恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第6章 第二波:告発者を完全に潰す「手続きの暴力」

偽装距離

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翌朝。私は“わざと”社長の動線から外れた。同じフロアにいても、視界に入らない角度。エレベーターも、階段も、時間もずらす。——逃げじゃない。偽装距離だ。

恋愛禁止条項の噂は、火じゃない。索敵だ。火に見せて、誰が動くかを見ている。なら、こちらも見せる。燃えるふりじゃない。距離を取るふりで、誰が餌に食いつくかを見る。

総務奥の席。吉岡と情シス担当、それから班長が揃った。私はホワイトボードに、短い線を引いた。

1. 社長と私の“接触ログ”をゼロに近づける
2. 社内の噂の流れを“追跡できる形”に変える
3. 噂を餌にして、配布線の口を特定する

「やることは一つ」

私は言った。

「“社長と福本が繋がってる”って物語を、こちらから崩す。崩しながら、誰がその物語を配ってるかを掴む」

吉岡が小さく頷く。

「でも距離取ったら、社長が孤立しません?」
「孤立させない」

私は即答した。

「距離を取るのは“見せ方”。中身は、手続きで繋ぐ」

私は、社長宛ではなく“全員宛”に出す文面を作った。宛先は、統合PJ関係者+コンプラ窓口+顧問弁護士+総務。CCは、あえて多い。隠さないことが距離になる。

【連絡】統合PJに関する連絡窓口の一本化について
本日以降、役員・統合PJ担当間の直接連絡は行いません。
統合PJ関連の連絡は、総務窓口(吉岡)および顧問弁護士窓口を通して文書で行います。
目的:手続きの透明化/切り貼り防止/参考人保護

ポイントは「役員」と書くこと。“社長”と書くと、物語になる。“役員”と書けば、規程の世界になる。

情シス担当が言った。

「それ、噂を煽りません?」
「煽る」

私は言った。

「煽った上で、形で潰す。噂は止まらない。止めるより、痕跡に変える」

次に私は、わざと“噂になりそうな断片”を二種類用意した。内容は無害。けど、語尾が違う。

・A案:「第三者調査の初回ヒアリングは“月曜の午前”」
・B案:「第三者調査の初回ヒアリングは“週明けの午前”」

意味は同じ。違うのは言い回しだけ。この違いが、噂の発信源を割り出す印になる。

配り方も分ける。A案は、法務・監査・人事が絡む“公式ルート”へ。B案は、現場側の“雑談ルート”へ。もちろん、どちらも嘘じゃない。曖昧さの粒度が違うだけ。

「えげつないですね」

班長が笑いかけて、真顔に戻った。

「でも、これが必要なんだな」
「必要」

私は頷く。

「噂が流れるなら、せめて追える形で流す」

昼、食堂。私は一人で座り、スマホを見ない。見れば“誰かと繋がってる”にされる。社長は別のテーブル、班長と情シスと顧問弁護士だけを連れている。距離は、誰が見ても分かるくらい離す。

それでも、視線は飛ぶ。飛ぶ視線が、噂の燃料だ。

「距離取ってる…逆に怪しい」
「あれ、別れたの?」
「最初からそういう関係だったんじゃ」

——いい。“怪しい”は、コントロールできない。でも“流れた言い回し”はコントロールできる。

食堂の端で、私はわざと一度だけ、総務窓口の吉岡に大きめの声で言った。

「統合PJの件、全部“窓口経由”でお願いします。直接は受けません」

言い切って、席を立つ。

これが“偽装距離”の芯。距離を取っていることを、こちらから宣言してログにする。相手に「隠してる」を言わせない。

午後、社内チャット。匿名通報ではない。普通の業務チャンネルで、言葉が流れた。

「第三者調査の初回ヒアリング、週明けの午前らしい」

——B案だ。雑談ルートから流した言い回し。つまり、現場のどこかから“噂のまとめ役”へ繋がっている。

同時刻。別のところで、別の言い回しが出た。

「月曜午前って聞いたけど」

——A案。公式ルートの言い回し。つまり、法務・監査・人事側にも漏れ口がある。

吉岡が小さく言った。

「……両方いますね」
「いる」

私は答えた。

「だから噂は止まらない。止まらないけど——線は浮く」

情シス担当が画面を見て頷く。

「発言ログ、時刻、投稿者、回収できます。匿名通報窓口の投稿時刻とも突合します」
「やる」

私は言った。

「噂は証拠じゃない。でも噂の“搬送経路”は、証拠に近い」

夕方、さらに噂が牙を剥いた。恋愛禁止条項の言葉が混ざる。

「だから福本は守られてるって言ってたんだ」
「社長が庇うのも納得」

その瞬間、私は“合図”を出した。総務窓口から全体へ、短い周知を飛ばす。感情ゼロで。

【注意】
参考人保護のため、個人の関係性推測や人格に関わる発信は差し控えてください。
本件は第三者調査の対象であり、手続きは窓口経由で進行します。
(発信ログは保全されます)

ログは保全されます。この一文で、噂は“遊び”から“危険物”に戻る。危険物になると、噂は縮む。縮んだ噂は、運び手が見える。

社長はその日、一度も私に声をかけなかった。私も声をかけなかった。窓口経由で来た文書だけを、淡々と処理した。

夜、情シス担当が小さく言った。

「噂、止まりました」
「止まってない」

私は画面の時刻を指した。

「止まったふりをして、裏で動く。——だから、ここからが本番」

偽装距離は、冷たい。けれど冷たさは、切り貼りを鈍らせる。噂を逆利用するとき、必要なのは正しさじゃない。速度と形だ。

私は最後に、今日いちばん大事なログだけを保存した。「週明けの午前」と「月曜の午前」。同じ意味、違う指紋。その指紋が、配布線の“口”を教えてくれる。
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