29 / 80
第4章 チャット切り貼り:主人公が“共犯”にされる
告発者の本当の狙い
しおりを挟む
告発者は、控室じゃなく、工場敷地の外れの小さな休憩所にいた。喫煙所でもない、誰も座らないベンチ。風除けの壁があるだけの、半端に静かな場所。
「……新人、大丈夫か」
彼は私を見るなり、いきなりそれを訊いた。自分のことより先に。
「壊れかけてる。でも、折らせない」
私が答えると、告発者は短く頷いて、視線を落とした。指先が、ずっと何かを握っているみたいに硬い。
「あなた、今日呼ばれた」
「呼ばれたよ。弁護士まで連れてきた」
「怖かった?」
「怖いに決まってる」
吐き捨てるように言ってから、彼は笑った。乾いた笑い。
「……でも、狙い通りだ」
私は言葉を止めた。狙い通り。その四文字が、ここまでの“被害者”の顔に合わない。
「……何の狙い」
問いが低くなる。怒りが混ざる。告発者はようやく私を見た。赤い目。限界の目。だけど、芯が残っている。
「俺の狙いは、俺を助けてもらうことじゃない」
彼はゆっくり言った。
「統合を止めることでもない。……やり方を止めることだ」
「やり方?」
「首輪の作り方。守秘義務の使い方。匿名通報の量産。想定問答。懲戒のテンプレ。——あれを“現行犯”で掴む」
彼の声は震えていた。怖さじゃない。怒りの震えだ。
私は一歩だけ詰めた。
「あなた、最初から分かってたの?」
「分かってた」
「じゃあ——」
喉の奥が熱くなる。
「自分が燃えるのも、最初から?」
告発者は視線を逸らさなかった。
「燃えなきゃ、向こうは本気を出さない」
一拍置いて、苦しそうに続ける。
「本気を出させれば、必ずテンプレを使う。規程を盾にして、口を縛って、証言を作る。——その瞬間の紙とログが欲しかった」
私は息を吸った。怒りが先に来る。来たのに、言葉が出ない。彼のやり方は汚い。でも、分かる。汚いほど確実に“仕組み”が露出するのも、分かってしまう。
「……じゃあ私を巻き込んだのも」
私が言いかけると、告発者が先に答えた。
「最初からだ」
言い切ってから、彼は少しだけ声を落とした。
「社長は現場を守れる。でも手続きを切れない。監査は“正しい顔”で全部隠す。——切れるのは、本社の手続きを知ってる人間だけだ」
彼の目が私を刺す。
「福本さん、あなたしかいないと思った」
胸の奥が冷えた。私が選ばれた。偶然じゃない。あのUSBのフォルダ【佐伯】も、【匿名通報_文案】も、私の手に渡るように作られていた。
「……私を利用した」
「利用した」
彼は否定しない。否定しないから、言葉が重く落ちる。
「ひどいと思ってる。でも、他に道がなかった」
告発者は唇を噛んだ。
「俺が折れたら、現場の人が“本人都合”で消える。新人も、次は首輪を自分で締める側になる」
私は拳を握りしめた。怒鳴りたいのに、怒鳴ったら“燃料”になる。だから、確認だけを叩き込む。
「あなた、外部に出すつもり?」
告発者の喉が小さく動いた。
「……もう準備してる」
嫌な予感が背骨を走った。
「何を、どこへ」
「労基じゃない。労基は時間がかかる」
彼は淡々と言った。淡々と言うほど危険な話なのに。
「外部弁護士と、記者。あと、グループ監査委員会にも——自動で飛ぶ」
「自動?」
告発者はポケットからスマホを出し、画面を私に見せた。カレンダーの予定。
17:00 送信
宛先が複数。ファイル添付。タイトルは短い。
——『統合PJにおける“退職誘導テンプレ”と“証言誘導”の証拠』
喉が鳴った。これが出れば、統合の空気は破裂する。現場は守れるかもしれない。でも同時に、新人も、社長も、私も燃える。切り貼りじゃない“原本”で燃える。
「止められるの?」
「俺がキャンセルすれば止まる」
告発者は言い、そして、真っ直ぐに私を見た。
「でも、止めたら——俺はまた首輪を締められて終わる。次はもっと綺麗に、誰も気づかない形で」
風が吹いて、ベンチの背板が小さく鳴った。空は明るいのに、選択肢だけが暗い。
「……あなたの“本当の狙い”は」
私がゆっくり言う。
「自分を救うことじゃない。現場を守ることでもない。——仕組みを、外に引きずり出すこと」
告発者は、小さく頷いた。
「俺は悪者でもいい。悪者にならないと、悪が見えないから」
その言葉が、怖いほどに真っ直ぐだった。私は息を吸って、吐いた。
「分かった」
声が自分でも驚くほど冷静だった。
「17:00までに、原本で勝てる形を作る。——それが間に合わなければ、あなたの自動送信を止めない」
告発者の肩が、ほんの少しだけ落ちた。救われた、じゃない。“順番が決まった”ときの安堵だ。
「福本さん」
告発者が言う。
「あなたが折れたら、俺は送る。迷わず送る」
脅しじゃない。宣言だ。
私は頷いた。
「私も迷わない。切り貼りじゃなく、条件ごと残す」
時計は、もう午前を回っている。17:00まで、残り時間は少ない。そしてその時間は、私たちの側の火も——点けるかどうかの猶予だった。
「……新人、大丈夫か」
彼は私を見るなり、いきなりそれを訊いた。自分のことより先に。
「壊れかけてる。でも、折らせない」
私が答えると、告発者は短く頷いて、視線を落とした。指先が、ずっと何かを握っているみたいに硬い。
「あなた、今日呼ばれた」
「呼ばれたよ。弁護士まで連れてきた」
「怖かった?」
「怖いに決まってる」
吐き捨てるように言ってから、彼は笑った。乾いた笑い。
「……でも、狙い通りだ」
私は言葉を止めた。狙い通り。その四文字が、ここまでの“被害者”の顔に合わない。
「……何の狙い」
問いが低くなる。怒りが混ざる。告発者はようやく私を見た。赤い目。限界の目。だけど、芯が残っている。
「俺の狙いは、俺を助けてもらうことじゃない」
彼はゆっくり言った。
「統合を止めることでもない。……やり方を止めることだ」
「やり方?」
「首輪の作り方。守秘義務の使い方。匿名通報の量産。想定問答。懲戒のテンプレ。——あれを“現行犯”で掴む」
彼の声は震えていた。怖さじゃない。怒りの震えだ。
私は一歩だけ詰めた。
「あなた、最初から分かってたの?」
「分かってた」
「じゃあ——」
喉の奥が熱くなる。
「自分が燃えるのも、最初から?」
告発者は視線を逸らさなかった。
「燃えなきゃ、向こうは本気を出さない」
一拍置いて、苦しそうに続ける。
「本気を出させれば、必ずテンプレを使う。規程を盾にして、口を縛って、証言を作る。——その瞬間の紙とログが欲しかった」
私は息を吸った。怒りが先に来る。来たのに、言葉が出ない。彼のやり方は汚い。でも、分かる。汚いほど確実に“仕組み”が露出するのも、分かってしまう。
「……じゃあ私を巻き込んだのも」
私が言いかけると、告発者が先に答えた。
「最初からだ」
言い切ってから、彼は少しだけ声を落とした。
「社長は現場を守れる。でも手続きを切れない。監査は“正しい顔”で全部隠す。——切れるのは、本社の手続きを知ってる人間だけだ」
彼の目が私を刺す。
「福本さん、あなたしかいないと思った」
胸の奥が冷えた。私が選ばれた。偶然じゃない。あのUSBのフォルダ【佐伯】も、【匿名通報_文案】も、私の手に渡るように作られていた。
「……私を利用した」
「利用した」
彼は否定しない。否定しないから、言葉が重く落ちる。
「ひどいと思ってる。でも、他に道がなかった」
告発者は唇を噛んだ。
「俺が折れたら、現場の人が“本人都合”で消える。新人も、次は首輪を自分で締める側になる」
私は拳を握りしめた。怒鳴りたいのに、怒鳴ったら“燃料”になる。だから、確認だけを叩き込む。
「あなた、外部に出すつもり?」
告発者の喉が小さく動いた。
「……もう準備してる」
嫌な予感が背骨を走った。
「何を、どこへ」
「労基じゃない。労基は時間がかかる」
彼は淡々と言った。淡々と言うほど危険な話なのに。
「外部弁護士と、記者。あと、グループ監査委員会にも——自動で飛ぶ」
「自動?」
告発者はポケットからスマホを出し、画面を私に見せた。カレンダーの予定。
17:00 送信
宛先が複数。ファイル添付。タイトルは短い。
——『統合PJにおける“退職誘導テンプレ”と“証言誘導”の証拠』
喉が鳴った。これが出れば、統合の空気は破裂する。現場は守れるかもしれない。でも同時に、新人も、社長も、私も燃える。切り貼りじゃない“原本”で燃える。
「止められるの?」
「俺がキャンセルすれば止まる」
告発者は言い、そして、真っ直ぐに私を見た。
「でも、止めたら——俺はまた首輪を締められて終わる。次はもっと綺麗に、誰も気づかない形で」
風が吹いて、ベンチの背板が小さく鳴った。空は明るいのに、選択肢だけが暗い。
「……あなたの“本当の狙い”は」
私がゆっくり言う。
「自分を救うことじゃない。現場を守ることでもない。——仕組みを、外に引きずり出すこと」
告発者は、小さく頷いた。
「俺は悪者でもいい。悪者にならないと、悪が見えないから」
その言葉が、怖いほどに真っ直ぐだった。私は息を吸って、吐いた。
「分かった」
声が自分でも驚くほど冷静だった。
「17:00までに、原本で勝てる形を作る。——それが間に合わなければ、あなたの自動送信を止めない」
告発者の肩が、ほんの少しだけ落ちた。救われた、じゃない。“順番が決まった”ときの安堵だ。
「福本さん」
告発者が言う。
「あなたが折れたら、俺は送る。迷わず送る」
脅しじゃない。宣言だ。
私は頷いた。
「私も迷わない。切り貼りじゃなく、条件ごと残す」
時計は、もう午前を回っている。17:00まで、残り時間は少ない。そしてその時間は、私たちの側の火も——点けるかどうかの猶予だった。
0
あなたにおすすめの小説
なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました
あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。
それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。
動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。
失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。
「君、採用」
え、なんで!?
そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。
気づけば私は、推しの秘書に。
時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。
正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!
期間限定の関係のはずでは?〜傷心旅行に来たら美形店長に溺愛されてます〜
水無月瑠璃
恋愛
長年付き合った彼氏から最悪な形で裏切られた葉月は一週間の傷心旅行に出かける。そして旅先で出会った喫茶店の店長、花村とひょんなことから親しくなり、うっかり一夜を共にしてしまう。
一夜の過ちだとこれっきりにしたい葉月だが、花村は関係の継続を提案してくる。花村に好感を抱いていた葉月は「今だけだしいっか」と流されて関係を続けることになるが…。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜
せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。
当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。
凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。
IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。
高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇
複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。
知り合いだと知られたくない?
凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。
蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。
初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる?
表紙はイラストAC様よりお借りしております。
元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる