恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第7章 決戦前夜:不正採用(縁故)が繋がる

見せしめの対象:新人

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昼前、総務窓口に“回ってきた”のは、また一枚の紙だった。紙はいつも、遅れて届く。現場が先に傷ついてから、整った言葉が追いかけてくる。

件名は短い。

【業務命令】参考人(新人)への事情聴取(再)/同席不可
日時:本日 13:00
場所:本社 第3会議室
備考:録音・録画禁止/資料持込禁止/医療配慮は不要

——不要。その一語で、これは“見せしめ”だと分かった。壊れかけた人間に「不要」と言える場が、見せしめ以外にない。

新人は総務奥の席で、画面を見たまま動けなくなっていた。顔色が、紙みたいに薄い。指先だけが、キーボードの上で無意味に震えている。

「……呼ばれる」

彼女が言った。声は、遠い。

「また、言い方を……」

吉岡が紙を机に置く。受領時刻を押さえながら、低く言った。

「行かせない」

短くて、強い否定。でも否定だけじゃ止まらない。会社は“命令”で来る。命令は、無視すると別の罠になる。

私は椅子から立たずに言った。

「これは“対象の選別”です」

情シス担当が顔を上げる。

「選別?」
「外に漏れた後、会社は全員を巻き込む」

私は淡々と言う。

「でも本当は“誰か一人”を折って、空気を戻したい。——一番折れやすくて、一番守りにくい人が狙われる」

新人が唇を噛む。

「私……ですよね」
「あなたじゃない」

私は即答した。条件を付けて、切り取られない形で。

「“守れない場所”にいる人が狙われる。今はあなたがそこに置かれてるだけ」

吉岡が、すぐに“仕様”を作り始めた。机の上に、三つの紙を重ねる。

1. 体調配慮申出(再提出)
2. 接触禁止・窓口一本化の申入れ(第三者調査宛の写し付き)
3. 業務命令の撤回要求(根拠規程・目的・同席不可理由の文書提示要求)

「同席不可って書いてある」

情シス担当が言う。吉岡が頷く。

「だから同席じゃない形で守る。——窓口で止める」

新人が小さく首を振る。

「でも……命令、って」

“命令”の二文字が、首輪の重さを取り戻す。

私は、言葉を増やさずに順番を渡した。

「あなたは今日、喋らない」
「……」
「喋る代わりに、紙を出す。提出は総務がやる。あなたは“医療配慮”で離脱する」

新人の瞳が揺れる。

「逃げ……」
「逃げじゃない」

私は言い切った。

「保護措置です。規程の中の行動」

12:30。社内チャットに、誰かが流した。

「参考人、また呼ばれたらしい」
「やっぱり福本が仕込んだんじゃ」
「新人が一番分かってるはず」

——噂が、もう“見せしめの予告編”になっている。会社は人を呼ぶ前に、空気を並べる。並べた空気の上に、命令を置く。

情シス担当が小さく言った。

「これ、誰が流したか追えます」
「追う」

私は頷く。

「でも今は新人が先」

吉岡が電話をかけた。相手はコンプラ窓口。スピーカーにせず、要点だけを紙に落とす。

「……はい。業務命令が来ています。参考人への聴取、同席不可、録音禁止、医療配慮不要」

一拍。

「規程上、参考人保護と接触禁止の申入れを出しています。撤回か、根拠と理由の文書提示を要求します」

また一拍。

「受領時刻、お願いします。——はい、今、12:41です」

12:41 申入れ提出(コンプラ受領)

吉岡が書く音が、部屋の骨になる。

12:48。内線が鳴った。本社人事——佐伯ではない。法務の名前が表示されていた。

吉岡が出る。

『総務です』

相手は柔らかい声で言う。柔らかいほど危険。

『新人さん、13:00です。業務命令ですから』

吉岡が淡々と返す。

「医療配慮申出が受領済みです。第三者調査進行中。接触禁止申入れも受領済み。手続き上、聴取は停止してください」
『停止の権限は——』
「規程です」

吉岡が言った。

「規程に沿うなら、窓口経由で。根拠規程と目的、同席不可の理由を文書で」

相手の声が少し硬くなる。

『……“協力拒否”と見なされますよ』

吉岡は間を置かず言った。

「協力拒否ではありません。適正手続きの要求です。——“協力拒否と見なす”なら、その判断者と根拠を文書で」

柔らかい声が、消えた。電話が切れた。

新人の肩が小さく跳ねる。“見なされますよ”が刺さるのは、過去に“見なされた”経験がある人だ。

私は新人に言った。

「今のは、あなたへの脅しじゃない」

条件を付ける。切り取られないように。

「脅しを使った“相手の手続き”が原本になった」

新人の目が潤む。

「私……壊れそう」
「壊れない」

私は短く言った。

「壊れそうなときは、離脱が正しい。あなたは離脱していい」

13:05。社内ポータルに、追い討ちが出た。全社員向けではない。統合PJ関係者向け。わざと狭い範囲。

【周知】本日13:00 事情聴取:参考人欠席(正当理由なし)

——正当理由なし。

新人の呼吸が止まり、手が震える。

「……正当理由、あるのに」

吉岡がすぐに言う。

「ある。受領時刻もある。窓口もある。—“なし”と書いたことが、向こうの不適正」

でも新人にとって、“正当理由なし”は痛い。痛いのは事実だ。事実を否定すると、また首輪になる。

私は言った。

「痛いよね」

新人が頷く。

「でもこの痛みは、あなたが悪いからじゃない。——見せしめは、痛くするのが目的だから」

情シス担当が画面を拡大する。周知の投稿者。Legal_Desk。昨日の改訂履歴と同じ名前。

——法務が“欠席”を作った。作った欠席で、空気を戻す。一致が、また増える。

私は言った。

「保存して。投稿時刻、投稿者、閲覧者数」

情シス担当が頷く。

「ログ、凍結します」

そのとき、夫婦が戻ってきた。共働き夫婦の妻が、ポータルの文面を見て眉を寄せる。

「正当理由なし……?」

夫が即座に言った。

「これ、共同申出に入れます」

妻が言う。

「見せしめの周知。参考人保護違反。調査妨害の可能性」

新人が、夫婦を見て目を見開いた。自分のために、他人が動いている顔。それは見せしめの反対——連帯の形だ。

妻が新人に、視線を少し落として言った。

「あなた、今日、よく欠席した」

新人が息を呑む。褒められると思ってない顔。

「欠席は悪じゃない」

妻が淡々と言う。

「命令で壊されに行く方が、会社には都合がいい。だから行かなくて正解」

夫が頷く。

「あなたが壊れないことが、一番の反撃になる」

新人の涙が落ちた。崩壊の涙じゃない。“守られた”涙。

私はその場の全員に、短い結論を告げた。

「見せしめは、失敗した」

吉岡が頷く。情シスが頷く。夫婦が頷く。新人が、まだ震えながら頷く。

見せしめは、孤立させて折る。でも今日は、孤立しなかった。

そして私は知る。相手は次に、もっと強い刃を出してくる。“新人を守った人間”に、刃を向けてくる。

だから、次の順番はもう決まっている。

——新人の欠席を「正当理由なし」と書いた、その手続きの原本を、外部の第三者に渡す。見せしめの牙を、牙の根元から折るために。
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