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第6章 第二波:告発者を完全に潰す「手続きの暴力」
新人の告白
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休憩室のドアが閉まった瞬間、彼女の膝が抜けた。倒れなかったのは、吉岡が“壁”になったからだ。支えるんじゃない。寄りかかれる面を作る。——それが今の最善。
「……ごめんなさい」
新人は息を吸えないまま、謝った。謝る癖が、首輪の名残みたいに見えて胸が痛む。
「謝らなくていい」
吉岡が低い声で言う。
「今は、息。——4つ吸って、6つ吐く」
彼女は言われた通りにやろうとして、最初の一回は失敗した。二回目で少し入って、三回目でようやく肩が落ちた。
私は距離を詰めないまま、テーブルの上に紙を置いた。総務の受領用フォーマット。日付欄と時刻欄、同席者欄がある。
「口で言わなくていい」
私は短く言った。
「書ける断片だけ、書く。今ここにいるのは、あなたの言葉を奪わないため」
新人の目が紙に落ちる。ペンを握る手が、まだ震えている。
「……私」
喉が鳴って、声が出る。
「昨日の夜……電話が来ました」
吉岡が、すぐに“時刻”を見た。
「何時」
「……21時すぎ」
新人は唇を噛んで続ける。
「番号は、知らない番号で……出たら……“本社人事の”って」
言いかけて、言葉が詰まる。
私は言葉を補わなかった。補うと切り貼りされる。代わりに、問いを最小にする。
「名前、言った?」
新人は、ほんの小さく頷いた。
「……佐伯、って」
吉岡が息を呑んだ。私は表情を動かさず、紙の上の時刻欄に指を置いた。
「そこ、書ける?」
新人は震える字で 21:08 と書いた。数字は、嘘をつきにくい。だから先に数字。
「何て言われた」
吉岡が、淡々と聞く。新人は一拍置いて、言った。
「……“あなたは守られたいよね”って」
その言い回しが、昨日の佐伯と同じ構造で、胃が冷える。
「“このままだと、あなたが守秘義務違反で困る。契約も難しくなる”って」
彼女の声が細くなる。
「だから……“福本さんに言われた”って言えば、丸く収まるって」
吉岡が即座に紙に書いた。
「丸く収まる」
原文のまま。ここが後で効く。
新人の肩が小さく震えた。
「私、怖くて……」
「うん」
「……今朝も、来る前に呼ばれて」
「誰に」
「監査の人」
彼女は視線を落とし、ペン先で紙を叩いた。
「会議室に……紙が置いてあって……“これを読んでから入って”って」
「どんな紙」
私が聞くと、彼女は鞄から、折り目だらけの一枚を出した。見出しは、例の配布用テンプレ。
『ヒアリング前説明(統合PJ対応)』
余白に手書きで、赤い丸と矢印。そして、短いメモ。
「福本の名前を出す」
「社長に“守られてる”と言う」
喉が、鳴った。恋愛禁止条項へ繋ぐ導線が、ここに書いてある。
「これ、誰が書いた」
新人は首を振った。
「……監査の人が、ペンで」
「目の前で?」
「目の前で……“ここ重要”って」
吉岡が、震える手で写真を撮った。全体、アップ、時刻が入るように壁時計も一緒に。手順どおり。ここから先は“原本の作り方”だ。
新人が、堰を切ったように言った。
「私、福本さんのこと……悪く言いたくないんです」
声が少しだけ太くなる。
「福本さん、昨日、守ってくれた。……助かった。だから、今日も……守ってほしかった」
言った直後、彼女は自分で自分の言葉に怯えた。“守ってほしかった”は切り貼りで危険な一文になる。
私は即座に、条件を付けて受け止めた。
「守るのは、私じゃない」
短く、強く。
「手続きで守る。それなら、あなたは誰にも利用されない」
新人が、涙をこぼした。でも崩壊の涙じゃない。“言えた”涙だ。
「……もう一つ」
彼女が声を落とす。
「録音……あります」
吉岡が顔を上げた。
「何の」
「今朝、監査の人が……“言い方”を言ったとき」
新人はスマホを取り出し、震える指で画面を見せた。ボイスメモ。時間は 09:57。長さ 0:43。
「怖くて……手が勝手に押してました」
彼女は言い訳みたいに言う。私は首を横に振った。
「言い訳じゃない。——生きるための反射だ」
吉岡が、静かに言った。
「これ、保全フォルダに入れる。元データのまま。あなたの端末から消さない。複製も、手順で」
新人が頷く。頷けるだけの息が、今はある。
私は最後に、彼女に一つだけ頼んだ。“告白”を、切り貼りできない形にするために。
「今の話、文章にして」
「……書けますか」
「書けるところだけでいい」
私は紙の同席者欄を指した。
「吉岡が同席者。時刻も残る。あなたの言葉のまま残す」
新人は震える字で書き始めた。一行目から、すでに原本だった。
私は、2026年1月23日(※)21時頃、知らない番号から電話を受け、「本社人事部長 佐伯」と名乗る人物から、「福本に言われたと言えば丸く収まる」「契約が難しくなる」等の趣旨を言われました。
2026年1月24日(※)9時台に、監査担当者からヒアリング前説明の紙を渡され、「福本の名前を出す」「社長に守られていると言う」等の言い方を指示されました。
私は事実として、福本からそのような指示を受けていません。
(※日付は彼女が書いたままにした。後で総務が「今日の日付」と照合して補記する。今は“崩さない”が優先。)
彼女が最後の行を書き終えたとき、廊下のスピーカーが鳴った。
「休憩終了。再開します」
新人の顔が、一瞬だけ青くなる。私は短く言った。
「次は、あなたは喋らない」
「……え」
「この紙を“提出”して、文書で進める」
私は言い切った。
「口頭の戦場から、引き上げる。——それが、あなたの命を守る順番」
吉岡が頷き、受領欄に時刻を書いた。
10:13 受領(吉岡)
新人の告白は、もう“声”じゃない。切り貼りできない、紙になった。
「……ごめんなさい」
新人は息を吸えないまま、謝った。謝る癖が、首輪の名残みたいに見えて胸が痛む。
「謝らなくていい」
吉岡が低い声で言う。
「今は、息。——4つ吸って、6つ吐く」
彼女は言われた通りにやろうとして、最初の一回は失敗した。二回目で少し入って、三回目でようやく肩が落ちた。
私は距離を詰めないまま、テーブルの上に紙を置いた。総務の受領用フォーマット。日付欄と時刻欄、同席者欄がある。
「口で言わなくていい」
私は短く言った。
「書ける断片だけ、書く。今ここにいるのは、あなたの言葉を奪わないため」
新人の目が紙に落ちる。ペンを握る手が、まだ震えている。
「……私」
喉が鳴って、声が出る。
「昨日の夜……電話が来ました」
吉岡が、すぐに“時刻”を見た。
「何時」
「……21時すぎ」
新人は唇を噛んで続ける。
「番号は、知らない番号で……出たら……“本社人事の”って」
言いかけて、言葉が詰まる。
私は言葉を補わなかった。補うと切り貼りされる。代わりに、問いを最小にする。
「名前、言った?」
新人は、ほんの小さく頷いた。
「……佐伯、って」
吉岡が息を呑んだ。私は表情を動かさず、紙の上の時刻欄に指を置いた。
「そこ、書ける?」
新人は震える字で 21:08 と書いた。数字は、嘘をつきにくい。だから先に数字。
「何て言われた」
吉岡が、淡々と聞く。新人は一拍置いて、言った。
「……“あなたは守られたいよね”って」
その言い回しが、昨日の佐伯と同じ構造で、胃が冷える。
「“このままだと、あなたが守秘義務違反で困る。契約も難しくなる”って」
彼女の声が細くなる。
「だから……“福本さんに言われた”って言えば、丸く収まるって」
吉岡が即座に紙に書いた。
「丸く収まる」
原文のまま。ここが後で効く。
新人の肩が小さく震えた。
「私、怖くて……」
「うん」
「……今朝も、来る前に呼ばれて」
「誰に」
「監査の人」
彼女は視線を落とし、ペン先で紙を叩いた。
「会議室に……紙が置いてあって……“これを読んでから入って”って」
「どんな紙」
私が聞くと、彼女は鞄から、折り目だらけの一枚を出した。見出しは、例の配布用テンプレ。
『ヒアリング前説明(統合PJ対応)』
余白に手書きで、赤い丸と矢印。そして、短いメモ。
「福本の名前を出す」
「社長に“守られてる”と言う」
喉が、鳴った。恋愛禁止条項へ繋ぐ導線が、ここに書いてある。
「これ、誰が書いた」
新人は首を振った。
「……監査の人が、ペンで」
「目の前で?」
「目の前で……“ここ重要”って」
吉岡が、震える手で写真を撮った。全体、アップ、時刻が入るように壁時計も一緒に。手順どおり。ここから先は“原本の作り方”だ。
新人が、堰を切ったように言った。
「私、福本さんのこと……悪く言いたくないんです」
声が少しだけ太くなる。
「福本さん、昨日、守ってくれた。……助かった。だから、今日も……守ってほしかった」
言った直後、彼女は自分で自分の言葉に怯えた。“守ってほしかった”は切り貼りで危険な一文になる。
私は即座に、条件を付けて受け止めた。
「守るのは、私じゃない」
短く、強く。
「手続きで守る。それなら、あなたは誰にも利用されない」
新人が、涙をこぼした。でも崩壊の涙じゃない。“言えた”涙だ。
「……もう一つ」
彼女が声を落とす。
「録音……あります」
吉岡が顔を上げた。
「何の」
「今朝、監査の人が……“言い方”を言ったとき」
新人はスマホを取り出し、震える指で画面を見せた。ボイスメモ。時間は 09:57。長さ 0:43。
「怖くて……手が勝手に押してました」
彼女は言い訳みたいに言う。私は首を横に振った。
「言い訳じゃない。——生きるための反射だ」
吉岡が、静かに言った。
「これ、保全フォルダに入れる。元データのまま。あなたの端末から消さない。複製も、手順で」
新人が頷く。頷けるだけの息が、今はある。
私は最後に、彼女に一つだけ頼んだ。“告白”を、切り貼りできない形にするために。
「今の話、文章にして」
「……書けますか」
「書けるところだけでいい」
私は紙の同席者欄を指した。
「吉岡が同席者。時刻も残る。あなたの言葉のまま残す」
新人は震える字で書き始めた。一行目から、すでに原本だった。
私は、2026年1月23日(※)21時頃、知らない番号から電話を受け、「本社人事部長 佐伯」と名乗る人物から、「福本に言われたと言えば丸く収まる」「契約が難しくなる」等の趣旨を言われました。
2026年1月24日(※)9時台に、監査担当者からヒアリング前説明の紙を渡され、「福本の名前を出す」「社長に守られていると言う」等の言い方を指示されました。
私は事実として、福本からそのような指示を受けていません。
(※日付は彼女が書いたままにした。後で総務が「今日の日付」と照合して補記する。今は“崩さない”が優先。)
彼女が最後の行を書き終えたとき、廊下のスピーカーが鳴った。
「休憩終了。再開します」
新人の顔が、一瞬だけ青くなる。私は短く言った。
「次は、あなたは喋らない」
「……え」
「この紙を“提出”して、文書で進める」
私は言い切った。
「口頭の戦場から、引き上げる。——それが、あなたの命を守る順番」
吉岡が頷き、受領欄に時刻を書いた。
10:13 受領(吉岡)
新人の告白は、もう“声”じゃない。切り貼りできない、紙になった。
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