恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第8章 統合説明会:建前を壊す一撃

スローガン宣言

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法務司会の声が、ホールの天井に反響した。反響する声は“正しい声”に聞こえる。だからこそ、最初に“旗”を立てる。

スローガンは、空気を支配するための短い呪文だ。会社はいつも、スローガンで人を黙らせる。

壇上のスクリーンに、大きな文字が映った。

「会社の信用を守る」
副題:「調査への協力と守秘義務の徹底」

法務司会が言う。

「まず最初に、皆さんに共有したい当社のスタンスです」

柔らかい声。笑顔。善意の顔。

「会社の信用を守るため、第三者調査に全面協力し、情報の拡散を防止します」

その瞬間、胃がきゅっと縮んだ。来た。社長が言っていた言葉。神谷が使った言葉。佐伯が逃げ道にした言葉。

——“信用”は、盾に見える。でも本当は、刃だ。信用の名で、人を切る。

法務司会は続ける。

「個人の憶測、SNSへの投稿、社外への持ち出し——これらは会社の信用を傷つけます」
「調査は進んでいます。だから、安心してください」

安心。もう一つの呪文。

私は、手元のメモに短く書いた。

信用/安心=沈黙の圧

吉岡が横で、時刻を押さえる。

10:01 スローガン提示

法務司会のスローガンは、ひとつだけ穴がある。主語が“会社”だ。会社が守られると、人が守られるように見える。でも逆だ。人が折れれば、会社は静かになる。

だから私は、心の中で“対抗スローガン”を置いた。口には出さない。出したら狩られる。でも、姿勢として置く。

「原本を守る」
副題:「順番を守る」

会社が“信用”を言い出した瞬間から、こちらのスローガンは確定している。信用の前に、原本。安心の前に、手続き。沈黙の前に、ログ。

法務司会は、次のスライドを出した。赤いアイコン、太字。

禁止事項
・個人SNSへの投稿
・記者等への接触
・社内文書の持ち出し
・調査対象に関する会話

会話。会話まで禁止。それはもう守秘じゃない。遮断だ。

会場の空気が一段冷える。誰かが咳をした。誰かが椅子を鳴らした。音が増えるほど、人は喋れなくなる。

法務司会は締めに言う。

「違反が確認された場合、厳正に対処します」

厳正。最後の呪文。

そのとき、壇上の横に立っていた社長が、マイクを取った。壇上に上がらない。あくまで“場の端”から。

「補足する」

短い。

会場が静かになる。社長の声は、法務の柔らかさと逆の温度だった。

「会社の信用を守るのは当然だ」

ここまでは同じ。だから次が効く。

「だが、信用は“沈黙”で守らない」

一拍。

「手続きと原本で守る」

——社長が言った。私の心の中のスローガンを、会社の言葉として置いた。それは危険でもある。でも、危険を背負うのは社長の役割だと、彼は決めている。

法務司会の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。固まった顔は、正体に近い。

社長は続けない。長く言えば、切り貼りされる。短く置いて、引く。引くことで、言葉が“原本”になる。

最前列の佐伯が、微動だにしない。動かないのは、動けないからだ。“信用”で押し切る台本に、“原本”が刺さった。

共働き夫婦の妻が、私の方を見ずに小さく頷いた。夫も同じ。頷きは、同意のログになる。

後方の第三者弁護士が、手元のメモに何かを書いた。書いた時点で、社長の一言は“外部の記録”に残る。それだけで、空気が少しだけ変わる。

胃の石が、ほんの少しだけ軽くなった。痛みが消えたわけじゃない。でも痛みが、「ここで折れろ」と言ってこなくなった。

会社はスローガンを宣言した。信用、安心、厳正。沈黙を作るための呪文。

でも同じ場で、もう一つの旗が立った。

原本。手続き。順番。

最終戦は、もう始まっている。今日はその“旗”の奪い合いだ。
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