞かされたが――、彼女には一体何が見えたのだろうか?


「『……無理しないでヒノエ。ここは3000人が亡くなった墓標よ。……なんか絶対にしちゃ駄目よ』」


「『ありがとう、ミエコ。でも……、大丈夫』」
 健気に気丈に、その振る舞いを支える友の姿に僅かに胸が震える。気を取り直したヒノエが静かに面を上げた。


「『…………大丈夫、行きましょう。敵は近い、です』」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...