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第4章 チャット切り貼り:主人公が“共犯”にされる
本社人事部長の罠
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別室の“正式な場”が終わった直後、私の端末に入ったのは、メールじゃなかった。会議招集(強制)。件名は短い。
【至急】統合PJ臨時レビュー(本日16:30/本社オンライン)
出席者:佐伯、法務、監査、外部弁護士、福本
——16:30。告発者の自動送信は17:00。時間の切り方が、綺麗すぎる。偶然の形じゃない。
私は廊下の窓に映る自分の顔を見た。青白い。でも目だけは、妙に落ち着いている。火の中に入る前の、変な静けさだ。
会議室に入ると、画面の向こうはすでに“整列”していた。中央に佐伯。横に法務。監査室。外部弁護士。全員が同じ背景、同じ照明、同じ角度。私だけが現場の薄暗い会議室で、壁に寄せた椅子に座る。
『福本さん、ありがとう』
佐伯の声は穏やかだった。穏やかなまま、罠は来る。
画面共有が始まる。タイトルが出た瞬間、胃が冷たくなる。
『福本(統合PJ担当) 行動確認書(守秘義務・利益相反)』
確認書。“署名させる紙”の匂いがする。首輪の紙の、上位互換。
『事実確認だけだよ。君も、君自身を守りたいだろう?』
守る。その単語を、佐伯が使うこと自体が汚い。
確認書の一項目目。
1)本日までに、福本は告発者Aと複数回接触した。
2)福本は、監査による事情聴取を中止させた。
3)福本は、社長と連携し、懲戒手続に影響を与えた可能性がある。
4)福本は、外部への情報波及を引き起こした可能性がある。
——以上を本人の認識として確認する。
“認識として確認”。事実の形をした、告白の強要。署名した瞬間、私は“自分で”燃える。
私は息を一つ吸って、声を平らにした。
「署名はしません」
佐伯は驚かない。驚くふりすらしない。
『署名しない、ということは——内容に異議があるんだね?』
「はい。文言が誘導です」
『誘導? 言葉が強いね』
「“可能性”を並べて本人の認識にするのは、誘導です」
法務が口を挟む。
「福本さん、確認書は処分文書ではありません。あなたの身を守るための——」
「守るためなら、なぜ“期限”があるんですか」
私は画面の右上を指差した。
提出期限:本日16:50
——17:00の十分前。告発者が送るかどうかの分岐点の、さらに手前で私を縛る設計。
沈黙が一瞬だけ落ちる。佐伯が、ゆっくり言った。
『君は賢い。だから、これが何のためかも分かるはずだ』
「分かります」
私は答えた。
「私の口を縛って、手続きを奪うためです」
佐伯が初めて、微笑みを消した。穏やかな顔が、ただの白い壁になる。
『では、別案だ』
佐伯は画面を切り替える。次の資料。
『暫定報告書(一次ヒアリング)』
そこには、私が書いていない文章が、すでに整っていた。新人の証言が、短く。強く。都合よく。そして最後の結論が太字で置かれている。
——「当該社員Aは守秘義務違反の蓋然性が高い」
私は喉が鳴るのを抑え、言った。
「これは私の報告書ではありません」
『君が出すんだよ』
佐伯は淡々と言う。
『形式上、“現地の統合PJ担当”が提出するのが一番円滑だ』
円滑。また来た。いつも通りの殺し文句。
「提出しません」
『じゃあ、君は手順を拒否するんだね』
佐伯の声が低くなる。
『それは、統合の妨害に当たる。分かるね?』
——罠の核はここだ。私を“妨害者”にする。そうすれば、17:00前に私を外せる。私が外れれば、原本で勝つ手続きは止まる。告発者は送る。現場は燃える。
私は一拍置き、逆に問いを刺した。
「この報告書の原資料を見せてください」
『原資料?』
「匿名通報窓口の投稿ログ、想定問答の原本、守秘義務注意喚起の配布履歴、ヒアリングの全文記録」
私は淡々と列挙した。
「“全文”です。切り貼りされない形で」
外部弁護士が、初めて口を開いた。
「福本さん、あなたは守秘義務を理解していますか」
「理解しています」
「では、なぜ“全文”を要求する?」
「全文がなければ、切り貼りの真偽が検証できないからです」
私は即答した。
「検証できない報告書は、手続きとして不適正です」
監査の男が、柔らかく笑う。
「“切り貼り”という表現は——」
「不適切なのは、条件を削って断定を流す行為です」
私は同じ返しを、同じ温度で繰り返した。繰り返しは、原本の作り方だ。
佐伯の目が、ほんの少しだけ細くなる。そして、最後の罠が落ちてきた。
『福本さん。君のPCとスマホ、会社貸与だね』
「はい」
『提出して。フォレンジックに回す』
「……何のために」
『君が外部に漏らしていない証明だ』
佐伯は穏やかに言う。穏やかに、喉元へ手を伸ばす。
『君が潔白なら、何も怖くない』
——提出した瞬間、私は終わる。USBのフォルダ【佐伯】。申立書の草案。新人の署名紙のコピー。告発者の“17:00自動送信”の話。全部が“悪意ある編集”の素材になる。
私は背筋を伸ばし、はっきり言った。
「任意提出には応じません。必要なら、正式な手続きと範囲を文書で提示してください」
『……』
佐伯の沈黙が長い。長い沈黙は、罠の切り替えだ。
『分かった』
佐伯が言う。
『では君を、本日16:45付で統合PJ担当から外す。後任は監査が兼務する』
口調は淡々。言っていることは、首を落とす宣言。
画面の右下に、小さく通知が出た。
人事通達(下書き)
タイトルだけが見える。
——「福本:統合PJ担当変更(協力姿勢に疑義)」
“疑義”。証拠じゃない。空気の言葉。炎上と同じ言語で、人事を動かす。
私は時計を見た。16:41。——残り19分。
佐伯が、最後に言った。
『君が折れないなら、こちらも守るものを守るだけだ。君の選択だよ』
君の選択。優しさの形をした脅し。いつも通り。
私は画面を見つめ、声を落とさずに言った。
「私の選択は変わりません」
そして、決定打を置く。
「今この会議、録音録画されてますよね」
佐伯の目が、わずかに動く。
「提出してください。——“全文”で。切り貼りせずに」
外部弁護士が一瞬だけ言葉を失う。監査が咳払いをする。佐伯は微笑まない。微笑めない。
沈黙の中で、私の端末が震えた。告発者からの短いメッセージ。
【17:00、準備完了。福本さん、間に合う?】
私は返信しなかった。返信が切り貼りされるからじゃない。返信する暇がないからだ。
画面の向こうで、佐伯が静かに言った。
『福本さん。最後に確認する。君は“どっち側”だ』
——罠の最後は、言葉を切り取ること。私は、条件ごと残すために、ゆっくり言った。
「適正な手続きの側です。守る側に立つ“なら”、私はそこに立ちます」
時計は16:44。あと6分で、私の担当は外される。あと16分で、告発者のメールが飛ぶ。
そして私は、朱肉の受領印の控えを握りしめながら、次の“原本”を作る順番を頭の中で組み直した。
【至急】統合PJ臨時レビュー(本日16:30/本社オンライン)
出席者:佐伯、法務、監査、外部弁護士、福本
——16:30。告発者の自動送信は17:00。時間の切り方が、綺麗すぎる。偶然の形じゃない。
私は廊下の窓に映る自分の顔を見た。青白い。でも目だけは、妙に落ち着いている。火の中に入る前の、変な静けさだ。
会議室に入ると、画面の向こうはすでに“整列”していた。中央に佐伯。横に法務。監査室。外部弁護士。全員が同じ背景、同じ照明、同じ角度。私だけが現場の薄暗い会議室で、壁に寄せた椅子に座る。
『福本さん、ありがとう』
佐伯の声は穏やかだった。穏やかなまま、罠は来る。
画面共有が始まる。タイトルが出た瞬間、胃が冷たくなる。
『福本(統合PJ担当) 行動確認書(守秘義務・利益相反)』
確認書。“署名させる紙”の匂いがする。首輪の紙の、上位互換。
『事実確認だけだよ。君も、君自身を守りたいだろう?』
守る。その単語を、佐伯が使うこと自体が汚い。
確認書の一項目目。
1)本日までに、福本は告発者Aと複数回接触した。
2)福本は、監査による事情聴取を中止させた。
3)福本は、社長と連携し、懲戒手続に影響を与えた可能性がある。
4)福本は、外部への情報波及を引き起こした可能性がある。
——以上を本人の認識として確認する。
“認識として確認”。事実の形をした、告白の強要。署名した瞬間、私は“自分で”燃える。
私は息を一つ吸って、声を平らにした。
「署名はしません」
佐伯は驚かない。驚くふりすらしない。
『署名しない、ということは——内容に異議があるんだね?』
「はい。文言が誘導です」
『誘導? 言葉が強いね』
「“可能性”を並べて本人の認識にするのは、誘導です」
法務が口を挟む。
「福本さん、確認書は処分文書ではありません。あなたの身を守るための——」
「守るためなら、なぜ“期限”があるんですか」
私は画面の右上を指差した。
提出期限:本日16:50
——17:00の十分前。告発者が送るかどうかの分岐点の、さらに手前で私を縛る設計。
沈黙が一瞬だけ落ちる。佐伯が、ゆっくり言った。
『君は賢い。だから、これが何のためかも分かるはずだ』
「分かります」
私は答えた。
「私の口を縛って、手続きを奪うためです」
佐伯が初めて、微笑みを消した。穏やかな顔が、ただの白い壁になる。
『では、別案だ』
佐伯は画面を切り替える。次の資料。
『暫定報告書(一次ヒアリング)』
そこには、私が書いていない文章が、すでに整っていた。新人の証言が、短く。強く。都合よく。そして最後の結論が太字で置かれている。
——「当該社員Aは守秘義務違反の蓋然性が高い」
私は喉が鳴るのを抑え、言った。
「これは私の報告書ではありません」
『君が出すんだよ』
佐伯は淡々と言う。
『形式上、“現地の統合PJ担当”が提出するのが一番円滑だ』
円滑。また来た。いつも通りの殺し文句。
「提出しません」
『じゃあ、君は手順を拒否するんだね』
佐伯の声が低くなる。
『それは、統合の妨害に当たる。分かるね?』
——罠の核はここだ。私を“妨害者”にする。そうすれば、17:00前に私を外せる。私が外れれば、原本で勝つ手続きは止まる。告発者は送る。現場は燃える。
私は一拍置き、逆に問いを刺した。
「この報告書の原資料を見せてください」
『原資料?』
「匿名通報窓口の投稿ログ、想定問答の原本、守秘義務注意喚起の配布履歴、ヒアリングの全文記録」
私は淡々と列挙した。
「“全文”です。切り貼りされない形で」
外部弁護士が、初めて口を開いた。
「福本さん、あなたは守秘義務を理解していますか」
「理解しています」
「では、なぜ“全文”を要求する?」
「全文がなければ、切り貼りの真偽が検証できないからです」
私は即答した。
「検証できない報告書は、手続きとして不適正です」
監査の男が、柔らかく笑う。
「“切り貼り”という表現は——」
「不適切なのは、条件を削って断定を流す行為です」
私は同じ返しを、同じ温度で繰り返した。繰り返しは、原本の作り方だ。
佐伯の目が、ほんの少しだけ細くなる。そして、最後の罠が落ちてきた。
『福本さん。君のPCとスマホ、会社貸与だね』
「はい」
『提出して。フォレンジックに回す』
「……何のために」
『君が外部に漏らしていない証明だ』
佐伯は穏やかに言う。穏やかに、喉元へ手を伸ばす。
『君が潔白なら、何も怖くない』
——提出した瞬間、私は終わる。USBのフォルダ【佐伯】。申立書の草案。新人の署名紙のコピー。告発者の“17:00自動送信”の話。全部が“悪意ある編集”の素材になる。
私は背筋を伸ばし、はっきり言った。
「任意提出には応じません。必要なら、正式な手続きと範囲を文書で提示してください」
『……』
佐伯の沈黙が長い。長い沈黙は、罠の切り替えだ。
『分かった』
佐伯が言う。
『では君を、本日16:45付で統合PJ担当から外す。後任は監査が兼務する』
口調は淡々。言っていることは、首を落とす宣言。
画面の右下に、小さく通知が出た。
人事通達(下書き)
タイトルだけが見える。
——「福本:統合PJ担当変更(協力姿勢に疑義)」
“疑義”。証拠じゃない。空気の言葉。炎上と同じ言語で、人事を動かす。
私は時計を見た。16:41。——残り19分。
佐伯が、最後に言った。
『君が折れないなら、こちらも守るものを守るだけだ。君の選択だよ』
君の選択。優しさの形をした脅し。いつも通り。
私は画面を見つめ、声を落とさずに言った。
「私の選択は変わりません」
そして、決定打を置く。
「今この会議、録音録画されてますよね」
佐伯の目が、わずかに動く。
「提出してください。——“全文”で。切り貼りせずに」
外部弁護士が一瞬だけ言葉を失う。監査が咳払いをする。佐伯は微笑まない。微笑めない。
沈黙の中で、私の端末が震えた。告発者からの短いメッセージ。
【17:00、準備完了。福本さん、間に合う?】
私は返信しなかった。返信が切り貼りされるからじゃない。返信する暇がないからだ。
画面の向こうで、佐伯が静かに言った。
『福本さん。最後に確認する。君は“どっち側”だ』
——罠の最後は、言葉を切り取ること。私は、条件ごと残すために、ゆっくり言った。
「適正な手続きの側です。守る側に立つ“なら”、私はそこに立ちます」
時計は16:44。あと6分で、私の担当は外される。あと16分で、告発者のメールが飛ぶ。
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