「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ

文字の大きさ
82 / 99
特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」

8

しおりを挟む
「あ、あの。すみません、助けていただきありがとうございます」
「ああ、そういえば」
 眉間がなくなりそうなほどに皺を寄せて険しい顔をしている人に話しかけるのは、相応の勇気が要る。だけどこの人が私を支えてくれなかったら、今頃本当に怪我をしていたかもしれない。
「骨と筋に関しては自信があるので、骨折の心配は無用だったでしょうが、誰かを巻き込んでいたかもというご意見はごもっともです。以後、十分に気を付けて歩こうと思います」
 身なりから察するに間違いなく貴族、それも高い身分の。まぁ、私はそういうのあまり気にしたことはないけれど。どんな方でも、親切にしていただいたらちゃんとお礼を言わなくちゃいけない。
 普段目をひん剥いてきいきい怒っているイメージの強い私の母は、意外と情や礼儀に熱い人なのだ。
「俺はただ、人として当然の振る舞いをしたまで。先ほど貴女にぶつかり謝りもせず逃走した三十代後半と見られる茶髪に小太りで黒い外套を羽織った男は、後で必ず捕らえておく」
「い、いえいえ!その必要はありません!」
 ひいぃ!と、思わず悲鳴を上げそうになった。あの一瞬で、そこまでしっかり特徴を把握しているなんて凄いというか、なんというか。
 それよりも、私は別にあの人を捕まえてほしくはない。ふらふらしていたこっちにも、十分非があるし。
「ほぅ……。俺の前だからと、善人を気取るつもりか?見たところそこそこの身分の令嬢だろう、当然俺の存在を知っているはずだ。たとえどんなに田舎者であろうとも、な」
 んん?なんだか、話が通じない。これはきっと、国が違うからとかそういう問題をじゃない気がする。
「すみません。私は今日初めて帝都を訪れたので、貴方様のことを存じ上げないのです」
 真実だから、仕方ない。周りの反応を見るに、確かにこの男性は有名人なんだろう。とんでもないグッドルッキングガイだし、さっきから髪も勝手に靡いてるし。
「貴女の事情はどうだっていい」
「自分が言い出したくせに」
「なんだと?」
「いえ?なんでも」
 ぴりぴりとした雰囲気で詰め寄られると、思わずニ、三歩引いてしまう。彼の纏う空気にはなぜかほんのりピンク色で、たぶん良い香りなんだろうって想像がついた。私の鼻はもう随分前から、旦那様の繊細で甘い甘美な香りにしか反応しないから、この人のはよく分からない。
「知らないなら好都合だ。くれぐれも惚れたりするなよ?断るのも面倒だからな」
「はぁ、分かりました」
 私みたいな初対面の人間にまで警戒しなきゃあならないなんて、どこの国でも色男は苦労が絶えないらしい。
 彼には非常に既視感を覚えるけれど、あいにく私の恋愛センサーは生涯たった一人にしか反応しないから、安心してと言いたいところ。
 私の経験上、きっと今何か反論してもマイナスにしか作用しないだろうから、適当に流しておこう。本当なら一刻も早く旦那様の下へ向かいたい、とはいえ一応助けてもらった身としては何かお礼をした方がいい気もする。
「……マリッサさん、僕達助けに入らなくて良いんでしょうか?」
「正直に言って、この男性は意味不明です」
「それに、奥様に対して失礼です」
 後ろで何やら、護衛三人組とマリッサがひそひそと話をしている。街の喧騒のせいで、会話の内容までは聞こえない。
「心配いりません。フィリア様はああいう方への対処が非常に上手でいらっしゃいますから」
「そうなんですか?」
「ええ。むしろ私達の中で最も適任かと」
 あれ?今褒められた?聞こえないけど、絶対褒められたよね?私ってば意外と、察しがいいのよね。
 なんてことを考えている間にも、名前も知らない男性は滑らかな滑舌でぺらぺらと話を続けていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

愛人令嬢のはずが、堅物宰相閣下の偽恋人になりまして

依廼 あんこ
恋愛
昔から『愛人顔』であることを理由に不名誉な噂を流され、陰口を言われてきた伯爵令嬢・イリス。実際は恋愛経験なんて皆無のイリスなのに、根も葉もない愛人の噂は大きくなって社交界に広まるばかり。 ついには女嫌いで堅物と噂の若き宰相・ブルーノから呼び出しを受け、風紀の乱れを指摘されてしまう。幸いイリスの愛人の噂と真相が異なることをすぐに見抜くブルーノだったが、なぜか『期間限定の恋人役』を提案されることに。 ブルーノの提案を受けたことで意外にも穏やかな日々を送れるようになったイリスだったが、ある日突然『イリスが王太子殿下を誘った』とのスキャンダルが立ってしまい――!? * カクヨム・小説家になろうにも投稿しています。 * 第一部完結。今後、第二部以降も執筆予定です。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...