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第1章 左遷と「雇用を守る」嘘
子会社・総務フロア
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改札を抜けると、空気がひとつ重くなっていた。地方都市の冬は、寒さより先に「黙り」が来る。タクシーの窓の外を流れる看板も、人も、どこか口数が少ない。
子会社ビルの受付で名刺を出すと、女性が一瞬だけ目を伏せた。笑顔はある。けれど、貼り付いた笑顔だ。
「本社から…ご足労ありがとうございます。総務フロアへご案内します」
“ご足労”という言い回しに、距離が詰まっている。歓迎の言葉の形をして、実際は牽制だ。
エレベーターの鏡に映る自分は、いつも通りのスーツ姿だった。髪も崩れていない。けれど、胸の内側にだけ、遅れてきた緊張がじわりと広がっていく。火事場は、入った瞬間に匂いがする。
総務フロアの入口には、スローガンのポスターが貼られていた。
『雇用を守るための統合』
白地に青文字。清潔で、正しい顔。だからこそ、嘘の匂いが際立つ。通り過ぎる社員たちの視線が、ポスターではなく私に刺さる。刺さって、すぐ逸れる。――本社人事。火消し屋。切る側。そういうラベルが、目の奥に並んでいる。
案内してくれた総務課長の吉岡が、小さな会議スペースに通した。机は整っているのに、椅子だけが微妙にずれている。ここは、さっきまで誰かが座っていた。話し合いがあった。怒鳴り声はなかったかもしれない。でも、沈黙の摩擦は残っている。
「まずは現場の状況を…」
吉岡は言いかけて、喉の奥で止めた。私を見る目が、迷っている。
「…本社からは、どこまで聞いてます?」
「“雇用を守るための統合”と」
私はポスターを指で軽く示し、
「現場が荒れている、くらいです」
吉岡の口元が、ほんの僅かに歪んだ。笑いでも、怒りでもない。諦めに近い形。
そのとき、背後のプリンターが吐き出した紙を、若い女性が慌てて引っ込めるのが視界の端に入った。印刷面を見せないように、胸に抱えて早足で去っていく。――見られて困る紙。ここでは、それが普通にある。
吉岡が咳払いをして、声を落とした。
「…あの、これ」
机の下から、茶色い封筒が滑り出てくる。宛名も、部署印もない。封はされていないのに、誰も開けていない顔をしている。
「“到着前に確認願います”の、やつです。パスワード、別便で送ります」
「どうして直接じゃなく、封筒なんですか」
吉岡は一拍置いてから、言った。
「社長に知られたら、揉めます」
私の指先が封筒の端に触れた瞬間、背中の空気がさらに冷えた。雇用を守るはずの統合で、最初に渡されるのが“隠すべき資料”。
封筒の中身はまだ見えない。なのに、もう煙の味がした。
子会社ビルの受付で名刺を出すと、女性が一瞬だけ目を伏せた。笑顔はある。けれど、貼り付いた笑顔だ。
「本社から…ご足労ありがとうございます。総務フロアへご案内します」
“ご足労”という言い回しに、距離が詰まっている。歓迎の言葉の形をして、実際は牽制だ。
エレベーターの鏡に映る自分は、いつも通りのスーツ姿だった。髪も崩れていない。けれど、胸の内側にだけ、遅れてきた緊張がじわりと広がっていく。火事場は、入った瞬間に匂いがする。
総務フロアの入口には、スローガンのポスターが貼られていた。
『雇用を守るための統合』
白地に青文字。清潔で、正しい顔。だからこそ、嘘の匂いが際立つ。通り過ぎる社員たちの視線が、ポスターではなく私に刺さる。刺さって、すぐ逸れる。――本社人事。火消し屋。切る側。そういうラベルが、目の奥に並んでいる。
案内してくれた総務課長の吉岡が、小さな会議スペースに通した。机は整っているのに、椅子だけが微妙にずれている。ここは、さっきまで誰かが座っていた。話し合いがあった。怒鳴り声はなかったかもしれない。でも、沈黙の摩擦は残っている。
「まずは現場の状況を…」
吉岡は言いかけて、喉の奥で止めた。私を見る目が、迷っている。
「…本社からは、どこまで聞いてます?」
「“雇用を守るための統合”と」
私はポスターを指で軽く示し、
「現場が荒れている、くらいです」
吉岡の口元が、ほんの僅かに歪んだ。笑いでも、怒りでもない。諦めに近い形。
そのとき、背後のプリンターが吐き出した紙を、若い女性が慌てて引っ込めるのが視界の端に入った。印刷面を見せないように、胸に抱えて早足で去っていく。――見られて困る紙。ここでは、それが普通にある。
吉岡が咳払いをして、声を落とした。
「…あの、これ」
机の下から、茶色い封筒が滑り出てくる。宛名も、部署印もない。封はされていないのに、誰も開けていない顔をしている。
「“到着前に確認願います”の、やつです。パスワード、別便で送ります」
「どうして直接じゃなく、封筒なんですか」
吉岡は一拍置いてから、言った。
「社長に知られたら、揉めます」
私の指先が封筒の端に触れた瞬間、背中の空気がさらに冷えた。雇用を守るはずの統合で、最初に渡されるのが“隠すべき資料”。
封筒の中身はまだ見えない。なのに、もう煙の味がした。
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