恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第7章 決戦前夜:不正採用(縁故)が繋がる

告発者拉致未遂

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ドアが閉まった特別会議室の中で、私は“原本”を置いた。Word、改訂履歴、送信ヘッダ。時刻。変更者。配布線。

外部弁護士は淡々と頷き、社長は一度も私を見なかった。見ると物語になる。物語にさせないための沈黙。

佐伯側は、笑わなかった。笑えない。原本は、笑いを奪う。

——そこまでは、想定内だった。

想定外は、会議室の外で起きた。もっと静かで、もっと汚い形で。

15:47。ヒアリングが一度休憩に入ったとき、情シス担当の端末が震えた。

「……これ」

彼は画面を私に向ける。社内の緊急連絡網じゃない。告発者からの、いつもの一行でもない。

知らない番号からのショートメッセージ。

【今、外。追われてる。声出せない。】

血が引いた。でも私は、走らなかった。走ると“その方向”へ誘導される。まず、順番。

「吉岡、窓口」
「はい」
「顧問弁護士に“危険発生”として連絡。第三者調査チームにも」
「今すぐ」

情シス担当が言った。

「位置情報、取れます」
「取らない」

私は即答した。

「個人の端末で追跡はしない。——外部へ繋ぐ」

外部弁護士が、会議室の端でこちらを見た。一瞬だけ目が合う。私は、短い言葉で“事件”に変えた。

「告発者に危険。拉致未遂の疑い」

それだけで、空気が変わる。社内の揉め事が、“刑事”の匂いを帯びる。

外部弁護士が低い声で言った。

「社長、ここから先は会社の手続きではなく、外です」

社長が頷く。

「——警察だな」

その言葉だけは、口頭でも強い。逃げ道がないから。

16:03。情シス担当が、もう一度画面を見せる。今度は、音声じゃない。告発者から送られてきた、たった一枚の写真。

車内。後部座席。視界の端に、手が写っている。ネクタイの柄が、妙にきれいだ。社内でよく見る柄。——“現場の人間”の柄。

写真の下に、短い文字。

【乗せられた。降ろされる。】

乗せられた。降ろされる。言葉が短いほど、息がない。

私は喉が固くなるのを感じながら、言った。

「未遂にする」

吉岡が息を呑む。

「……どうやって」
「証拠保全」

私は短く答えた。

「今の時刻で、送受信ログ、画像、メタ情報。全部“外部”へ渡す。社内に置かない」

外部弁護士が頷く。

「こちらで受領します。受領時刻を記録」

吉岡がすぐにメモを走らせる。

16:05 受領(外部弁護士)/写し:第三者調査チーム

“受領時刻”は、護身符だ。ここまで来ると、護身符じゃない。武器だ。

16:11。法務の柔らかい声が言った。

「それは、社外の私的トラブルでは?」

——来た。切り離し。物語の切断。

私は反射で噛みつきそうになって、止めた。噛みつくと、感情が燃料になる。

代わりに、外部弁護士が冷たく言う。

「今この場で、告発者に対する不当な働きかけの疑いが提示され、直後に“身柄の危険”が生じた」

間。

「会社として“関係ない”と言うなら、その根拠を文書で出してください。出せないなら、関係ある可能性として扱います」

法務の口が閉じる。閉じた口の方が、よく喋る。——“言えない理由”がある。

社長が言った。

「会社として、告発者の安全確保に協力する」

あくまで会社として。個人の感情を挟まない言い方。

外部弁護士が、私にだけ短く言った。

「あなたは動かない。ここで記録に徹する」

私は頷く。動けば、狙われる。狙われれば、また論点がずれる。

16:18。告発者から、最後の一行。

【逃げた。今、公衆の中。追ってくる。】

未遂。成功しなかった。だからこそ、次がある。

情シス担当が、震える声で言った。

「これ……本当に」
「本当にだよ」

私は言った。

「外に漏れた瞬間から、相手は“黙らせる手段”を変えた。文書じゃ止まらないと分かったから」

吉岡が、声を落として言う。

「新人にやった“見せしめ”の次は……」
「告発者」

私は短く答えた。

「そして次は、告発者を守ろうとする人間」

——つまり、私たち。

17:02。外部弁護士が電話を切り、短く告げた。

「警察が動きます。告発者は一旦、保護対象として扱われる見込み」

吉岡が息を吐く。情シス担当が椅子に座り込みそうになる。

私は、安心しなかった。保護は“終わり”じゃない。次の舞台だ。

そのとき、会議室の扉がもう一度だけ開いた。社長が立っていた。目は私ではなく、机の上のZIPの写しに落ちている。

「福本」

初めて名前を呼ぶ。呼ぶと物語になるのに、それでも呼んだ。つまり、緊急だ。

「告発者、保護に入る。——だが」

一拍。

「会社が“守る側”に回ると、本社は必ず“裏の口”を使う」

私は言った。

「口は、もう見えてます」

社長は頷かず、言った。

「見えている口を、今夜塞ぐ」

それは強硬策じゃない。最終戦の一手だ。

私の端末が震えた。社内ポータル。新しい通知。

【緊急】第三者調査に関する守秘義務の再周知/違反時の措置

——“守秘”で締める。外に出た火を、内側から蓋で押し潰す。

その瞬間、別の通知が重なる。今度は、外部弁護士から。

「告発者の端末が遠隔初期化された痕跡。時刻:16:56」

未遂。でも、データだけは“成功”した。

私は画面を見つめ、ゆっくり息を吐いた。拉致は失敗した。その代わり、証拠を消しに来た。

——けれど、相手はまだ分かっていない。

原本は、もう社内にない。外部へ渡した時刻が、ここにある。

私は吉岡に言った。

「今夜、第二の核心資料が出る」
「……え」
「告発者が“消される前提”で残したものが、必ずある」

私は短く言った。

「未遂は、準備不足じゃない。準備の“途中”だ」

白い会議室の照明が、やけに冷たかった。でも冷たさは、切り貼りを鈍らせる。

拉致未遂——それは、物語の終わりじゃない。最終戦が、本当に始まった合図だった。
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