恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

swingout777

文字の大きさ
3 / 80
第1章 左遷と「雇用を守る」嘘

子会社・総務フロア

しおりを挟む
改札を抜けると、空気がひとつ重くなっていた。地方都市の冬は、寒さより先に「黙り」が来る。タクシーの窓の外を流れる看板も、人も、どこか口数が少ない。

子会社ビルの受付で名刺を出すと、女性が一瞬だけ目を伏せた。笑顔はある。けれど、貼り付いた笑顔だ。

「本社から…ご足労ありがとうございます。総務フロアへご案内します」

“ご足労”という言い回しに、距離が詰まっている。歓迎の言葉の形をして、実際は牽制だ。

エレベーターの鏡に映る自分は、いつも通りのスーツ姿だった。髪も崩れていない。けれど、胸の内側にだけ、遅れてきた緊張がじわりと広がっていく。火事場は、入った瞬間に匂いがする。

総務フロアの入口には、スローガンのポスターが貼られていた。

『雇用を守るための統合』

白地に青文字。清潔で、正しい顔。だからこそ、嘘の匂いが際立つ。通り過ぎる社員たちの視線が、ポスターではなく私に刺さる。刺さって、すぐ逸れる。――本社人事。火消し屋。切る側。そういうラベルが、目の奥に並んでいる。

案内してくれた総務課長の吉岡が、小さな会議スペースに通した。机は整っているのに、椅子だけが微妙にずれている。ここは、さっきまで誰かが座っていた。話し合いがあった。怒鳴り声はなかったかもしれない。でも、沈黙の摩擦は残っている。

「まずは現場の状況を…」

吉岡は言いかけて、喉の奥で止めた。私を見る目が、迷っている。

「…本社からは、どこまで聞いてます?」
「“雇用を守るための統合”と」

私はポスターを指で軽く示し、

「現場が荒れている、くらいです」

吉岡の口元が、ほんの僅かに歪んだ。笑いでも、怒りでもない。諦めに近い形。

そのとき、背後のプリンターが吐き出した紙を、若い女性が慌てて引っ込めるのが視界の端に入った。印刷面を見せないように、胸に抱えて早足で去っていく。――見られて困る紙。ここでは、それが普通にある。

吉岡が咳払いをして、声を落とした。

「…あの、これ」

机の下から、茶色い封筒が滑り出てくる。宛名も、部署印もない。封はされていないのに、誰も開けていない顔をしている。

「“到着前に確認願います”の、やつです。パスワード、別便で送ります」
「どうして直接じゃなく、封筒なんですか」

吉岡は一拍置いてから、言った。

「社長に知られたら、揉めます」

私の指先が封筒の端に触れた瞬間、背中の空気がさらに冷えた。雇用を守るはずの統合で、最初に渡されるのが“隠すべき資料”。

封筒の中身はまだ見えない。なのに、もう煙の味がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

期間限定の関係のはずでは?〜傷心旅行に来たら美形店長に溺愛されてます〜

水無月瑠璃
恋愛
長年付き合った彼氏から最悪な形で裏切られた葉月は一週間の傷心旅行に出かける。そして旅先で出会った喫茶店の店長、花村とひょんなことから親しくなり、うっかり一夜を共にしてしまう。 一夜の過ちだとこれっきりにしたい葉月だが、花村は関係の継続を提案してくる。花村に好感を抱いていた葉月は「今だけだしいっか」と流されて関係を続けることになるが…。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

処理中です...