恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第10章 恋の着地:守りながら恋をする

甘さと誓い

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影の中で私が告白を置いたあと、風が一度だけ強く吹いた。自販機の光が揺れて、社長の横顔が一瞬だけ白くなる。

追ってこない。でも、終わらせない“返答”だけは、ちゃんと残す。そういう沈黙がある。

「福本」

社長は、名前を呼んでから一拍置いた。距離を詰めないまま、声だけを寄せてくる。

「……惹かれてるって言葉」
「俺には、甘すぎる」

甘い、という言い方が意外だった。社長は、甘さを武器にしない。甘さを、危険物として扱う。

「甘い言葉は、人を動かせる」

社長は言った。

「動かせるってことは、支配に近い」
「俺は、そこに乗りたくない」

私は息を止めそうになって、止めなかった。止めたら、また“言葉”に飲まれる。

社長は続ける。声は低い。でも、その低さの中に少しだけ“人”が混じる。

「……嬉しい」

一拍。

「でも、嬉しいまま動いたら、今日まで積み上げた手続きが崩れる」

それが社長の返答だった。恋の返答じゃない。責任の返答。

「だから」

社長は言葉を選ぶ。選び方が、誓いになる。

「俺は、甘さを“行動”に変えない」
「代わりに、誓いにする」

誓い。その単語が、夜の空気を少しだけ固くした。固くしたのは、逃げないためだ。

「一つ」

社長は指を立てなかった。指を立てると“指示”になるから。

「お前の名前を、意思決定の道具にしない」
「“福本が言ったから”で動かさない」
「動かすなら、原本と手順だけで動かす」

「二つ」
「噂の火種を、俺が消す」
「否定の声明じゃない」
「“噂が人事に影響しない仕組み”を明文化する」

「三つ」
「現場の窓口を、俺の直下から外す」

一拍。

「俺がいると、守るはずの窓口が“権力”になる」
「窓口は第三者につなげる。俺は、そこに触らない」

——どれも、甘くない。甘くないけど、守る形だ。守る形だから、胸が痛む。

社長は最後に、いちばん大事な誓いを置いた。

「そして四つ」
「お前が今日置いた言葉を、俺は持ち帰らない」
「俺の中で物語にしない」
「利用しない」

一拍。

「俺の手元に置くのは、責任だけにする」

責任だけ。その言い方は、私が怖がっていた“借り”を拒否する言い方だった。

沈黙が落ちる。沈黙は、もう痛くない。痛いのは、守られるかもしれないという期待だ。

社長が、ほんの少しだけ声を柔らかくした。柔らかくするのは危険なのに、危険を理解したまま一滴だけ落とす。

「……いつか」
「肩書きを置ける場所ができたら」

言いかけて、社長は止めた。“約束”にしない。約束は取り立てになるから。

だから、こう言い直した。

「そのときは、まず確認から始めよう」
「お前が怖くない形で」
「順番を守って」

順番。今日、私が一番信じた言葉が、社長の口から戻ってきた。それだけで、胸の奥の石が少しだけ軽くなる。

私は返事をしなかった。返事をすると、借りが生まれるから。代わりに、ほんの小さく頷いた。

社長も頷いて、後ろに一歩下がった。近づかない。近づかないことが、今夜の誓いの証拠になる。

「帰れ」

社長が言った。命令じゃない。“生き延びろ”の言い換えだった。

私はコートの襟を直し、缶の冷たさを握り直す。甘さが怖い夜に、冷たさはちょうどいい。

歩き出す背中に、社長の声がもう一度だけ届いた。

「福本」
「消えさせない、じゃない」

一拍。

「消えない仕組みにする」

——甘さと誓い。甘さは一滴だけ。誓いは、仕組みの形で。

私は振り返らずに、夜の暗がりへ戻った。恋より先に、明日が残る方へ。
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