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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」
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旦那様と共に足を踏み入れたアイゼンベルク家のお屋敷は、それはご立派で華やか。使用人達も皆格式高い振る舞いで、私はただぽかんと口を開けてきょろきょろと視線を彷徨わせてばかり。
「まぁまぁ、可愛らしいお客様。どうぞご自分の家と思って、ゆっくり寛いでくださいね」
「ありがとうございます、アイゼンベルク夫人」
「そんなお堅い呼び方は嫌だわ、テセルと呼んで」
クロード・アイゼンベルク様のお母様はとても優しく、仕事でもなんでもないのに突然押しかけた私を歓迎してくれた。旦那様の姿を一目見たら帰ろうと思っていた(本当はほんのちょっとだけ打算もあったけど)私は、客間にて図々しくお茶をいただいている。
「仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい、旦那様」
「いや、構わない。むしろ君がこんな所まで来てくれたことが嬉しいよ、フィリア」
旦那様は突然尋ねてきた私を一切責めず、にこにこ顔で頭を撫でてくれる。たったそれだけででろでろに蕩けてしまった私は、完璧で貞淑な妻として頑張ろうという決意を簡単に放り捨てていた。
「……こんなこと、おかしいに決まっている」
アイゼンベルク様は非常にいらいらとした様子で、さっきから指でとんとんとテーブルを叩いている。美しい銀髪はやっぱり、部屋の中だろうと爽やかに靡いていた。
「そんな顔をして、お前は一体何が気に入らないんだ」
大きなソファを有効活用せず、私の横にぴたりと身を寄せて座っている旦那様が、眼前のアイゼンベルク様に向かってそう言った。
「何もかもだ」
彼の瞳はずっと、私を睨みつけている。
「女嫌いで有名だったお前が妻を迎えたと聞いた時からずっとおかしいとは思っていたが、まさかこんな変な……いや、一風変わった女性だとは」
「言い直したようで言い直せていない気が」
「それ以外に言葉が見つからないんだから、仕方ないだろう」
どうやらアイゼンベルク様は、旦那様の妻が私であることが不満らしい。
「まぁ、そのお気持ちは理解出来ます」
「ほら、そういうところも!」
うんうんと頷く私に向かって、彼はびし!と人差し指を突きつけた。途端に旦那様が、私を庇うように掌を差し出す。
「良い加減にしろ、クロード。たとえお前でも、僕の最愛の妻を愚弄するのは許さない」
滅多に耳にすることのない、他者を威嚇する低い声。普段の穏やかなトーンも素敵だけれど、これはこれで悪くない。というより、良い。
「フィリア様、鼻の下が伸びています」
「おおっと、いけない」
せっかく旦那様が庇ってくださっているのに、私ったら。いつもと違うワイルドな魅力に、つい釘付けになってしまった。しかも、最愛の妻……だって。
「ぐふ」
私の喉から気持ち悪い笑い声が出たところで、とうとうアイゼンベルク様が痺れを切らして立ち上がった。
「オズベルト、お前はこんな女のどこが良いんだ‼︎」
「フィリアをこんな女呼ばわりするな‼︎」
「だっておかしいだろ‼︎お前と俺は同じ悩みを持つ同志だったのに‼︎」
長躯で綺麗な顔をした二人が顔を突き合わせて怒鳴り合うと、それは凄まじい迫力。旦那様の方は明らかに怒っているけれど、アイゼンベルク様の方はちょっと涙目にも見えた。
「しかもそいつは、簡単に俺に惚れたぞ‼︎」
「あっ、それはありえません」
「嘘吐くな、さっき運命だと言っただろ‼︎」
「あれは私と旦那様のことですよ」
ううん、出来ればあまり突っ込みたくはなかった。というより、この喧嘩は非常によろしくない。誤解とはいえ、アイゼンベルク様の指摘はごもっともだし、美しい旦那様の横に並ぶのが私みたいな平凡な女だと、ひと言もふた言も文句を言いたくなって然るべき。
「ただひとつ、私は旦那様以外の男性に興味はありません。今後も一生、それだけは断言出来るかと」
「そ、そんな馬鹿な……‼︎この俺だぞ⁉︎どこへ行っても女達に言い寄られてきた、この俺を見てそんな……‼︎」
まるで異形の怪物でも見るかのような顔をして、アイゼンベルク様は口元を震わせる。いささか大袈裟な言い方ではあるけれど、きっとそう思わせるような出来事がたくさんあったのだろう。
イケメンにはイケメンの苦労があると、旦那様の妻である私はしっかりと理解しているのだ。
「でも私、誤解されるような態度を取ったかしら」
「フィリア様のそれは素ですからね」
「えっ、なんか変?」
「端正な顔立ちの男性にとっては」
マリッサが淡々と状況を説明している間にも、旦那様は私の手をしっかりと握っている。そしてその内、彼を取り巻いていた怒気が呆れた雰囲気へと変わった。
「まぁまぁ、可愛らしいお客様。どうぞご自分の家と思って、ゆっくり寛いでくださいね」
「ありがとうございます、アイゼンベルク夫人」
「そんなお堅い呼び方は嫌だわ、テセルと呼んで」
クロード・アイゼンベルク様のお母様はとても優しく、仕事でもなんでもないのに突然押しかけた私を歓迎してくれた。旦那様の姿を一目見たら帰ろうと思っていた(本当はほんのちょっとだけ打算もあったけど)私は、客間にて図々しくお茶をいただいている。
「仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい、旦那様」
「いや、構わない。むしろ君がこんな所まで来てくれたことが嬉しいよ、フィリア」
旦那様は突然尋ねてきた私を一切責めず、にこにこ顔で頭を撫でてくれる。たったそれだけででろでろに蕩けてしまった私は、完璧で貞淑な妻として頑張ろうという決意を簡単に放り捨てていた。
「……こんなこと、おかしいに決まっている」
アイゼンベルク様は非常にいらいらとした様子で、さっきから指でとんとんとテーブルを叩いている。美しい銀髪はやっぱり、部屋の中だろうと爽やかに靡いていた。
「そんな顔をして、お前は一体何が気に入らないんだ」
大きなソファを有効活用せず、私の横にぴたりと身を寄せて座っている旦那様が、眼前のアイゼンベルク様に向かってそう言った。
「何もかもだ」
彼の瞳はずっと、私を睨みつけている。
「女嫌いで有名だったお前が妻を迎えたと聞いた時からずっとおかしいとは思っていたが、まさかこんな変な……いや、一風変わった女性だとは」
「言い直したようで言い直せていない気が」
「それ以外に言葉が見つからないんだから、仕方ないだろう」
どうやらアイゼンベルク様は、旦那様の妻が私であることが不満らしい。
「まぁ、そのお気持ちは理解出来ます」
「ほら、そういうところも!」
うんうんと頷く私に向かって、彼はびし!と人差し指を突きつけた。途端に旦那様が、私を庇うように掌を差し出す。
「良い加減にしろ、クロード。たとえお前でも、僕の最愛の妻を愚弄するのは許さない」
滅多に耳にすることのない、他者を威嚇する低い声。普段の穏やかなトーンも素敵だけれど、これはこれで悪くない。というより、良い。
「フィリア様、鼻の下が伸びています」
「おおっと、いけない」
せっかく旦那様が庇ってくださっているのに、私ったら。いつもと違うワイルドな魅力に、つい釘付けになってしまった。しかも、最愛の妻……だって。
「ぐふ」
私の喉から気持ち悪い笑い声が出たところで、とうとうアイゼンベルク様が痺れを切らして立ち上がった。
「オズベルト、お前はこんな女のどこが良いんだ‼︎」
「フィリアをこんな女呼ばわりするな‼︎」
「だっておかしいだろ‼︎お前と俺は同じ悩みを持つ同志だったのに‼︎」
長躯で綺麗な顔をした二人が顔を突き合わせて怒鳴り合うと、それは凄まじい迫力。旦那様の方は明らかに怒っているけれど、アイゼンベルク様の方はちょっと涙目にも見えた。
「しかもそいつは、簡単に俺に惚れたぞ‼︎」
「あっ、それはありえません」
「嘘吐くな、さっき運命だと言っただろ‼︎」
「あれは私と旦那様のことですよ」
ううん、出来ればあまり突っ込みたくはなかった。というより、この喧嘩は非常によろしくない。誤解とはいえ、アイゼンベルク様の指摘はごもっともだし、美しい旦那様の横に並ぶのが私みたいな平凡な女だと、ひと言もふた言も文句を言いたくなって然るべき。
「ただひとつ、私は旦那様以外の男性に興味はありません。今後も一生、それだけは断言出来るかと」
「そ、そんな馬鹿な……‼︎この俺だぞ⁉︎どこへ行っても女達に言い寄られてきた、この俺を見てそんな……‼︎」
まるで異形の怪物でも見るかのような顔をして、アイゼンベルク様は口元を震わせる。いささか大袈裟な言い方ではあるけれど、きっとそう思わせるような出来事がたくさんあったのだろう。
イケメンにはイケメンの苦労があると、旦那様の妻である私はしっかりと理解しているのだ。
「でも私、誤解されるような態度を取ったかしら」
「フィリア様のそれは素ですからね」
「えっ、なんか変?」
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